第百十二話(カイル歴507年:14歳)突然の来訪者③
「殲滅射撃用意、目標前方800メル(≒m)、射角調整」
「1番、2番、3番、共に調整完了!」
「各魔法士、準備できています!」
「青旗上がりました! 観測員、目標地帯から退避完了しています」
報告を受け、俺は号令の準備をする。
「拡散魔導砲、一斉発射用意……、撃てっ!」
以前と似たやり取りが、ここ魔境で建築中の砦の城壁上で繰り返された。
「おおっ!」
「な、なんと……」
「ふふっ」
感嘆する国王陛下に比べ、言葉も出ないゴウラス騎士団長、それを眺め会心の笑みを浮かべる、ハストブルグ辺境伯と、その反応は三者三様だった。
魔境に設置した、カタパルトの殲滅攻撃を、『陛下には是非ご覧になっていただくように』、そう辺境伯から言われ、俺はしぶしぶ、秘匿兵器を披露した。
発射前に、
この兵器の転用、他の地域での設置は不可能なこと
情報は秘匿しないと、意味を成さないこと
詳細な仕組み(魔法士の運用)は言えないこと
無礼を承知で、このあたりを重々説明した。
だって、他の場所で作れっていわれても、魔法士がいないと再現できないし。
そして、砦の上で発射を見ているのも、ごく限られた、王都騎士団の中でも騎士団長が信用の置ける者だけ、後は、俺や団長、魔法士や投擲に関わる者だけだ。
他の者は全員、砦の下(内側)にいて、上で何が行われているか見えていない。
今回は、新たに新設した2台のカタパルトを加え、3台の同時発射をやってのけた。
それぞれから、100個の金属球が放たれ、標的となった一帯は轟音とともに、土煙を上げ、薙ぎ払われた木々が粉砕されて宙を舞う。
土煙が収まると、標的となった一帯は、えぐられた大地が露出し、鬱蒼とした森の中で際立って大きな砲撃の爪痕が残されていた。
「なるほどな、数万の軍勢を相手にする、か」
「はい陛下、これに加え、一帯に罠や塹壕を設置し、運用の工夫さえすれば、数万の敵軍の足止めも十分可能かと思います」
「それで、この一帯を要塞化し、魔境に安全地帯を作るという訳だな」
「はい、時間と費用、これらを要しますが……、ここからですとサザンゲート平原までも、騎馬なら一気に駆け抜けることができます。うまく連携し、王国を守る盾となることを目指しております」
「辺境伯!」
「はっ!」
「そなたの申していた、国境の城塞構築の件、今ここで正式に許可するものとする。
その構築の一環として、ここへの費用も其方の采配で内密に、そして上手く回せ!
何かとうるさい輩もおるでのう。奴らに気取られぬ様にな」
「ありがたく」
「ゴウラス!
今これを見た者たち、全員に直ちに箝口令を敷け。
今後、今見た内容を口にした者は、相応の罪に問われるとな」
「はっ!」
「男爵よ……
風魔法だけを活用した戦術ならば、他でも真似て構わんであろう?
