第百十四話(カイル歴507年:14歳)休戦協定締結
今回で第五章は終わり、次はからは
第六章 王都編(策謀の渦中へ)に入ります。
第六章では、これまで疑問に感じられた【謎】についても、ある程度明らかになっていく予定です。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
国王がテイグーンに訪問して以降、国内の反対派を押し切り、いや、彼らが騒ぐ隙さえ与えぬうちに、意思決定が迅速になされた。
急遽取り交わされる事となった【休戦協定】を結ぶため、両国間で幾度となく使者が行き来した。
そして、晴れてここサザンゲート砦内にて、カイル王国とグリフォニア帝国の休戦協定が締結されることとなり、今に至る。
「いやあ、冬が始まる前に此方に伺えて良かったです。私は、寒いの苦手なんですよね」
まるで行楽にでも出掛けるような、呑気な話しぶりに、そこに集まった一同は面食らった。
交渉が始まった席での、帝国側全権代理の第一声がそれであったからだ。
そもそも帝国側の参加者の構成がおかしい。
<カイル王国>
全権代理:ハストブルグ辺境伯
見届け人:ゴーヨク伯爵
他同席者:キリアス子爵、ソリス男爵(タクヒール)、他
<グリフォニア帝国>
全権代理:ケンプファー子爵(男爵)
見届け人:アストレイ伯爵
他同席者:数名
アストレイ伯爵より格下の、子爵が全権代理であること、しかも貴族らしからぬ飄々とした風貌と、彼の言動、誰もが不安に思い、ゴーヨク伯爵など露骨に不快な様子を見せている。
このゴーヨク伯爵自体、休戦協定に反対する一派から、強引に送り込まれた参加者で、昨年は貴族連合軍第一軍を率いてた、曰く付きの人物だが。
「では、事前に取り決めた約定通り、休戦協定の署名と交換を」
帝国側の見届け人、アストレイ伯爵の言葉で、淡々と作業は進んだ。
「カイル王国より返還する捕虜120名は、後ほどこの場に同席した、ソリス男爵がお引き合わせ致す」
「グリフォニア帝国からは、身代金として帝国大金貨1,800枚と、砂糖を馬車30台分お渡しします。
また、移住を希望する捕虜の家族についても、こちらまで連れてきておりますので、後ほど……」
それぞれが、休戦の条件となった条項を確認しあった。
「砂糖だとっ! 金貨ではないのかっ!」
ゴーヨク伯爵が失望と怒りの声を上げた。
「はい、砂糖です。
今回の件、全て金貨でお支払いするとなると、帝国には倹約家の方々も多くて……
せいぜい帝国大金貨2,000枚、王国の金貨に換算して4,000枚程度にしかならなかったことでしょう。
ですが、馬車30台分の砂糖であれば、失礼ながらカイル王国では、少なくとも金貨3,000枚以上の価値があると思われます。
それに帝国大金貨1,800枚を加え、どちらも得をするよう思案いたしましたが、何か?」
ジークハルト・ケンプファー全権代理は、平然と答え笑っている。
商人の間では、帝国大金貨の価値は、カイル王国の金貨に比べると倍近くある。
そもそも、国力だけでなく、金貨の大きさ、金の含有量が違うのだから、当然かもしれない。
「だが、砂糖で支払うなど、聞いた事がないわっ!」
ゴーヨク伯爵も食い下がっているが、俺にはどうでも良いことだった。
彼は、自分の取り分が減る(砂糖になってしまう)とでも思ったのだろうか?
