第百十九話(カイル歴508年:15歳)王都カイラール① 最初の洗礼
カイル王国王都、カイラール。
ここはカイル王国のほぼ中心に位置し、人口は20万人を超える。
大河の畔にある、同心円状に広がる4重の城壁に囲まれ、500年の歴史を持つ、その美しい街並みと壮麗な白亜の王宮は、訪れるものを魅了する都市、そう言われている。
王宮のある第一区は4つの城門を越えた先にあり、特に許可を得た者しか立ち入ることはできない。
第二区には、上級貴族の居館や、各種行政府が置かれ、王都騎士団の駐屯所もこの中にある。
貴族の称号を持つ者、その者の従者なら、第二区の立ち入りは許されている。
あとは、指定の商人や行政関係者も門を通過できる。
第三区は、一般の貴族街と高級商業地区(商店、宿)があり、学園もこの区画、貴族街の外れにある。
兄が住んでいるのも、この第三区なので、先ずはここに向かった。
第四区(城門)を通過できた者は、第三区もある程度自由に(審査はあるが)入ることができる。
ちなみに第四区は、平民が住む街路と、宿場町や庶民向けの商店が軒を連ねている。
ここは一番外側の城門で審査はあるものの、基本的には誰でも入ることができる。
もちろん、相応しくない、入場税を払えないとなると、通過を拒否されるが。
学園入学の準備も整い、俺達は夏の終わりになって、カイラールに到着した。
俺にとって二度目(前回を含めると三度目)の王都に到着すると、先ずは兄の住まいを訪ねた。
「兄さん、暫く振りです!」
「結局、お前もこっちに来ることになってしまったな。ここはお前がそのまま使うといい。
俺と違って、大所帯だからな」
学園の通学は、王都に居館のある者はそこから通うが、そうでない者は、学園併設の寄宿舎に住む。
兄も最初の2年間は寄宿舎に居たが、先の合同最上位大会より戻った後に、一般貴族街の外れに、小さな屋敷を借りて住んでいた。
小さいといっても、騎馬用の厩舎もあり、庭もあり、俺以外に10名程度なら問題なく過ごせる。
「それにしても、少しの間に、見違えたな」
「はい、団長に相当しごかれましたから……、俺もなんとか【剣豪】になりました」
「ほう? 万年見習い【修行中】のタクヒールがか? 成長したなぁ」
世間話もそこそこに、早速兄とは今後の打ち合わせを行った。
兄は間もなく結成される、辺境騎士団第六部隊を率いる副団長として、国境に赴任する予定だ。
王都での時間はあまりない。
兄からの申し送りや依頼は5点あった。
・フローラさまを見守ること
・クロスボウ500台の新規発注
・テイグーンに紹介する文官候補者について
・諜報関係
・その他留意すべきこと
フローラさまは、学園の人気者である兄の婚約者として、既に一目置かれており、恐らく心配はないだろうと言われた。
1年上だし、既にそれなりの家系のご学友もいるらしいので、本当に見守る程度で済みそうだ。
「これ、兄さんから渡してあげてください」
「悪いな、気を遣わせて。彼女、これだけはいつも凄く欲しがるんだよなぁ」
俺は、ハチミツの入った小瓶を5つほど兄に渡した。
少しでも兄の株が上がれば幸いだ。
※
クロスボウについては、本当はエストールボウが欲しいけれど、赴任先が新設中のサザンゲート要塞なので、他の部隊の手前、諦めたとの事だった。
それだけでは兄も立つ瀬がないと思い、最近になって開発に成功したアップグレード版のクロスボウを手配することを提案した。
これは魔物の素材(腱など)を張り合わせた、複合弓の部分を更に強化した物だ。
引き絞りに、これまで以上に膂力を必要とするが、兄の部隊なら屈強な者ばかりで、その懸念はない。
打合せのあと、テイグーンのカール親方には本体の制作、エストの街のゲルド工房長には、大量の矢を発注する依頼を送ることにした。
※
「文官候補者については、紹介しても大丈夫な者ばかりだが、直接会って確かめて欲しい。
取り急ぎ10名を明日ここに呼ぶので、意に沿わない者は、その時に判断してくれて構わない」
そう言って、20名近く名前の記載されたリストを渡された。
今年卒業の10名と、来年卒業予定の10数名の名前と、兄なりの所感が記されていた。
来年卒業予定者は名前のみの記載だった。在学中に自分の目で見て確かめろってことか。
明日面接を行う者は、取り急ぎ、兄の目を信じて全員を採用する予定だ。
ただし、一旦全員をエストの街に送り、先ずは家宰に預けることにした。
家宰の人を見る目と、能力や適性を判断するフィルターを通してもらうこと、この点に気を配った。
テイグーンのミザリーの元には、即戦力として送るため、そういった段取りを踏むことにした。
万が一、テイグーンの行政府で【復権派】の間諜を抱えてしまうと、大変厄介なことになるし。
※
「あと、以前にもらった派閥関係のリストには、俺なりにこちらで調べた情報も追加してある。
読んで覚えたら燃やしてくれ。こちらでは何があるか分からんからなぁ」
兄の懸念も最もだ。でもまぁ俺には秘策がある。
リストと内容を全部、日本語で書き直せば、誰も分からないからね。
実はアンとミザリー、クレア、ヨルティア、そしてユーカさんには、カタカナと平仮名を教えている。
俺が考えた、6人だけが使える暗号として。
彼女たちは、驚くべき速さで習得し、手紙や機密文章には既に日本語を活用している。
