第百六話(カイル歴507年:14歳)ユーカ
「タクヒールさま、私のような者が押し掛けて、ご迷惑ではなかったですか?」
ゴーマン子爵が「頼む」と愛娘を残し帰途に就いたのは昨日のことだった。
そして、その愛娘ユーカさまが俺の執務室を訪ねて来た。
「ユーカさまなら、いつでも大歓迎ですよ」
「あの……、その、4人の奥様の件、父から聞きました。皆さま、ご不快に思われていませんか?
タクヒールさまも、愛する奥さま方がいらっしゃるのに、私などが割り込んでしまって……
皆さまのお気持ちを考えると、非常に申し訳ないと思っています。
もし、今回のこと、タクヒールさまのお心に沿わないようであれば、私の事情、という形でお父さまを説得します」
「それは、気にしないでください。そして、これからのお話、お気を悪くしないでくださいね。
ユーカさまもご存じの通り、この国には貴族としての定めがあります。
私自身も、領主貴族ではありませんが、男爵家の当主として、その定めに従う義務もあります。
そして彼女たちも、その定めは理解しております。
正直に言って、今の妻たちを、かけがえのない、大切な存在として、守っていくことは変わりません。
もし、妻を迎えることになっても、彼女たちの境遇も理解していただける方を、そう望んでいました。
もちろん、妻となってくれる方にとっても、私の事情は、決して受け入れやすいものではありません。
そんな我儘、許されることではない、そう思っていました。
ですが、ゴーマン子爵やクリシアから、ユーカさまが思いやり溢れる、優しい方とお聞きして……
もしかしたら、彼女たちも幸せに過ごせるのでは、そう思っていました。
もちろん、ユーカさまへの思いは、それだけではなく、正直、私もお慕い申し上げているのは事実です。
ただ、今の立場の私が言ってしまうと、節操もない者の発言にしか聞こえませんが……」
「ありがとうございます。嬉しいですっ!
もちろん、私も奥さま方に学び、教えを請い、一緒になってお支えしたいと思っています。
タクヒールさまのお話をされる時、父は本当に楽しそうに、優しい笑顔でお話されますの。
あんな父の様子は、私も初めて見て、ずっとお会いしたいと思っていました。
初めて、ここテイグーンに来た時より、叶うのであれば、ずっとご一緒したいと……」
ここでやっと彼女は、思いつめた表情から、いつもの陽光が降り注ぐような笑顔に戻った。
「それでは、改めてよろしくお願いします。私のことは、是非ユーカとお呼びくださいね」
「わかりました。2人だけの時はそう呼ばせていただきますね。それで構わないですか?」
「はい! ありがとうございます」
「所で、団長の訓練、本当に受けるんですか? 訓練の時は、私にさえ、全く容赦しない鬼ですよ?」
「はい! 私の父も兵の訓練では、鬼ですから。
それに……
奥さま方は皆さん、一芸に秀でた大変優秀な方々と聞きました。
私も少しでもお役に立てるようになりたくて……
あの場であのような事を申し上げてしまいましたが、今もその気持ちは変わりません」
俺はやっと理解した。
何もできない妻であるよりは、少しでも支えることができる妻になりたい。
彼女は、その願いと意思を持っているのだと。
「あと……、できれば、奥さま方にも、きちんとご挨拶をしたいのですが、お許しいただけますか?」
俺は彼女の思いを先程聞いていたので、安心してその場を設けることにした。
※
「皆さま、改めてご挨拶させていただきます。ユーカと申します。どうぞよろしくお願いいたします。
先ず最初に、皆さまにお詫びしなければ、そう思っていました。
私のような者が、タクヒールさまと皆さまの間に割り込んでしまったこと、本当に申し訳ありません。
私は、新参者として、これから皆さまから学び、皆さまと一緒になってタクヒールさまを支えて行きたいと思っています。
この様な形で、大変申し訳ないのですが、どうか、私も皆さまの、お仲間に加えていただけませんか?」
「とんでもございません!
