第百九話(カイル歴507年:14歳)王都での策謀
夏になり、王都には、これから学園に入学を予定している者が集まりだす。
ハストブルグ辺境伯の娘、フローラも父と共に王都に到着し、入学の準備を進めていた。
「そなたの入学と同時に、ダレク卿との婚約の儀、こちらにて発表するつもりだ」
「はい、お父さま、ダレクさまにお会いできること、ずっと楽しみにしておりました」
愛娘の溢れんばかりの笑顔を見て、辺境伯の心は少し痛んだ。
大事な娘の婚姻さえ、政争の具として利用すること。
彼女とダレクは、今後、避けては通れない、王都での争いに巻き込まれるであろうことを。
「貴族として、王国の未来を左右する家に生まれたことで、今後、其方には苦労を掛けることになる。だが、この国の未来を、我らの手で繋がなくてはならん」
「お父さま、辺境伯の家に生まれるということは、そういった定めの元に生まれてきたという事です。お姉さまたちも、他家へと嫁ぎ、立派に務めを果たしていらっしゃいます」
「これから、様々な策謀や謂れのない中傷など、其方を苦しめるやも知れん。
そんな渦中に、其方を放り込む父を、恨んでもらっても構わないのだぞ」
「私は、私自身が望むお方と添い遂げられるのです。それだけで私は十分幸せです。
どうか、お気に病むのはお止めくださいな。
ダレクさまと共に、ハストブルグ家と、この国を支える柱の役目、立派に果たしてみせます」
「すまぬ……」
いつもの様子とは打って変わった、明確な意思をもった強い眼で答える娘に、辺境伯は一言だけ詫びた。その短い言葉に、多くの思いを込めて。
※
同じく、王都の他の場所では、独自の諜報網を持つ【復権派】を自称する者たちが集まり、今後の対応を協議していた。
「それにしても、奴を囲い込み、飼い犬とすること、失敗したのは失策でしたな」
「ああ、あ奴め!
昨年末に戻って来てからというもの、まるで首輪を掛けられた、子犬のように大人しくなりおった」
「学園に忍ばせた、配下の者共の誘いも、貴族の娘たちの色目にも、猿は全く反応せなんだでな」
「誰かが猿に首輪でもつけたのであろう、全くもって余計なことを……」
部屋に居た6人の男たちのうち、その中の4人が交互にとある男について語っていた。
「で、どうする? 間もなく辺境伯の娘と婚約を発表するというではないか」
「まぁ、過ぎたことを悔やんでも仕方ない。
辺境伯自身が、望んで新たに不和の種を抱えた、今はそういう事で良かろう」
「で、そなたの首尾はどうだ?」
これまで会話に参加していなかった2人のうち、1人がその傍らに立つもう一人の男に話しかけた。
「はい、順調に進めております。まっすぐに伸びる木ほど、絡め取り易い場合もございます。
今はじっくり寄生し、枝に絡みつく時期かと思われます」
「大言壮語も良いが、本来であれば、たかが子爵のお主など、この会合に参加すらできんこと、重々弁えておくことだ」
先に話を進めていた4人のうち、一人が冷笑しながら毒づいた。
「はい、承知しております。ご推挙いただいた伯爵には感謝し、我が家も、皆さまの深謀遠慮の先駆けとして、存分にお使いいただければ、身に余る光栄です」
「で、もう一方はどうだ?」
彼を推挙した、伯爵と呼ばれた者が質問を重ねる。
「それは慎重に準備を進めております。
調子に乗った奴が、蜘蛛の巣に掛かるよう、此方で今は糸を張り巡らすため動いております」
「あ奴は猿と違い、手の内をあまり見せんだろう。頭も切れる、対応には注意してな」
「侯爵のご忠言、ありがたく頂戴します」
男は神妙に一礼した。
「所で最近、国王宛てに珍しい使者が訪れたとか?」
「奴らの一派がその情報は秘匿しておってな。
なかなか尻尾を掴ませんので、詳細はわからぬがな」
「おそらく推察はできるが、その通りであれば看過できんことよ」
「ああ、奴らに力を蓄える【時】を与えてしまうでな」
「では、我らは引き続き調査を進め、我らの意を通すよう、宮廷内の地固めに入るといたします」
最後は伯爵と呼ばれた男が答え、会合は幕を閉じた。
※
翌日、国王の謁見の間にて、人払いがされたなか、会話する2人がいた。
