第百七話(カイル歴507年:14歳)一時の安息?
「そろそろブラック労働から、皆を解放してあげないと……」
ここ最近まで、この言葉を何度も呟いていた気がする。
正直皆には申し訳なかった。
昨年の戦役から帰還して以降、俺たちはゆっくりする暇もなかったからだ。
・第二回テイグーン収穫祭、および戦勝記念祝賀会
・合同最上位大会の準備(建設)
・合同最上位大会開催
・テイグーン一帯の二次改装工事(建設)
・第一次大規模掃討作戦の実施(魔境視察)
・辺境騎士団支部 第五部隊結成式開催
実にこれだけの事が、半年の中に凝縮されていたのだから、毎日が目の回るような忙しさだった。
【ブラック労働のソリス男爵家(弟)】
【ブラック天国テイグーン】
こんな風に称されるようになっては元も子もない。
(俺を含む仲間たちは、もう十分そんな状況になってしまっているが……)
この先、半年ぐらいはじっくり皆と腰を落ち着けて、今後の対策を練っていきたい、そう願っている。
辺境騎士団支部、第五部隊結成式で、コーネル男爵から2人の地魔法士を託されたことで、抱える地魔法士の数が、サラ、エラン、メアリー、アストール、ライラに加え、合計7人になった。
正直、これだけの数の地魔法士を、抱えている貴族などいない。
この事が、色んな工事を一気に加速させた。
・テイグーン街内改築 :完成
・北出丸(宿場町) :完成
・南出丸(放牧村) :完成
・開拓農地(5区画):完成
・フラン側新関門 :建設中
・魔境側砦 :建設中
<開拓村の建設について>
こんな経緯もあって、開拓農地の開発は一気に進んだ。
農村の外壁と内壁、義倉だけは既に5区画が全て完成している。
区画は、一辺が2キル(≒km)の正方形で、その中は一辺が1キル(≒km)四方の村が4つある。
この区画が5か所設けられているので、村の数は合計20村。
1村あたり、22戸の開拓民を受け入れ、それぞれが200メル(≒m)四方の畑を占有できる。
将来的に1戸あたり4人(両親と子供2人)の領民が住めば、開拓農地の人口は概算で1,760名。
テイグーンの町と、北出丸(宿場町)の人口を合わせれば、一般的な男爵領としては、十分な数字だ。
更に、各区画の外周は、高さ5メル(≒m)の土壁で囲われており、中心部の居住区は、高さ10メル(≒m)の内壁(石壁)で囲い、真ん中に4村共通の義倉を配している。
魔物や盗賊などに対する安全面でも、十分な防御設備といえる。
というか、ソリス子爵領に点在する、どの村よりも安全だと思う。
【開拓農地 1区画概略図】
(第一村) (第二村)
① ② ③ ④ ⑤ ● ● ● ● ●
⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩ ● ● ● ● ●
⑪ ⑫ ⑬ ⑭ ⑮ ● ● ● ● ●
⑯ ⑰ ⑱ ⑲ ――― ● ● ● ●
⑳ ㉑ ㉒ |住住住住住| ● ● ●
==水路==|住住倉住住|==水路==
▼ ▼ ▼ |住住住住住| △ △ △
▼ ▼ ▼ ▼ ――― △ △ △ △
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ △ △ △ △ △
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ △ △ △ △ △
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ △ △ △ △ △
(第三村) (第四村)
開拓農地への入植希望は、一気に膨らんだ。
その数は、開拓農地の区画が完成していくとともに、日々増加している。
最初に先行して完成した2区画を開放すると、すぐに受付所からは嬉しい悲鳴が漏れ聞こえてきた。
「2区画分、176戸の受付を開始しましたが、事前予約で120戸、その後の申し込みで、既に40戸が埋まっています。この先、どうしましょう?」
そうクレアから聞かれたのは、つい先日のことだった。
そのため、3区画目の工事を急ぎ、更に88戸を用意した。
「4区画目と5区画目は、完成しても当面開放は様子を見るので、受付所での差配をよろしく」
そうクレアには告げていた。
今となっては、その2区画も完成しているが、まだ入植は少し先になる予定だ。
