第百十一話(カイル歴507年:14歳)突然の来訪者②
慌ただしい一日が暮れ、晩餐が終わった後に、俺は迎賓館の一室に設けた、サロンに呼び出しを受けた。
「男爵、待っておったぞ。今日のもてなし、非常に満足のいくものであった。
是非卿の耳にも入れておきたい話があってな」
その場にいたのは、開口一番に声を掛けてくれた国王陛下に加え、ハストブルグ辺境伯、王都騎士団長ゴウラス伯爵の3名だった。近習の者、配膳を行う者も全て遠ざけられている。
俺は嫌な予感がした。身の丈に合わない政治の話に巻き込まれても、俺はどうすることもできない。
「良いのですか?」
「ああ、構わん。男爵にも関わることゆえな」
ここに至っても、騎士団長は国王陛下に念を押していた。
「実はな、先日王都に、グリフォニア帝国より休戦の使者が来てな。
当面の間、国境での侵攻はせぬゆえ、休戦の条約を結びたいと申してきておる。
また、そなたが抱えておる捕虜についても、対価を払う故、返還を求めてきておる。
この件について、其方はどう思う? 思うままの存念を申してみよ」
辺境伯は、いつもと違った重々しい様子で話す。
「思うままで……、よろしいのですか?」
「陛下もそれをご所望じゃ、構わぬ」
「休戦は、こちらにとってもありがたい話と思います。帝国は休戦の期限を定めてきておりますか?」
「まだその辺りは、定まっておらんと聞いている……」
「であれば、ある程度期間を定めることも必要と思われます。
恐らく、第一皇子と第三皇子の後継者争い、そこに王国の介入を許さず、後顧の憂いを断つ。
ただそれだけの目的でしょう。
趨勢が決したら、万全の用意を整え、再度侵攻してくる心づもりだと思います。
どうせ、破られるのであれば、ある程度、帝国が我慢できる範囲で、休戦する方が安心できます」
「して、その期限は?」
「5~6年がせいぜい、そう思います。どちらかの皇子が倒れ、南のスーラ公国との戦いに折り合いがつけば、彼らはこちらに向いて来ますので」
「休戦を受けない、という選択もあると思うが?」
「正直、帝国軍がこぞって攻めてくれば、今の我々では持ちこたえることは不可能です。
5年の猶予を貰い、対抗する準備を十分に整えること、こちらの方が有益と考えます。休戦はまず5年の期限を設け、5年後に再び再交渉の場を設ける。
そんな感じであれば、先方にも受け入れやすいのではないでしょうか?
5年経ってもあちらの事情が落ち着いていなければ、再延長もあるでしょうし……」
「ほう、基本的な部分、休戦の受け入れは2人の意見と同じじゃな。で、捕虜返還には応じるか?」
ここで陛下が直接話に加わった。
「ただいまテイグーンだけで抱えている捕虜は400名、希望する者は帰してやりたく思います。
彼らが声高に、ここの難攻不落を唱えてくれれば、帝国も準備に時間を掛けましょう。
ただ、返還の条件として、家族を帝国から呼び寄せ、移住を希望する者にはその望みを叶えること。
これを条件として加えることを提案します」
「帝国がそんな提案を飲むと?」
再び辺境伯が反問する。
「恐らくは……、帝国としては、移住させる家族に交じって間諜を送り込んで来るでしょう。
いずれ、侵攻するときのために。
そして、今回の休戦が、帝国側の申し出であれば、こちら側が強気に出るのは当然のこと。
あちらも苦しい立場、だからこそ、休戦と考えます」
「間諜に対する策はあるのか?」
「完全に防げるとは言い切れませんが、多少なりとも……」
「ふむ、卿らには無い、面白い提案じゃの。検討してみる価値はあると思うが、どうじゃ?」
「仰せのままに」
「御意」
「それで男爵よ、卿はその間に何をする?」
「辺境の我々は、その期間を十分に利用させていただきます。
私自身は、侵攻軍に対する強固な防御施設を構築する任に当たりたく……
勝つことはできなくても、負けないこと、その算段を整えたく思います。
その間、中央の方々には、その……、できれば、国内の大掃除をお願いしたく思います」
「はははっ、大掃除と申したかっ! 愉快愉快。
ゴウラスよ、其方は大変な役割を振られたようじゃぞ」
「はっ!」
ちょっとだけ、騎士団長は険しい顔でこちらを見た。
「此度の敵軍の侵攻、我が国の内情に通じてるとしか思えぬ節もあります。
また、第一子弟騎士団については、結成からその後の行動にも、不可解な点が多すぎます。
東の国境についても、多少の事情は聞き及んでおりますが、先の国難に対し、王都騎士団が思うように動けなかった事情、その点も色々あったのでは?
そう思わざるを得ません。
確証がない故、無暗な讒言は致しかねますが……」
そう、俺は疑問に思っていた。
王都騎士団は一部の戦力を東国境に派遣していたが、主力は王都に留まっていた。
それは、留まらざるを得ない事情があったからでは? そう思っている。
「目端の利く者には、辺境に居ても、ちゃんと物が見えているということだな……」
国王陛下が呟くと、騎士団長は恐縮して頷いた。
「防御施設については、辺境伯より内々に相談も受けておる。男爵が建造している物もな。
明日、実物を見せてもらうこと、楽しみにしておるぞ」
え? 行くの?