「この【復権派】の連中には気をつけろよ。
俺もテイグーンから戻ったあと、彼らの息の掛かった連中に散々関わられて、困ったからな。
お前も奴らの掘る落とし穴にはまらないよう、注意しろよ」
兄は王都に戻ったあと、露骨に誘惑して来る貴族令嬢たちや、歓心を買おうと接近する者に困り果て、結果としてこの住処に居を移したそうだ。
「いや、母上のキツイお仕置きと、監視の目がなかったら、実際心がぐらつく所だったけどな……
奢ってやるから娼館に行こう! と懲りずに誘う男共とか、露骨に誘惑してくる女共とか……
うん、かなり、ヤバかった」
兄は、遠い目をして呟いた。
あの時の断罪イベントには、相当懲りた様子だった。
実際に兄は凡庸な顔の俺と違い、明るい茶髪に碧眼で、目鼻立ちも整っており、見た目爽やかな風貌で、ソリス家のメイドたちの間では、家宰と人気を二分するイケメンだ。
そして、人を惹きつける人望や、戦場での将器もある。
なので、女性にもモテるし、男性にも人気がある。
だが、モテるが故に、悩みもある様だった。そんな悩み、俺は……、知らんけど。
特に兄が学生用寄宿舎を出る事を決断したのは、ある日【復権派】配下の貴族の令嬢が、日頃の誘いに乗らない兄に業を煮やして、勝手に兄の部屋に入り、ベッドで帰りを待っていたことがあったそうだ。
「奴らも、いや、奴らの命を受けた配下の下級貴族も必死だ。
なりふり構わず、とんでもない実力行使に出てくることもあるから、お前も気をつけろよ!」
そこまでするのか! 入学前から色々頭が痛くなってきた。
※
「で、最後が一番大事だけど……、学園長には色々気を付けろよ。
恐らく敵ではない、そう思えるんだが、全てにおいて全く油断のならない狸爺だからな。
色々見透かされている様で、俺も苦手なんだよなぁ」
そう、王都学園の学園長である、クライン・フォン・クラウス公爵。
グレース神父からもらったリストにも名前が記されていた、王都にある2大派閥のうち、その一つの領袖とも言われている人だ。
俺と面識のある、王都騎士団長も、彼の率いる派閥【王権派】の構成員のひとりだ。
「学園長は今日も恐らく学園にいる筈だから、取り敢えず挨拶に行ってみるか?
どうせ、行かなかったら行かなかったで、呼び出されるに違いないしな」
こうして俺は、到着したその日に、この打ち合わせが終わった時点で、兄に連れられ学園へ向かうこととなった。
※
「ほっほっほっ、到着早々に挨拶とは、殊勝な心掛けよの。
丁度こちらからも、使いの者を送ろうとしていた所じゃったわ」
ほらな! と言わんばかりに兄は此方を見る。
俺が到着したことも、既に監視されており、学園長に伝わっていたという事か。
しかも、その事が俺たちに分かるよう、敢えて言葉にしている。
ホント……、油断のならない狸爺だ。
「お初にお目に掛かります。ソリス・フォン・タクヒールと申します。
兄が在学中、大変お世話になったと聞き、先ずは取り急ぎご挨拶に参上いたしました。
また、公爵閣下直々の入学許可、誠にありがとうございました。
これより3年間、学園の名を汚さぬよう、勉学に励む予定です。どうぞよろしくお願いします」
淡々と挨拶の口上を述べながら、俺は学園長を観察した。
優し気な笑みを浮かべているが、目は笑っていない。向こうもこちらを冷静に観察している。
「なに、やり手の【伯楽】と噂の高い其方のことは、ゴウラス殿からも聞き及んでおってな。
儂も是非一度、会いたいと思っておったのじゃ」
「いえいえ、とんでもございません。たまたま、運と人の巡り合わせに恵まれただけです」
俺は、この人にも魔法士の情報が流れている事を知っている。
早速来たか! そう思い少しだけ身構えた。
「新設の魔法士戦闘育成課程に、要望どおり3名を送ってくれたこと、感謝する。
まぁ、人数は、少し慎ましい感じじゃが、何かと大変な時期じゃろう? 致し方ないであろうな」
やはり釘を刺してきたか。
この話題は早々に切り上げた方がいいな、そう思った。
「学園長には3年間大変お世話になりました。私も卒業生を率いて間もなく出立します。
この場で、お別れのご挨拶ができればと参上いたしました」
「そうじゃの、其方が居なくなると、ここも寂しくなるかの?
代わりに弟の活躍を期待し、其方はハストブルグ辺境伯の元で、存分に腕を振るうようにな」
「はっ! ありがとうございます。では、取り急ぎのご挨拶でしたので我らはこれにて失礼します」
兄は3年間でこういった対処も大分慣れたのだろう。
うまく断ち切ってくれたお陰で、あの居辛い場所から無事解放された。
だが、後日、俺はこの短い遣り取りですら、自身の未熟を思い知り、反省することになる。
ご覧いただきありがとうございます。
次回は【王都カイラール 新しい拠点】を投稿予定です。どうぞよろしくお願いいたします。
※※※お詫び※※※
第百十五話まで、毎日投稿を続けて参りましたが、執筆済の次話が10話分を切ってしまいました。
当面の間、隔日投稿となる旨、ご容赦ください。
20話分までストックできたら、毎日投稿に戻す予定です。
それまでどうぞよろしくお願いいたします。
※※※
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