※
<新関門(砦)の建設について>
今、捕虜と期間労働の人足が一斉に取り組んでいるのは、フラン側の新関門(砦)建設だった。
エランとサラ、メアリー、サシャが作成した計画に、俺の要望も追加した。
〇追加建築(臨時病院、兼、臨時兵舎の建設)
これは、600人規模の兵員、または病人を収容可能とするもので、臨時の兵舎や疫病発生時の隔離病院の役目も担うことを目的としていた。
施設自体を砦の中の隔壁で区切り、全室個室とし、この施設からの下水だけ別系統にしてもらう。
また、換気のための窓と、厳冬期には暖の取れる工夫も併せて依頼した。
「この施設内には、大型の調理設備と食堂を用意して欲しい」
そしてもう一つ付け加えた。
「水の手に心配がないから、ここに複数の浴場を併設し、平時は公営浴場とするのはどう?」
この施設だけは、建設費用度外視で、先行して建築を急いでもらうお願いをした。
平時には無駄にならないよう、考えた結果が、食堂と、公衆浴場だった。
これらの要素を反映し、疫病の発生前に、万全の態勢で迎えるようにしたい。
〇追加仕様
俺は、砦自体の建設計画にも、2点追加で仕様変更をお願いした。
「砦の飲料水に限り、井戸などの利用を前提として欲しい。杞憂に終われば良いのだけれど、飲料水だけは安全性に最も拘りたい」
何故? 川からの豊富な上水があるのに……、そう思われたかも知れないが、ここは譲れなかった。
「あと、砦の形状は変形星形城壁で建築して欲しい」
飲料水は万が一に備えて別系統で秘密裏に確保し、変形星形城壁は、魔境側で設置する砦の先行試作として対応を依頼した。
「エラン、色々詰め込んで申し訳ないが、地魔法士4名体制で、基礎工事の城壁と堀、上下水道を優先して対応して欲しい。追加建築の建物は、別ラインで動き、そちらも優先でお願い。
工事の進捗に合わせて、地魔法士は徐々に魔境側の砦建設に移していくので、それを前提にして欲しい。
エランは計画と進捗の管理だけで、魔境側の建設にじっくり取り組んで欲しいと期待してるんだけど、大丈夫かな?」
相当な無茶振りなのは、十分理解していた。
だが、両方の建設ともエランの発案であり、双方とも彼の力が欠かせない。
幸い、新関門は概要と図面が固まれば、サラの指揮でも十分いけそうだったので、エラン自身が、徐々に魔境側の砦建設にシフトしていった。
※
<新規人材発掘>
これまでは、魔法士主体の人材発掘だったが、恐らく適性確認を行うのは、残りあと20名もいかない可能性があった。
単に適性を持つもの、それだけならまだ170人ぐらいいるけど、働き盛りを過ぎた者や、子育て中の母親、まだ子供の者などを除外すると、候補者は一気に50人弱まで減ってしまう。
そこから、行政府の登録情報と突き合わせ、判明するのは30人前後。
そして家宰面接や雇い入れなどで、為人などの確認ができ、最終候補に残るのが、恐らく20名前後だろうと予想したからだ。
そのため、余力を一部、別の視点に振り分けた。
主に、剣の才能を持つ者を中心に、【歴史書】の領民一覧から、該当者を抽出した。
そして、魔法士の時と同じように、情報を並び替え、再整理した。
そうすると、剣の才能が有る者、【剣豪】以上の潜在能力がある者が、何と10人以上見つかった。
そして、そのうち2人は直ぐに囲い込むことができた。
「今はまだまだ使い物になりませんが、良い筋をしています。きっとひとかどの剣士になる可能性がありますよ」
彼らを見た団長からも、お墨付きを得ることができた。
本来備わった才能、潜在能力を確認できること、これは何よりチートでありがたいことだ。
改めて【歴史書】の存在に感謝した。
そして今後も【才ある者】を集める活動は続いていく。それらの才能を囲い込んでいくために。
<魔法士戦闘訓練>
これが一番の悩みだった。
ユーカさんと妹が参加を希望しているからだ。
一応、内々で団長には相談した。
「私の見るところ、お二方は芯のしっかりした方々です。
中途半端に手心を加えると逆にお叱りを被るとおもいますよ。それでもよろしいですか?」
確かに……
「でも団長、あれ、やっぱやるんですよね?」
「当然です。風魔法を鍛えるには、まして、風魔法で防御を望まれているなら、最初に通る道です」
