第百五話(カイル歴507年:14歳)辺境騎士団結成③ 始動
この翌日、辺境伯が直々に参加した結成式は、格式と威厳あるものになった。
辺境伯の到着と同時に、早馬で督促していた父も慌てて飛んできたが……
「チチウエ、ウカツスギマス」
俺はちょっとだけ、心でそう思った。
そう、父より少し前に、コーネル男爵も慌てて駆けつけていたからだ。
ゴーマン子爵がテイグーンに向かう道中、エストの街に立ち寄った際、母は何かを察して弟(コーネル男爵)に早馬を飛ばしていたらしい。
機敏な母の情報発信を、的確に受け止めた男爵と、たまたま留守にしていたとは言え、自領のことにも関わらず、悠長に構え、母と俺の連絡を受け、慌てて駆け付けた父とは、少し差がついてしまった。
だって、予め結成式のことはちゃんと伝えたのに……
結成式の夜、俺は主要な4貴族家当主に加え、ヴァイス団長を交えた会談で、辺境騎士団(第五部隊)に関する今後の指針を話し合い、合意を得る事ができた。
「先ず皆に申し伝える事がある。
今、魔境に溢れておる魔物の掃討、これは何よりも優先して行うべきことじゃ。
そのため、辺境騎士団支部でも、この任務を負う。
そして、この掃討を進める拠点として構築する、砦の建設にも従事してもらう。
これは、辺境騎士団団長としての命であると心得て欲しい」
ハストブルグ辺境伯の言葉で、俺と団長が懸念していた課題はなくなった。
「魔境での戦闘訓練(討伐)で、兵の練度が向上する、我らが余計な口出しなど無粋というものだ」
ゴーマン子爵の言葉で、皆は静まり返る。
「ご一同、どうかな? この騎士団が討伐で得た魔物素材も、騎士団運営の対価として充ててもらうのは。
若者だけに負担を押し付け、我らがそれに胡座をかく訳にはいくまい」
ゴーマン子爵の言葉に異議を唱える者は誰もいない。
彼は、俺が懸念していたことを、他の貴族には有無を言わさず解決してくれた。
俺からは、第五部隊へのエストールボウの供与と、それらの秘匿、その他の守秘義務について理解を求め、全員から了承をもらった。
こうして、騎士団に所属する騎士たちは、連日、団長の訓練と、土木工事で汗を流すこととなった。
※
一方、3人のお嬢様方は……
テイグーンの滞在を満喫していた。
彼女たちの行動は、正に神出鬼没で、護衛役のアンや、傭兵団から派遣されたキーラ副団長、交代で世話役となったヨルティアにクレア、ミザリーを翻弄することになった。
なんせ、昨年の訪問時に、金貨をあり得ないほど手にした3人は、買い物も全く容赦無く……、遠慮なく楽しんでいた。
お気に入りの中央広場の屋台はもちろん、
ある時は宿場町まで出向き、飲食店や市を見学し、
ある時は街の商業施設で爆買いを行い、
ある時は試験農場で農作業を楽しみ、
ある時は建設中の南出丸(放牧村)を見学に出たり、
ある時は魔境側の関門に出向き、クリストフを困惑させたり、
彼女たちは……、前回に増して自由を楽しんだ。
そして、とうとう見つかった。
「まぁっ! この蜂蜜パイ、なんて美味しいんでしょう」
「フローラさま、これなら私、毎日食べられますわっ!」
「お兄さま、ズルいです! こんな美味しいものを隠しているなんて」
こっそり、街の飲食店で試験販売していた、テイグーン産の蜂蜜を発見され、目を付けられた……
やむを得ず、三人には、お土産として蜂蜜の小瓶を渡す事になった。
その後も2人からは父親を通じて、妹からは顔を合わすたびに、定期的に新しい小瓶を要求されることになったのは言うまでもない。
結成式の翌日、4人の当主たちと、何故か3人のお嬢様方は、団長の指揮する、魔法士戦闘訓練を見学していた。
彼女たちは、それぞれ渋る父親を各個に説得、父親たちは押し切られる形で了承していた。
この訓練には、接遇役のクレアと、秘匿対象のヨルティアは参加していないが、29名の魔法士たちに加え、ゴーマン子爵から預けられた2人の音魔法士、2人の風魔法士が参加していた。