そもそも、押し掛け同席者の彼に、配分など一切ない。
というか、王国内での砂糖の価値が分かっていないことに、俺は失笑してしまった。
その様子を見ていたのか、反対側の席に座る、帝国全権代理は俺に向かって微笑んだ。
「其方は見届け人じゃ。
交渉ごとは既に決まっておること。余計な口は挟まぬことが賢明と思うが?」
辺境伯の一言で、伯爵は押し黙った。
『ぐぬぬ……』
という呻きが、聞こえてきそうなぐらい、不満げな様子ではあったが。
「それにしても、そちらから休戦を5年と区切られるとは、思ってもみませんでしたよ」
敵国同士の交渉の場でも、帝国の全権代理は、まるで世間話でもしているかのような気軽さだった。
「なあに、『5年であれば、帝国も約定を守れるだろう』、そう申す知恵者がおってな」
辺境伯も、敢えて相手の【世間話】に乗っている。
「そうですか、まぁ、そのぐらいならなんとか……、なるんじゃないかな、多分。
でも、なかなか適切なご判断ですね。それを仰った方のお顔が見てみたいぐらいですよ」
この人、大丈夫だろうか? 休戦交渉の全権代理が、自ら5年後にはまた攻めてきますよ。
そんな感じの反応をしてるし。馬鹿正直なのか、それとも……
俺も、帝国に偵察に出していた、ラファールの報告がなければ、この人物を見誤りそうだ。
「なに、既に見ておるよ。今もな」
そういって、辺境伯は俺の方に視線を振った。意味ありげな目をして。
敢えてこの茶番に乗れ、そういう事かな?
「後ほど捕虜返還の件で、ご挨拶しようと思っていましたが、ソリス・フォン・タクヒールです」
「あっ、ご丁寧にどうもっ、ジークハルト・フォー・ケンプファーです。
貴方でしたか、あのテイグーンの……、なるほど、お噂はかねがね聞いておりました。
一度お会いして、どうやってブラッドリー侯爵の軍を撃退したか、聞いてみたかったんですよね」
ってか、そんな事、話す訳ないでしょう。
やっぱりこの人、不思議な人だ。
「いえいえ、私こそ。
先の戦いでは、追撃戦で帝国の方々が潰走するなか、突如我らの後方から現れ、僅か2,000の軍勢で、勢いに乗る10,000の王国兵を翻弄し、見事味方を撤退に導いた、用兵の才は驚きに値します。
そのケンプファー男爵……、失礼、今は子爵とお呼びすべきでしたね。
ケンプファー子爵には、常々用兵の何たるかなど、ご教示いただきたい、そう思っていました」
「あれっ? ご存じだったんですか。怖いなぁ……
やっぱり、人は見掛けで判断するべからず、か」
「お互いに、ですね」
やっぱり彼は王国に取って危険な人間だ。俺は改めてそう認識を深めた。
こちらの挑発にも全く動揺する様子もなく、その飄々とした態度は変わらなかった。
「所で、捕虜返還と、家族の受け入れの件ですが……」
俺はここまで話し、辺境伯の方を見て、彼の頷く(話を先に進めて良い)のを確認した。
「返還する捕虜については、帝国軍のドゥルール男爵が引率しており、間違いはないでしょう。
受け入れる捕虜家族については、万が一、【手違い】などあれば家族も、到着を待つ捕虜にも迷惑を掛けてしまいます。
私が率いてきた文官たちが、リストと照合したうえで、連れ帰りたいと思います」
「そうですね。ブラッドリー侯爵家は廃絶となり、領地も混乱しています。
色々と【手違い】が生じている可能性もあるので、不幸な間違いがないよう、よろしくお願いします」
彼の返答を受け、文官として控えていたクレアが席を立つ。
同時に、帝国側の引率者と思しき者も同時に席を立った。
何故かゴーヨク伯爵もいそいそと席を立った。
「では、これで休戦協定の締結は成された!
帝国軍の各位は、確認が終わるまで、今暫くご逗留いただくことになるが、ゆっくりお過ごし下され」
辺境伯の言葉で会談は締めくくられた。
※
「あのハイエナめっ! そそくさと分け前を漁りに行きおったわ」
辺境伯はゴーヨク伯爵に対し毒づいていた。
「まぁ、余計な波風を立てられるより、帝国大金貨100枚程度なら、仕方ありませんね」
「其方は良いのか?
