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第百十七話(カイル歴508年:15歳)それぞれの道

「私が……、魔法士ですか?」

マスルールは目を丸くして驚いている。


「うん、確実ではないけれど、その可能性が高いと思うんだ。試しに適性確認の儀式を受けてみない?」



俺は彼に対し、対外諜報に出る前に一度確認を行っていた。

今後、ソリス男爵(弟)家で、家臣として仕える気があるかどうかを。


彼の答えは簡潔だった。



捕虜として自分自身が、そして仲間たちが受けた恩に決して背くことはないと。


働く場を与えて貰えるのならば、一点を除き是非役に立ちたいと。


ただ一点、王国が帝国に侵攻することがあれば、それを機に暇をいただきたいと。


そして、念のため家宰レイモンドにも、以前に彼の人となりを見てもらっている。

もちろん、『彼の忠誠は疑いないようです』、そんな回答ももらっていた。



「帝国では魔法士は非常に希少です。帝国人の私を、そこまで信用されるのですか?」


「うん、バルトだけでなく、ミザリーやクレアからも推薦を貰っているんだ。

俺も信の置けない相手には決してこの話をしないよ」


「では……、喜んで儀式に臨ませていただきます」


このような経緯で、彼は他の候補者と共に、グレース神父の適性確認を受けて貰う事が決まった。



今は、マスルールと、【帝国移住者連絡会】(旧称:収容所自治委員会)によって選抜、推薦された100名の元帝国兵が、魔境側砦の建築現場で働いている。


因みにマスルール自身は、帝国移住者連絡会の会長も務めている。


彼らは、将来的に屯田兵の役割を担う形で、今は砦と防壁構築の工事に当たっている。

俺が彼らに約束したことは大きく2つ。



一つ目は……


五年間は建設工事に携わってもらい、相応の対価を支払うこと。


五年後には新規開拓地の農地を与え、希望者は開拓民として入植し、5年間無税とすること。


希望しない者は、相応の対価で農地を買い上げること。


なお、工事は20日勤務、10日を休日とし、テイグーンの街に無償の住居(長屋)も用意すること。


家族が居て希望する場合、テイグーンの街で長屋以外の住居に、有償で住まうことができること。



二つ目は……


屯田兵は、砦の防衛以外の戦闘出動(帝国との戦い)には従事させないこと。


五年後に希望者のみ、正規軍(常備兵で砦以外の戦闘出動あり)に入隊できること。



屯田兵候補者の選定は、帝国移住者連絡会に任せたので、大きな問題もなく、人員(希望者)は揃った。


ちなみに、それ以外の移住者(もと帝国兵とその家族)には、開拓村の農地が無償で割り当てられ、他の入植者と同じ条件で農業に勤しんでいる者も多い。


一部、テイグーンの街で帝国風料理の飲食店を開く者(結構繁盛している)、これまでの専門技術を生かし、職人としての道を進む者もおり、それぞれに対し、補助金や支度金を支給した。


こうして、テイグーンに残った元グリフォニア帝国の捕虜たち、280人と彼らの家族約200人は、新たにテイグーンの領民として認められ、それぞれの場で活躍していくことになる。


結果、俺自身は、新しく500名近い領民を得たことになった。



グリフォニア帝国、その最南部の要塞都市には、第三皇子が精鋭を率いて駐屯している。



「ジークハルト、どうだ? その後の受け入れは順調か?」


「はい、今回受け入れた120名を連れて、こちらに参りました。その……、彼らは強く南の戦線での働きを希望しているものですから」



「まぁ、こちらとしてはありがたいが、事情を知る彼らが北に居た方が良かったのだけれどな」


「既に文で了承いただいたとおり、事情を知っているからこそ、南に行きたがっていると思いますよ。


ちなみに、聞き取りできる敵地の情報は、こちらでまとめております」



「そうか、それで捕虜を引率してきた、ドゥルール男爵はどうだ? 使えそうか?」


「面白い男ですよ。まぁ、使い道はお任せしますが……」



第三皇子も若干の事情は承知していた。

あの、いつも飄々としたジークハルトが、若干手を焼いていた彼に興味があった。



「なんせ、帰還してすぐ、『兵たちに豚小屋住まいをさせる気か!』と、酷い剣幕でしたから」



そう、彼は帰還後、既に彼の統治していた町も直轄領のひとつとして、取り上げられており、爵位と家財は残ったが、今後治める領地もなく、貴族でありながら、暫定的に兵たちに交じり兵舎で生活していた。