その様子を見ていた、コーネル男爵が思わぬ提案をしてきた。
「我が男爵家の地魔法士を2名、お預けしたく思います。訓練により実戦に使えるよう、鍛えていただきたく思います。
訓練以外は要塞建設など、自由に使っていただいて構わないので、お願いできますか?」
もちろん俺は快諾した。
その後、俺たちを悩ます爆弾発言をした者が居た。
「お父さま、わたくしも風魔法が使える者として、訓練を受けたく思います」
「!」
その発言を聞いた全員が固まった。
後で知ったことだが、ゴーマン子爵家の固有スキル、血統魔法は【風】だ。
そして、子爵家では現在、ゴーマン子爵と、令嬢だけが、その魔法を行使できる。
「戦場にお連れくださいとは申しておりません。
ですが、領地に残った領民の皆さまを守るため、せっかくクロスボウが使えるようになった皆様の、お力になりたいのです」
「いや……、ユーカよ、其方はまだ子供だ。しかも女性なのだぞ」
「あら、お父さま、今訓練に参加されている方の半数は女性ですよ。
しかも、私と近い年頃の方も何人かいらっしゃるようです。
私もゴーマン家の娘として、留守を守り、自分自身を守れるようになりたい、常々そう思っておりましたの」
「万が一、其方が怪我でもしたら……」
「たくさんいらっしゃる、聖魔法士の方々が、たちどころに治してくださいますわ」
「……」
「ゴーマン子爵家は常に武を貴ぶ、そう仰っていたのはお父さまですよね?
前回の合同最上位大会で、タクヒールさまに負けたこと、それを契機に、今、領内の女性や子供たちにも、クロスボウ大会の参加を推奨しているのも、『悔しいからではない、領民の守る力を蓄えるためデアル』
お父さまは、そのように仰っていたと思います」
お父様はぐうの音も出ないほど、やられています。
俺自身、常に優しい笑顔で控えめな彼女が、こんな強い意志を持った側面もあるのか、と驚いていた。
「タクヒール殿、すまんが頼む。
いずれ其方に託すつもりだったが、暫く娘を……
頼むっ!」
「えええええええええっ!」
お父様、そこは頑張るとこでしょう。
しかも、いずれ託すって……
本当に良いのですか?
「ではユーカお姉さま、私も暫くテイグーンに滞在しますわ。私もここで、聖魔法を磨きます」
「クリシア!
それはならんっ! クリスが何と言うか……」
「お父さま! お母さまには、その件もお許しを得ております。加えて、夜もしっかり見張るようにと」
「……」
妹の予想外の反撃に、父は敢え無く撃沈した。
「お父さま、私もダメかしら?」
「其方は今年、ダレク卿が待つ学園に行く身であろう?」
「そうですわね……」
フローラさまは諦めてくれたようだ。
こうして、テイグーンでは、2人の客人(一人は身内だが)を暫く預かるようになった。
「タクヒール卿、其方の母から聞いた境遇は、娘も承知しておる。よしなに頼むぞ。
その……
正式な婚姻はまだ待ってもらえると助かるが……」
もちろんです! まだお互い子供ですからっ。
「これで……、ゴーヨク家のバカ息子に、大事なユーカをやらんで済む。まぁ少し早いが……」
あの……
こっそり呟いたんでしょうが、聞こえましたけど。
ゴーヨク家って……
あの貴族連合軍第一軍を率いてた、伯爵ですよね?
ゴーマン子爵家の本家の……
俺、その伯爵家から、恨まれたりしないですか?
正式発表は、まだ先になるが、内々で、というかなし崩しで、俺の婚約が決まった瞬間であった。
ハストブルグ辺境伯が見届け人となり、両家の父親が同意のもと……
こんな展開で、良いのだろうか?
「タクヒールさま、至らぬところの多い不束者ですが、しばらくの間どうぞよろしくお願いします」
「こ、こ、こちらこそっ!」
俺はその返事をするだけで、いっぱいいっぱいだった。
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