先だっての取り決め通り、帝国大金貨1000枚、砂糖を馬車10台分で。
これまでに捕虜に払った俸給、経費だけでも王国金貨3,000枚相当の費用は掛かっておるだろう?」
「はい、それだけあれば十分です。残りは陛下や皆さまで分配ください」
そう、本来は欲しかった砂糖が、馬車10台分も手に入れば十分だ。
バルトたちが買って来れなかった分も、これでお釣りがくるぐらいだった。
「にしても、卿から事前に報告を受けてなければ、儂も見誤る所であったわ。
我ら以外は、恐らく表面上のことだけで、目を曇らせたであろうな」
「ええ、危険な男、その印象を益々深くしました」
「それにしても、帰還を希望する兵の数、卿の予想よりは増えてしまったな」
「はい、家族の呼び寄せができる、それを伝えた際は、帰還希望者は50名前後だったのですが、帰還先が第三皇子配下となる事を伝えると、一気に100名を超えました。
これは捨て置けない話だと思います」
「なるほど、兵たちの信望は第三皇子が上か……」
「まぁ、理由はそれだけでもないですが、その要素は多分にあるかと」
そう、彼らが第一皇子の元に戻れば、次がある時は、テイグーンの内情を知る彼らは、この戦線に駆り出されることは間違いない。
だが、彼らは身をもってテイグーン攻略の恐怖を知っている。他の仲間の末路も聞いているだろう。
だが、王国と帝国の休戦、そして第三皇子の元に預けられるとなれば話は別だ。
帝国兵なら誰もが、第三皇子の主攻は南のスーラ公国だと知っている。
そして民衆に人気の高い第三皇子、このあたりが彼らの意思を決定させたのであろう。
「で、卿の予測していたあれは、やはりやってくるかの?」
「はい、おそらく。ただ此方にも備えはあります。
今頃、テイグーンより連れてきた文官たちが、化けの皮を剥いでいるでしょう」
※
辺境伯との会談が終わったあと、俺は捕虜返還と、家族受け入れの対応を進めている天幕に移動した。
「クレア、どうだい? 予想通りかな?」
「はい、一部ですが、しっかり偽者を送り付けてきています」
「やっぱりね。では、偽物と確認された家族は都度、【手違い】として、丁重に先方にお返ししてね」
そう、これは予期されたことだ。
全てではないが、本物の家族は人質として帝国内に置き、家族に扮した間諜を送り込む。
そういうケースもあると思い、対策も取っていた。
「もうすぐご主人に会えますよ。私は、皆様の案内を担当する行政府の者です。
ご主人も、久しく食べていなかった奥様の手料理を楽しみにしていらっしゃいます。
あれ? 奥様の手料理でご主人の大好物って……、何でしたっけ?」
「……」
「お子さまも大きくなられたこと、ご主人もとても喜ばれると思います。
私もご主人からお聞きしたのですが、こちらのお子様の名前って確か……
あれ? えっと、どなたに因んで名付けられたんでしたっけ?」
「……」
そう、本物の家族なら当然知っている、でも家族以外の者は知らない、そんな秘密をそれぞれの捕虜から事前に聞いていた。
間諜である偽物の家族には、答える事ができない。
帝国側の陣幕では、次々と【手違い】として送り返される家族たちに、騒然としていた。
10組に分かれた王国側の文官たちが、それぞれの家族と面会し、何故か間諜として送った者たちだけが、帝国側に送り返されているからだ。
ただ、帝国軍内でも、事の成り行きを、まるで他人事のように見ている者もいた。
「やっぱりね……
だからこんな見え透いた事、嫌だったんだよなぁ。
まぁ、向こうも気を遣って【手違い】として返してくれていることだし、『同じ名前の者が複数いたため、念のため連れて来てました』、そうでも言って、本物と入れ替えてあげて」
そういって、少し面倒くさ気に指示を出すと、ため息をついて呟いた。
「それにしても、油断がならないなぁ。
子供と思ってみたら痛い目に遭うってことだね。
彼の率いる軍と戦うのは、骨が折れるし嫌だなぁ。まぁ多分、負けはしないと思うけど……
こちらも5年の猶予をもらった事だし、対応策を考えないとうちの主君は煩いからなぁ」
ケンプファー子爵はそう呟くと、先程とは打って変わった、鋭い眼差しで国境周辺の地図を眺めていた。
ご覧いただきありがとうございます。
次回は【入学許可証】を投稿予定です。どうぞよろしくお願いいたします。
ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。
凄く嬉しいです。
毎日物語を作る励みになり、投稿や改稿を頑張っています。
誤字のご指摘もありがとうございます。いつも感謝のしながら反映しています。
本来は個別にお礼したいところ、こちらでの御礼となり、失礼いたします。
また感想やご指摘もありがとうございます。
お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点や説明不足の改善など、参考にさせていただいております。
今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。