「辺境伯よ、愛娘の入学に付き添っての、王都への伺候、その溺愛振りが窺えるものだな」
「陛下っ!」
「分かっておるわ。
これを口実に、先日の書状の件であろう? 此方には何かと煩わしい者もおるでの。
此度の謁見も、婚約の件で許可を得るため。他の者にはそんな形に見えるだろうな」
「はっ! 仰るとおりです。
国境に築く要塞の件、併せてもう一方の件についても、何卒ご裁可を賜りたく……」
「一つ目は……、問題なかろう。反対する者がおっても、余の権限で押し切ることは可能だ」
「さすれば、もう一方は?」
「そちらが難題での。
先に与えた報奨の件もある。いち辺境の男爵ごときに過分な対応、そう申す者も多く困ったものよ。
だが、余にも思うことがあっての、今はその策を講じておるところよ」
「それでは!」
「急くでない。
ゴウラスにも話はしておる。奴は、相当渋ったがな。結論はその策を進めてからじゃ」
「承知いたしました。
陛下の深慮遠謀は私めの想像の及ぶ所でもなく、その一端でもお話願えれば、私めも安心できるのですが」
「帝国よりの使者の件、其方も聞き及んでいよう?」
「はっ、内容までは存じ上げておりませぬが……」
「其方にも直接関わること故、書状の閲覧を許す。
この対応、誤れば王国の未来を左右する結果にもなりかねん。存分に吟味し、其方の存念も聞きたい」
辺境伯は、国王より手渡された、グリフォニア帝国からの親書に目を通した。
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グリフォニア帝国は、カイル王国との過去の遺恨を捨て、互いに休戦の条約を締結することの提案をする。
友好の証として、先の戦役で、互いに得た捕虜を交換(返還)し、その友誼の架け橋としたい。
なお返還される捕虜の多い帝国は、その数に応じた、対価(身代金)を王国側に支払う用意がある。
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そんな要旨とともに、差出人として、帝国第三皇子、グラート・フォー・グリフォニアの名前が記載されていた。
辺境伯は、この親書の内容だけでなく、差出人として、グリフォニア帝国第三皇子の名前が記載されていることにも、若干の違和感を感じていた。
「第一皇子ではなく、帝国南側の戦線を担当する第三皇子からの親書ですか……」
「うむ、向こうも皇位後継者の座を巡って、争いが絶えぬからな。あちらには彼方の事情も色々あるのじゃろう。
其方たちが撃ち破ったゴート辺境伯に代わり、今は第三皇子の軍が南の国境守備に就いておるそうじゃ」
「第三皇子の軍ですとっ!
第一皇子の親衛軍に負けず劣らず、いや、それ以上の精鋭揃いと聞き及んでおります。
これは……、厄介なことですな」
「まぁ、全軍がこちらに振り向けられれば、大変な事になるであろうが、向こうにも色々厄介ごとがあるのであろう。それで、この親書という訳じゃ」
「で、陛下はどのようにお考えで?」
「結論を出す前に、確認したいことが二つあっての。
そのうち一つは、卿の計画の詳細を聞くことと、親書に対する卿の存念を聞くことじゃ」
「して、もうひとつは?」
「これが、先ほど申した余の策での」
こう言うと、国王は悪戯っぽく笑った。
「この件はまだゴウラスしか知らん。漏れると色々大変じゃからの。
秘密裏に事を進め、気付いた時にはもう遅い。そういった段取りを整えておる」
国王から、その【策】を聞かされた辺境伯は、驚愕した。
「陛下っ! それはっ! まさかその様な……」
「卿もゴウラスと同じ反応じゃの、これなら王都で蠢動する者共も、想像はできんであろう」
国王は愉快そうに笑った。
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次回は【突然の来訪者①】を投稿予定です。どうぞよろしくお願いいたします。
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