第百十八話(カイル歴508年:15歳)出発前夜
年初に不幸の手紙を受け取ってからというもの、急いで準備は整えた。
仲間たちが協力してくれたお陰で、なんとか不在をしのぐ準備も整った。
疫病対応を除いて……、だけど。
出発前日には、魔法士全員と主要メンバーを集め、全体の共有と会議を行った。
「まず、順番に各部門の報告をお願いします」
「新関門(砦)の建設について報告します」
エランが先頭を切って立ち上がった。
「フラン側の関門、及び砦の基礎工事は、ほぼ完成しています。あとは防御設備の備え付けと砦内の建築作業を進めています。
ご指示いただいた収容施設(隔離病棟)だけは、来春までに完成させる予定です。
ただ、水路については、予想以上に手間が掛り、来年の夏までにできるよう、完成を急がせています」
「行政府から補足しますね。鉱山の人足については既に、砦内の仮住まいに移住しています。
今のところ、居住者は警備の者と人足だけなので、井戸の水でなんとか賄えますが、製鉄所と鍛冶工房については、水路が完成した暁に稼働を始める予定です。
今はそれらの建屋の建設を進めています」
「エラン、ミザリー、ありがとう。全体の完成は来年の夏を目途に、よろしくお願いします」
「魔境側の砦建設について報告します」
クリストフが立ち上がった。
「魔境側の砦ですが、カタパルトを設置した一角のみ完成していますが、その他の部分は外壁の基礎工事がやっと完了した状態です。取り急ぎ、安全地帯は確保できていますので、まずは外壁の完成と、水の手のある岩場を囲い込む防壁の工事を急いでおります。
現在、辺境騎士団と屯田兵の計600名が交代で作業に当たっており、安全が確保され、新関門の工事が落ち着けば、期間労働者も投入したいと思っていますが……、よろしいですか?」
「魔境側への期間労働者投入は、少し手当を上乗せして、最初は希望者を募る形でお願いできるかな? 手当については行政府と相談して決めてほしい。
あと、水の手やカタパルトなど重要部分の工事は、これまで通り、辺境騎士団のみで進めて欲しい」
「駐留兵について報告します」
ゲイルが立ち上がった。
「現在テイグーン一帯の駐留兵はまだ定数に達しておりません。取り急ぎ常備兵は50名のままですが、兼業兵は現在80名程度まで確保できています。
ただ、それでも人数的にも厳しく、傭兵団の力を借りているのが現状です」
そう、ここが大きな課題だった。
二か所の関門、テイグーンの街、宿場町、放牧村だけでも警備の手が全く足りていない。
「団長、キーラさん、当面の間引き続きよろしくお願いします。
ゲイルは、無理のないペースで募兵と訓練を引き続きお願いします。
あと、警備や夜間巡回などは、引き続き自警団の力を借りて、対応して欲しい」
「通商部門から報告します」
バルトが立ち上がった。
「今年の収穫以降からは、食料自給の道筋が見えてくると思われます。そうなれば、食料の流通は商人の手に委ねても問題ないと思います。
今年に入り、私とカウルで交代で北の隣国に向かい、現時点で集めることのできる牡蠣殻は相当数収集できております。そのため、カウルは当面の間、工事の支援に回ってもらい、私は交易と広域の諜報対応に移る予定です」
「バルトの提案、了解しました。カウルもよろしくお願いします」
「交易の件で、ご裁可いただきたいことがあります。
先の戦い(サザンゲート血戦)や魔境掃討作戦で得た、魔物素材について、余裕のあるものは市場やテイグーンの工房に出していきたいと考えています。
素材や加工品をバルトさんの交易で流通させれば、それなりに高い収益が見込めます」
「ヨルティアの提案も了解しました。相場を崩さない程度に、上手く舵取りをお願いします」
「諜報部から報告します」
ラファールが立ち上がった。
「私のほうは、主にエストール領内と隣領を中心に、目を光らせていますが、今のところ大きな動きはありません。
ただできれば、諜報員の数をもう少し増やしたく思います。御裁可お願いします。
あと、テイグーン一帯はヨルティアさんから、報告をお願いします」
「アンさまと進めてきました、間諜や不審者対策ですが、多くの酒場や露店、娼館の協力を得ることができました。
現状、信頼できると判断された所だけですが、皆、この街の治安維持に協力的です。
主に自警団の夜回り組とも協力し、不審者を通報する仕組みも構築できました」
「ラファール、ヨルティアありがとう。プレートの配布も、行き渡ったみたいだね?」
テイグーンの街では、過去に野盗の襲撃や、間諜が入り込んだ事も、住民たちは皆知っている。
そして、自分たちの街を貶める輩にも憤慨している。
対応策として、住民や正規に受け入れた期間労働者に対して、IDカード代わりの金属プレートを配布した。これについては、概ね好意的に受け止められた。
このプレートは、番号が振ってあり、番号に応じ暗号化された符丁がある。これがあれば、門を通過する際、プレートと符丁を言うだけで、簡単に通過できる仕組みになっている。
取引のない商人や旅人など、臨時で立ち寄った者には、受付所で一時滞在者を示す、見た目も種類も違うプレートが発行され、デポジットを徴収、帰路返却時に、デポジットも返却する仕組みにした。
更に彼らは、常にこのプレートを首から下げる事が義務付けられている。
その代わり、入城税のような類のものは一切ないので、これで納得してもらっている。
「特命対応について報告します」
マリアンヌが席を立った。
「過去の事例調査は、今のところ可能な範囲で確認しておりますが、効果的な対処法についてはまだ確認できておりません。
その他の対応も、もう少し時間を要する予定です。
ただ、石鹸については、間もなく試作品が完成しますので、試験運用を始めたいと考えています」
疫病対策については、俺の指示で、聖魔法士以外は、あえて詳細は伏せている。