ジークハルトも、兵の住環境改善は行っており、元ゴート辺境伯の時代からは、かなり改善している。


だが、与えられた予算の多くは、荒れた領地の回復と、兵力確保に回さざるを得ない。



「僕も考えてはいるんですけど、まだそこまで手が回らないんですよね~。

それで彼は実力行使に出ちゃって……」



そう、ドゥルール男爵は、業を煮やして自主的に改善を行ってしまった。


私財を投じて、兵舎を改築し、全ての兵に個室を与えた。


専門の料理人を雇い、安価な素材でも料理の質を向上させた。


中古の、だが小綺麗な服を大量に購入し、兵に与える代わりに、常に清潔であることを求めた。


兵たちの代表者からなる、【改善委員会】を設け、問題提起と課題解決に当たらせた。



結果、兵士たちの士気は上がり、彼の評判は非常に高くなった。



「話には聞いていたが……、面白い男だな」


第三皇子は、貴族にありながら、平民の兵たちと共に過ごす彼に、益々興味が沸いた。


「今回、彼も連れてきておりますが、お会いになりますか?」


「ああ、もちろんだとも! 是非連れてきてくれ」


こうして、ドゥルール男爵は、第三皇子と初めて知己を得ることになった。



「其方がドゥルール男爵か、敵地での苦労、誠に大儀であった。是非、敵地の話など聞きたくてな」


「初めて御意を得ます。敗残の身、おめおめと戻りましたが、今後失地回復に邁進したく思います」


「堅苦しい話は不要だ。忌憚のない其方の意見、其方が敵地で見聞きしたことを話してくれ。

まずは、かの地はどうであった?」



「はい、食事が非常に美味しゅうございました」


「……、なるほど。捕虜たちに十分振舞えるほど、かの地は豊かで食料事情も良いということか!

で、他には?」



「我らには、狭いながら清潔な個室が与えられ、収容所では快適で、他者の妨げがない暮らしでした」


「……、そうか。捕虜たちが不逞な企みをせぬよう、個別に管理していたということか。で、他には?」



「清潔な衣服が支給され、我々は一見した状態では捕虜と分からぬぐらいの暮らし振りでした」


「……、そうか。規律は服装に現れるという。

捕虜にまでそれを求めるということは、中々統制された軍がいるということだな。

それに、衣食住を整え、敵愾心を奪うとは侮れん。で、先を続けよ」



「かの地では、若く美しいローザたちが、敵軍である我々を懸命に看護してくれました」


「衣食住だけでなく、女性を使って敵兵を懐柔するか、それも侮れんな……」



「兵たちは申しておりました。帝国より遥かに豊かな暮らしがここにあると」


「収容所に押し込まれた立場でか?」



「我々は宿場町と呼ばれる砦内は自由に行動ができ、酒場や娼館への出入りさえ認められておりました。


少ないながら、労働の対価も与えられ、労役は定められた刻限以外や、重労働に臨む者は、別途手当という割増の賃金を支給され、それを目当てに進んで働く者も多く……」


「恐ろしいのう。目先の金で捕虜たちに働く意欲を与え、効率的に労働力として使うか……」



「かの地の領民と共に働く機会もあり、その時働く対価は、帝国のそれよりも格段に良いと……」


「それらが、280名もの兵が絡め取られ、残留者を出すことに繋がった訳か。合点がいったわ」



「我ら一同、帝国への忠誠は変わりません。

ですが、休戦となった今日、できれば南の戦線にて活躍の場を与えていただければ、そう思っています。


かの地のローザが住まう、鉄壁の要塞を攻めることは、できれば避けたいと思っております」


「卿にそれほどまで言わせるとは、敵の防衛施設も相当なものだと言うことか……」



ジークハルトは、2人の少しズレた会話に笑いを押しこらえていた。


人は会話の中から、勝手に自身が求める【解】を求めるものだ。


この2人、元々は平民とはかけ離れた暮らしをしており、ある意味浮世離れしている。



「で、其方は今後我が陣営にて、何をする? 何を期待すれば良い?」


「兵たちの住まう環境を整え、誇りある帝国兵として、かの地に負けない暮らしができるよう支えて参ります」



「そうか、中央からわが陣営に送られてくる兵たちは、士気も低く、前線で使い物にならん者も多い。


彼らの士気を上げ、規律を整え、我が陣営こそが終の棲家、そう言わしめるよう差配を任せる」


「はっ! 全身全霊を込めて対応いたします」



こうして、ドゥルール男爵は帝国内、第三皇子の陣営で活躍の場を与えられた。


彼の改革の恩恵は、第三皇子陣営の帝国兵だけでなく、スーラ公国の捕虜たちに対しても、もたらされる事となった。


彼がテイグーンの収容所で聞いた、ソリス男爵(弟)が自らが名付けたという【松山方式】、そう呼ばれる処遇は、徐々に浸透し、帝国兵たちの士気を上げることとなった。


また、それは敵対するスーラ公国の捕虜たちも同様だった。



暫く後になって、グリフォニア帝国に敵対するスーラ公国の兵たちの耳にも、第三皇子軍の捕虜に対する処遇が伝わることになる。


それは、スーラ公国の兵が、不利な状況になると、死兵となって戦うよりは、『マツヤマ、マツヤマ!』と叫び、進んで投降する結果をもたらすこととなった。



それだけが理由という訳ではないが、結果として、膠着状態にあった南の戦局は、次第にグリフォニア帝国側有利へと傾き、帝国は侵攻する領域をより先へと進めることになった。

ご覧いただきありがとうございます。

次回は【出発前夜】を投稿予定です。どうぞよろしくお願いいたします。


ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。

凄く嬉しいです。

毎日物語を作る励みになり、投稿や改稿を頑張っています。


誤字のご指摘もありがとうございます。いつも感謝のしながら反映しています。

本来は個別にお礼したいところ、こちらでの御礼となり、失礼いたします。


また感想やご指摘もありがとうございます。

お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点や説明不足の改善など、参考にさせていただいております。


今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] >進んで投降する結果をもたらすこととなった これは面白いwこの結果はドゥルール男爵の手柄なので、その内勲章でもあげるべきw
[一言] あー、墓穴ほっちゃったかー。
[一言] 頭花束
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