俺は団長の課す最初の試練、これをユーカさんに行う事に及び腰だった。
多くの貴族、そして彼らの抱える魔法士たちなら、絶対にそんな訓練をしない。
逆に言えば、だからこそ彼らの魔法は、戦場で役に立たないと言える。
「それでは、怪我などしないよう、くれぐれもお願いします」
俺はそうお願いした。
※
「魔法士は魔法だけ使えれば良いものではありません。
本来、魔法戦闘訓練とは言えど、最初は剣技などの戦闘訓練を行います。
魔法が使えなくなれば、なんの役にも立たない。
そんなことでは戦場で真っ先に狙われ、命を落とすだけですから。
ただ、お二人はまだ大人としての身体ができておりませんので、訓練は特別メニューで行います」
「はい! よろしくお願いします」
「は、はいっ」
どちらかというと、ユーカさんは目を輝かせて、クリシア(妹)は若干不安げな様子だった。
魔法以外の訓練は、キーラ副団長が護身術を中心に教えてくれるようだった。
魔法戦闘は団長自らユーカさんに、妹にはマリアンヌが付いた。
「先ずは、恐怖を克服することです。
向かってくる矢に対し、目をつぶらず観察し、タイミングを計ることを覚えてください。
戦場で矢を防ぐ際、自らを矢面に晒し、冷静に対処することが必要です」
団長がそう言うと、手練れの弓箭兵がユーカさんに向かって一斉に矢を放つ。
俺が恐れていた訓練が正にこれだ。
鏃を加工してあるとはいえ、万が一当たれば、相当痛いし怪我もする。
そして、最終的には本物の矢を使う。
何十、何百の矢が自分に向かってくる光景、風を切り眼前を通過する恐怖は、計り知れない。
実際、選び抜かれた、手練れの者が射手を務めているとはいえ、何本かの矢は彼女の横ギリギリを掠めて飛ぶ。
ユーカさんは身じろぎもしない。
何回目かの射撃になると、彼女は、微笑みすら浮かべている。
「ほう、この訓練、実戦経験のある兵士でも、及び腰になるものを……、流石です。
武勇で鳴るゴーマン子爵の血を受け継ぐお方、それとも、貴方を守りたい、その覚悟がなせる業か……」
団長は感嘆するが、俺は気が気でない。
「あの……、なんとなく、分かりました。次は、防いでも構いませんか?」
「!」
ユーカさんの突然の申し出に、俺だけでなく、団長も驚いていた。
「中途半端に風を使うと、矢の軌道が逸れ、貴方に直接当たるかも知れませんよ。それでも?」
「はい、お願いします」
そして……
次の射撃では、風の障壁を作り、彼女の近くを通る矢は、全て弾かれてしまった。
もちろん、射られた矢の全てではないが……
「才能、胆力とも申し分ないですね。立派な魔法戦士に鍛えてさしあげますよ!」
団長は嬉しそうだった。
まずいスイッチが入ってしまった気がする。
「戦士にならなくても、大丈夫です。ホドホドニ、オネガイシマス」
俺は小さく呟いた。
マリアンヌ曰く、妹も優秀だそうだ。
幼い頃からエストの街の施療院に出入りし、初期の魔法士たちに交じって医学の勉強もしていた。
実家では思う存分使えなかった聖魔法も、ここでは(鬼の訓練で負傷者が続出するため)その機会も十分あった。
一番大変そうだったのは、昨年新しく仲間入りしたヨルティアを除く6名と、他領から預けられた魔法士(ゴーマン領4名+コーネル領2名)6名だ。
彼ら(彼女ら)は、さっそくシゴキの洗礼を浴び、満身創痍、疲労困憊だった。
もちろん、剣術シゴキで、彼らに交じって聖魔法士のお世話になる俺も、満身創痍だったが……
こうして、辺境騎士団、傭兵団、駐留軍に交じり、魔法士の合同訓練は継続していく。
特にゴーマン子爵家から派遣された150名は、鬼気迫る意気込みで訓練に参加していた。
そりゃあ、主君のお嬢様自ら、先頭に立って大変な訓練を受けているのだから、異常な張り切りぶりだったのは言うまでもない。
こうして、辺境騎士団第五部隊は、最強部隊としてその名を轟かす下地が整えられていく。
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お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点など参考にさせていただいております。
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