カタパルトに搭載する重量を下げ、負担を減らした上で、風魔法を活用した防御兵器として、南と東の国境で使用する戦術も、あると思えるのでな」
そう言うと陛下は、俺だけに分かるよう小さく笑った。
「……、はっ! 仰せの通り」
俺は国王陛下の言葉が妙に引っ掛かった。
恐らく、この人には、何故か秘密がバレている。そうとしか思えなかった。
そのため俺は、言われた瞬間、硬直してしまった。
ただ、最後の笑いは、『心配せずとも良い』、言葉にしなくても、何故かそう言われた気がした。
「王国内でも、魔法士たちの使い道、早急に考え直さねばなならんだろうな。
ただ大事に囲って満足し、余興の見世物にするだけが魔法士の使い道でもあるまい。
ゴウラス、辺境伯、それぞれ前線での対応、魔法士の活用などを検討せよ。
最早、魔法士が一対一の対人戦や少数相手に力を振るうことだけで、満足できる訳ではなかろう?」
「御意っ!」
「畏まりました」
こうして、ひと騒動であった、国王の魔境視察も無事終了した。
俺は魔境側の砦建設を、非公式ながら国の事業として公認を貰った。辺境伯のサポートの下に。
あとは、明日の最上位大会だけだ。
※
急遽国王陛下が自ら臨席した最上位大会も、仲間たちの活躍でつつがなく進行した。
大きな変化といえば、今回、配下の魔法士たちは、選手として誰も参加していない。
正直いって昨年より何かと忙し過ぎた。
そのため、エストの街で行われている定期大会にすら、参加させる余裕が無かったからだ。
この頃になると、定期大会はエストの街、最上位大会はテイグーンで、そういった流れは既定の路線となっていた。
もうひとつ理由があった。
妹だけでなく、一部の領民たちには、必勝パターンに気付き始めている者もいた。
まぁ、毎回、俺の仲間たちが優勝しているんだから、当然と言えば当然だけど。
このような理由で、今回のオッズは本命のない、かなり不安定なものとなった。
突出した者が居ないため、投票先も割れたが、強いて言えば女性の選手の人気が高かった。
これは、過去カーリーンや、リリアの優勝で、女性の定期大会参加者が増えたこと、それにより最上位大会に出場する、女性も増えたこと、それによる結果だった。
今回も、女性で定期大会を勝ち抜いた参加者が30名中5名もいる。
うち、2人は、カーリーンとほぼ同世代で、最終的には実力の前評判より、彼女たちに人気は集中した。
因みに、国王陛下への饗応で奔走する2人の少女も、僅かな隙間時間で勝者投票券を購入していた。
彼女たちは、陛下の滞在中は迎賓館にて、配膳などのお世話係として、母の指揮下で活躍してくれていた。
「今回は、情報が少なすぎて、賭ける先を絞り込むのも大変ですね」
「はい、お兄さまも、陛下のお側に付きっ切りですし……」
「やはり、次に大きく狙うのは、2年後ですわね?」
「はい、その時は情報もしっかり仕入れて、前回以上に勝ちましょう!」
彼女たちは至って現実的に、前回と比べて格段に少ない金額で、投票を楽しんでいた。
この話を聞いて……、俺は二年後を想像して、若干背筋が凍る思いをしたのは、言うまでもない。
※
「今回の投票総額ですが……、また1万枚を超え、いえ、大きく超えました!」
「まぁ、前回の大会では競技以外の、露店などで収入を得た街の人も多いし、今回は陛下からの下賜金もあったしね」
クレアの驚きも尤もだが、戦勝の景気に続き、合同競技大会、その後の大規模開発と、テイグーン一帯は類を見ない好景気に沸いている。
それに加え、先の戦役での街の住民の健闘と、もてなしの礼、そういった名目で、住民には国王陛下からの下賜金が振舞われていた。
まさに大盤振る舞いである。
多くの領民は、下賜された金貨自体は大事にしまっている者も多い。
「我が家の家宝にします!」
そう言って喜んでいる者もいるようだ。
ただ彼らは、余裕のできた貯えを娯楽に使った。
国王陛下臨席の大会を、大きく盛り上げたい、そんな思いもあったのかも知れない。
結果、警備に困るぐらいに大会は盛り上がり、競技場には収容できないほど人が溢れた。
そして、もちろん多くの投票が集まることとなった。