馬車じゃ行けないし、危険地帯ですよ?
ってか、騎士団長も辺境伯も頭抱えているし……
明日も大変な一日になりそうだった。
※
夜も更け、話も終わったので、俺は御前を辞し、領主館へと戻っていった。
だが、先ほども国王の傍らにいた2名は、引き続き国王と共にサロンで密談を続けていた。
「それにしても陛下、先年の下賜といい、今回の行幸といい、先程の件といい、あの者への対応は少し過分ではないかと……」
「ゴウラス、余としてもそう思うこともある。
しかしな、あの者には何か……、特別なものを感じるのだ。言葉ではうまく説明できんがな」
「それは、見所のある若者、そういったものでしょうか?」
「それもある。が、予が感じているのは、辺境伯の思いとはいささか違うの。
数百ある貴族家のなか、何故かあの者だけに、他人とは思えん懐かしさ、親しみ、漠然としていて、はっきり言葉にはできんが、そんなものを感じるのだ」
「では……、子爵家の先祖は、王家の一族のご落胤であると?」
「それはなかろう。王家の一族、そういう意味であれば辺境伯、そなたも同様よ。
初代カイル王が、この地を拓いて以降、彼の血を引いた者が、今日の貴族としてこの国を支えておる。其方らの祖先を辿れば、いや、ほぼ全てと言って良い貴族たちが、初代カイル王に繋がる。
最も血を濃く受け継ぐ我らが、王族として、その血脈を保っているに過ぎないのだからな」
「確かに……、仰る通りですな」
「それに、あの者の父や兄、彼らには、そういったものは感じぬ。
あの者だけなのじゃ。今回、敢えて真近で接し、改めて確信したでのう」
「それで! 彼を馬車に呼び入れられたり、先程もお傍に召された訳ですな」
騎士団長は、疑問に思っていた事が解けた様子で追随した。
「では、今後もあの者を?」
辺境伯も得心した様子で、確認する。
「其方ら、【伯楽】という言葉を知っておるか?」
「我らは存じませぬ。そのハクラクとは何でしょうか?」
「我ら王家の言い伝えによると、初代カイル王は自らを【伯楽】と称されていたという。
市井にある民の中から、魔法士の適性を見抜く技を持ち、数多くの魔法士を拾い上げ、その力を生かす場を与えた。
この御業を、伯楽と称され、最終的には、彼らを率いこの地に王国を作ったという。
その【伯楽】が、どこの異国の言葉か、それすら分からぬ。
だが、あの者の行い、それに似ているとは思わんか?」
「確かに……、あの者が抱える魔法士の数、異常としか言いようがありませんな」
「あの者の進む道が、我らの思案に沿うようであれば、せいぜい助けてやるとしようではないか。
ゴウラスも合点がいったようじゃしの」
「では、明日の魔境視察も?」
「そう、其方が願い出ていた国境の砦構築、それは、今回の帝国からの申し出を利用し、急ぎ進めるべきと考えておる。
我が国は、長く続いた平穏で戦う力、特に魔法士を活用する術を失っておるでな。
帝国相手に、まともに戦えるのは、ゴウラス率いる王都騎士団3万と、辺境伯の1万足らず……
今回の様に南と東、同時に侵攻されれば、同じような危機を迎えることになろうて」
「そうですな。帝国がこぞって全力で攻めてくれば、おそらくは5万は超える軍勢になりましょう。
3万を正面に回しても、こちらに2万。しかも前回の惨敗を受け、対策も講じてまいりましょう」
「この地で2万を敵に回し、支えることができるのか、それをこの目で確認したくてな。
見誤れば、この王国の存亡にも関わることだが、何分、中央には目が節穴の者も多くてな……
大局を見るより、己の権力闘争に夢中な馬鹿者も多い。
だが、そんな者に限って、その声は大きく、根は王国内に深く張っておる」
「我らが至らず……、お詫びのしようもなく」
「よい。ゴウラス、我らも真剣に取り組まねばなるまい。あの者の言っておった大掃除に」
「御意」
「畏まりました」
「この王国も、余の父の代までは平穏であった。だが、今はそれが災いとなっておるでな。
平穏に慣れた中央の貴族共は、国益より己の野心を優先しておる。
貴重な魔法士たちも、平和の世で魔法は単に見世物に成り下がり、彼らの価値は上位貴族の権威の象徴になり下がった。
奴らは魔法士の価値を下げ、貴族の血統魔法のみを、価値ある力と勘違いしておる。
自ら前線に出ることもない、貴族という立場故、過酷な修練や研鑽も積まれず、そんなナマクラな刃など、戦では通用する筈もなかろうて」
ここまで話すと国王は自嘲するように笑った。
「初代カイル王の遺した言葉に従い、代々魔法士の確保と維持を、懸命に行ってきた目的も、既に忘れ去られておる。
我らは20年前、南の王国が帝国の現皇帝、当時の第一皇子に滅ぼされた際、今後わが身に降りかかるであろう危機に、気付かねばならんかった。
だが、永きに渡った平和に毒された、前王の父や、当時の重臣共は、問題を先送りにしてしまった。
今、我らがそのツケを払うことになってしまったでな」
3人はそれぞれが、王国の未来を思い、これから成すべきことを思い描いていた。
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