ユーカさまは、タクヒールさまと同じく、我々のお仕えする主人となられるお方です。
どうぞ、私共に遠慮はなされぬよう……」
アンが代表して答えるが……、当たり前だけど、皆、見えない壁があるような気がした。
「アンさま、申し訳ありません。
そこだけは、私の我儘、ご容赦いただけませんか?
皆さまは、タクヒール様の奥様である以上に、支えとなる、何よりも大切な仲間と伺っています。
私も、皆さまと同じように、お役に立てる仲間になりたいと思っています」
4人の妻たちは、ユーカの真意を探るため、じっと彼女を見つめる。
「私は皆さまから、沢山のことを学びたいと思っています。
アンさまからは、主人の屋敷を守る者の務め、来客をもてなす心得などを学びたいと思っています。
ミザリーさまからは、領地を支える行政など、内治に関わることを。
クレアさまからは、魔法士としての務めや、戦闘で支える手段、方法などを。
ヨルティアさまからは、商取引や交易など、経済面で領地を支えることを。
そして皆さまから、タクヒールさまをずっと支えていく術を。
まだ何も知らぬ子供、至らぬ身で、ご迷惑をお掛けすることばかりかも知れません。
でも、私もいつか、皆さまから、仲間と呼んでいただけるよう努力するつもりです」
4人とも少し驚いた顔をしている。
彼女は単なるお嬢様ではないと感じているようだった。
「皆さまには、最初にお話ししたいことがあります。
私の実の母は、皆さまと同じ立場でした。
父は子爵家でも三男であったため、何の気兼ねなく母と結ばれ、幸せに暮らしていました。
ですが、私が産まれる前に、伯父のひとりが戦場で、もうひとりが病で、相次いで亡くなりました。
父がやむを得ず子爵家を継がなければならない時、貴族の定めに悩む父を見て、母は自ら身を引き、実家に戻ってしまったそうです。
私は皆さまを、絶対に、母と同じ思い、境遇にしたくありません。
そして母を失い、孤独になって心を閉ざしてしまった父のようにも。
私が今も、子爵家の長女でいられるのは、父が子爵家を継ぐ際、後ろ盾となった伯爵家、今の継母の実家から、不興を買うのを承知で守ってくれたからです。
将来、産まれてくる皆さまのお子様と、今の私の立場は全く同じです。
私は、皆さまのお子様に対しても、父から受けた恩と愛情を注ぎ、その立場を全力で守りたい。
そう願っています。
どうか、私を皆さまのお仲間として、加えていただけませんか」
俺は彼女の言葉を聞き、妻となる人がこの人で本当に良かった。改めてそう思った。
そして自分の気持ちのどこかで、彼女のことを、子爵家のご令嬢、お嬢様と見くびっていた事を恥じた。
「ユーカさまこそ、タクヒールさまの奥さまとして、ふさわしいお方。改めてそう思いました。
これまでの私共の無礼、深くお詫びします」
アンが平伏した。
「ユーカさまのお話を伺い、ゴーマン子爵さまの愛情と思いやり、それに応えるユーカさまのお言葉に感銘いたしました。私共こそ、これからもよろしくお願いします」
続いてミザリーが平伏した。
「ユーカさまも、大変な苦労をされたのですね。深窓のお嬢様、そんな風に思っていた私が恥ずかしいです。人としての器も、私共の上に立つにふさわしいお方、そう思います。どうぞよろしくお願いします」
クレアが平伏する。
「私はタクヒールさまより、暗闇から救い出された身です。今、お仕えできるだけで幸せなのに、そのようなお言葉、もったいないです。これからも是非お仕えさせてください」
最後にヨルティアが平伏した。
「みっ、皆さま、そういう意味で申し上げた訳ではありませんっ! どうか、お顔を上げてください」
そして、何故かユーカさんも平伏した。
「まぁ、立場上、簡単にはいかないと思うけど、皆と仲良くなりたい気持ちは、伝わったんじゃないかな?
早速、5人で平伏仲間になってるし、俺だけ仲間外れは寂しいから一緒に……」
そこには6人が平伏している奇妙な光景が広がった。
そして……
6人の明るい笑い声が部屋にこだました。
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