結局、第三回優勝者は多くの者の期待を裏切り、逆に言えば、最も堅実な選択をした者が、報われることとなった。
優勝者:常備軍兵士
第二位:領民参加の女性
第三位:領民参加の男性
とは言え、エストール領の常識、領民全体の射的技術の高さを知らぬ、国王陛下と、その随伴者、王都騎士団の面々は非常に驚いていた。
「おい! 彼らの多くが戦にも出ない領民だそうだ」
「あれを当てるのかっ! なんて技量だ!」
「弓箭兵として……、俺たちより上じゃないか?」
「……、ちょっと、自信が無くなった」
王都騎士団の面々は、複雑な気持ちで大会の行く末を見守る者が多かった。
後日、この大会を見て、クロスボウの修練に取り組む騎士達も、かなりいたそうだ。
「ゴウラスの申しておったこと、誠であったか……
領民たちが、まさか、これほどとはな」
二位と三位が、兵士ではなく、一般に暮らす領民だったことは、国王陛下も驚かれていた。
「我ら南部辺境域の者達は、男爵の取り組みに倣い、同様の施策を始めております。3年に一度は、各家の強者を集め、技量を競う、合同大会も始めました」
辺境伯の言葉に、国王陛下がすぐ反応した。
「そうかっ! では、それも次の楽しみであるな」
……、辺境伯、2年後の地雷を自ら仕込まないでください。
俺は心の中で、呟いた。
そして、陛下を最も喜ばせたのは、最後に行われた過去優勝者の演武(参考射的)だった。
「陛下、今回の大会には参加しておりませんが、過去大会を勝ち抜き、先の戦で活躍した者たちです。
彼らは、もともと領民でしたが、その秀でた力でこの地を護る守り手となっております」
カーリーン、クリストフ、リリアの3人が、御前に一礼し、大会よりは更に射程の遠い位置に立った。
「あの距離で的を射るつもりか?」
「いや、無理だろう」
「この女子供が過去大会の優勝者だと?」
王都騎士団の面々も、予想通りの感想を漏らす。
だが、彼らはいとも簡単に全ての的を粉砕する。
固定目標、移動目標の全てが粉砕されると、会場は鎮まりかえった後、大歓声に包まれた。
正直、今回の優勝者と比べても、レベルの違う腕前を見せつけた。
「見事じゃ! 誠に、見事!」
国王陛下も、大喜びしながら、彼らの技量に見惚れていた。
その結果、最上位大会の上位3名以外に、彼らも陛下から、特別褒賞金をいただく事となった。
※
「男爵よ、此度は予想以上に収穫も多く、有意義であったわ。次は王都でな」
最上位大会も無事に終わり、国王陛下は非常に満足した様子で、テイグーンを去って行った。
俺には正直、国王の目的が何であったのか、ちょっと掴み処のない点は少しあったが……
「よくやった! 儂も一安心じゃ」
辺境伯からは、大いに褒めていただいた。
「タクヒールさま、私もこれで一度、子爵領に戻りますが、またお父さまにお願いして、こちらに参りますね」
ユーカさんも一旦子爵領に戻るとのことだった。
半年間、団長の訓練でも、彼女は全く音を上げることがなかった。
深窓のお嬢様、そう思い込んでいた俺は、彼女を見くびっていたことに、内心大いに反省した。
既に彼女は、ゴーマン家固有スキルの風魔法を使いこなし、弓箭兵の援護(攻撃と防御)程度なら、戦場でも十分こなせる領域まで至っていた。
更にクロスボウの射的自体も、俺より遥かに上手い。
魔法を使わなくても、定期大会の上位に入れるくらいに。
「長きに渡り、いろいろ迷惑をかけたな。次は正式な婚儀ののち、娘を預ける。
今後も、よろしく頼む」
そう言ってゴーマン子爵も娘と共に帰途についた。
入れ替わりで団長に鍛え抜かれた50騎の精鋭と共に。
「お母さまとも相談したんですけど、年が明けるまでは一度エストに戻ります。
また此方に来ても良いですか?」
妹も、両親と一緒にエストの街に帰っていった。
大仕事が終わり、一息つくと、一気に周りが静かになった。
逆にちょっと寂しく感じるくらいに。
だが、寂しさを感じる余裕も一瞬でしかなかった。
俺達には、まだやるべきことが山積していたからだ。
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