現段階で、余計な不安を煽ることを避けたかったからだ。
そして、バルトのお陰で、牡蠣殻が大量に手に入ったので、恐らくアレの実験も本格化すると思う。
「団長、辺境騎士団に関して、共有できる情報があればお願いします」
「そうですね。
初回の掃討作戦より幾度となく、魔物掃討作戦は実施しており、テイグーン側の魔境に関しては、積極的に襲ってくる魔物は、ほぼ掃討できたと言えます。
今、以前に増して危険地帯となっているのは、唯一、ヒヨリミ領側の魔境でしょう。
なので、商人達がサザンゲート方面に抜けることは、引き続き禁止した方が良いでしょう」
※
年初に、王都行きが決まってからというもの、俺は月の半分をテイグーンの街で過ごし、半分は建設中の魔境砦で過ごした。
「王都のへなちょこ共を、一蹴できる程度にして差し上げます。
また、王都から比較的近い、東側の国境付近にも魔境があります。
ダレクさまのお話では、魔境での演習もあると聞きましたので、一通りの魔物は倒せるようになってもらいます」
この言葉の通り、団長のシゴキが延々と続いた。
初めて魔境に入ってから、1年が経った頃には、当初は苦戦した、黒狼やヘルハウンド(魔犬)、カリュドーン(大猪)などは苦も無く倒せるようになっていた。
厄介だったのは、一部の触媒が採取できる魔物たちだった。
それらは、魔法に似た攻撃を仕掛けてくるので、油断しているとまともに攻撃を受けてしまう。
「魔物には、種類によって守り方の定石と、攻め方の定石があります。
先ずは知識を身体に馴染ませてください。
我々傭兵団も、テイグーンに来た当初は、熟練の狩人に教えを請い、彼らと共に魔境に入り訓練を積んだんですよ。今は遠い昔の気がしますが……」
苦戦する俺に、団長はそうアドバイスしてくれた。
今では魔境でも絶対的な強さを誇る傭兵団も、ちょっと前、入植地として、傭兵団が駐留を始めた頃は、彼らも素人集団でしかなかった。
俺はそれを励みに頑張った。
そうしているうち、いつの間にか、即死レベルの攻撃力を持つ、グレートマンティス(巨大蟷螂)や魔熊、魔狼もなんとか単独撃破できるように成長した。
もちろん、万が一を考え、傍らに鬼のサポートは常にあったが。
お陰で、既に20種以上の魔物と対戦し、その殆どに対する定石は、身体に染み付いている。
※
「辺境騎士団支部の練度も上がっています。今なら、帝国の鉄騎兵とも互角以上に戦えるでしょう」
うん、そうでしょう。
だって、彼らは、俺と同じ地獄を見たんですから……
「では、俺からも皆に伝えたいことがあります。
この場には同席していないけど、先日グレース神父のもと、10名が魔法士適性の確認を受けました。
そして、6名が新たに仲間に加わる予定です。皆も先任として、彼らを助けてあげて欲しい」
マスルールに加え、リストの候補者から4名と、ゴーマン子爵に倣い、音楽に突出した才のある者5名に適性確認を受けてもらった。
そして! 五分の一の確率で、ソリス領で初めての音魔法士発掘に成功していた。
今回の適性確認について、本当は報告上全滅にしたかったが、それは余りに不自然と言われ、神父とは、今回も適性者は1名のみ、そう報告して貰うことで折り合いをつけた。
結果、以下の通りとなった。
地魔法士 マスルール
風魔法士 2名
音魔法士 1名(報告)
火魔法士 1名
聖魔法士 1名
恐らく魔法士は、そろそろ打ち止めに近い。
今回の中には、下は14歳から上は30代や、子育て中の主婦も含まれていた。
また、試行錯誤ながら、音魔法士については、戦闘運用の研究と実験を進めている。
ゴーマン子爵から音魔法士を預かった当初は、音の拡大や消音、音源の探索等でしか、見せ場がなかった。
その後、団長へ提案や相談を重ね、攻撃魔法としても使えるように、工夫と訓練を積んでもらっている。
これが上手く運用できれば、兄自慢の光魔法と合わせ技で、戦場でかなり使える攻撃手段になると思う。
耳がある生物になら、全てに有効な戦術として。
あとは、バルトが入手してくれたサトウキビと稲も、マスルールが中心となって栽培を進めてもらう段取りになっている。
こうして、報告共有会議も終わり、そのまま壮行会となった。
本来は離れたくないテイグーンを、3年も空けなければならないことで、俺の不安は尽きない。
ご覧いただきありがとうございます。
次回は【王都カイラール 最初の洗礼】を投稿予定です。
次回から、とうとう望んでなかった王都の暮らしが始まります。
これまで謎だった内容が分かったり、策謀の渦中に巻き込まれる事態もいよいよ本格化してきます。
歴史書にない災いや、未知の領域への取り組み、疫病との戦いなど、徐々にテンポも上がっていく予定です。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
※※※お詫び※※※
第百十五話まで、毎日投稿を続けて参りましたが、執筆済の次話が10話分を切ってしまいました。
当面の間、隔日投稿となる旨、ご容赦ください。
20話先の内容までストックできたら、毎日投稿に戻す予定です。
それまでどうぞよろしくお願いいたします。
※※※ お礼 ※※※
ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。
凄く嬉しいです。
ストーリーを作る励みになり、投稿や改稿を頑張っています。
誤字のご指摘もありがとうございます。
いつも感謝のしながら反映しています。
本来は個別にお礼したいところ、こちらでの御礼となり、失礼いたします。
また感想やご指摘もありがとうございます。
お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点や説明不足の改善など、参考にさせていただいております。
今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。