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間話5 テイグーンの虜囚② ドゥルール男爵編

私は、ブラッドリー侯爵の一門で、男爵の地位にある帝国貴族だ。


騎下の兵士を引き連れ、侯爵の征くところ、常に従い、戦いに身を置いてきた。



だが、今回の出征で私の命運も尽きてしまったようだ。

辺境の街に攻め上る途中、卑怯な敵の攻撃により、矢を数か所に受け、気を失ってしまった。


次に気が付いた時には、負傷した捕虜として、どこかに運ばれている途中だった。


帝国では重傷を負った敵兵は、せめてもの慈悲でもって、その場でとどめを刺す。

これが常識だったので、私も覚悟をした。



最後は貴族らしく、虜囚の辱めを受けることなく、堂々と敵軍に口上を述べ、死んでやろう。


かなり逡巡しゅんじゅんしてしまったが、やっと覚悟が決まった。



私を介抱していたのは、若い平民と思える娘だった。


「其方、名を何という?」


「ローザと言います。大丈夫です。必ず助けますので、安心してくださいね」


この傷だ、助かる訳がない。平民相手に最後の口上を述べるとは、全くもって不本意だが仕方ない。


恐らく、私を安心させて、大人しくなった所で、一気にとどめを刺すつもりなのだろう。



「ローザとやら、心して我が口上を聞くがよい! 我こそは栄えあ……」


「はいはい、聞いてますよ〜」


「……」


「えっと、ちょっとだけ、動かないでくださいね。

傷は4箇所、これなら、うん、一回でいけるかな?」



『全く聞いておらんではないかっ!』


そう思ったが仕方ない。

やり直しじゃ。


「我こそは、栄えある帝国貴族、ブラッドリー侯爵の一門に連なるもの、ドゥルール男爵である。

貴様ら蛮族の卑……」


口上を述べる途中で、不思議な癒しの光に包まれた。

全身が暖かくなり、傷の痛みが和らぐ。


「ふうっ、これでもう命の心配はありません。

暫くは安静にしていただく必要はありますが……」


笑顔を見せた彼女は、帝国では【女神の奇跡】、そう言われる癒しの魔法の使い手であった。



途中まで言いかけた、最後の口上は……

うん、言わなくて良かった。


半分言いかけたことは、気にしないことにした。



それからも、日々、献身的に介護してくれる彼女ローザに対し、何か礼をせねばなるまい。

そう思った。


よくよく見れば、市井に置いておくのはもったいないぐらいの、美しい娘だ。

陥落した街で、略奪や暴行に走る、卑しい雑兵共の手から、彼女を守ってやらねば……


そうだ!

この街を征服した折には、彼女を奴隷としてではなく、私の妾婦として、帝国に連れ帰る事にしよう。


帝国男爵の妾婦であれば、雑兵共も手出しできまい。


そして敵国の平民が、帝国男爵の妾婦になれるのだ。

彼女には、これぐらいの礼はせねばなるまい。


これまでの、彼女の献身的な看護から察するに、きっと彼女も私の事が気になっているのだろう。


望みが叶い、私の庇護を受け、感謝のあまり、泣いて喜ぶ彼女の姿を、私は思い浮かべていた。



「今日はお身体の調子はどうですか?」


「其方、此処を出て帝国領へ行ってみたいと思わんか? 何ならこの私が其方を……」


「うん、もう外に出たくなりました? もう少し回復したら歩けるようになりますよっ」


「いや、その……」


多少、いや、いつも人の話を聞かない、男爵たる私への無礼な振る舞いは、大目に見てやろう。


そしてこの美しい娘は、【女神の奇跡】の使い手だ。

連れ帰れば、ブラッドリー侯爵から益々覚えも良くなるだろう。


いや、待て! 彼女がその貴重さ故に、上位貴族に召し上げられる可能性も……、かなりあるな。


それは……、凄く、嫌かもしれない。


黙っていれば……、いや、多くの兵が彼女の奇跡で回復している。

帝国軍内で、この事が露見するのも時間の問題だろう。


いっそ私の正妻としようか?

それなら簡単に召し上げる事も叶わんだろう。


「どうしました? そんな難しい顔して。どこかまだ痛みますか?」


この娘は、そんな私の悩みにも気付かぬようだ。

能天気なものだ。


好きな男と結ばれる、その事でこの先の不安など全く感じないのかも知れん。



いずれ第一皇子率いる本隊が、王国軍を撃破する。

私が名誉を回復できる日も、もうすぐやって来る。

そして彼女を帝国に連れて行く日も……



私はある日、捕虜として尋問(といっても官位姓名の確認だけだったが)を受けた。


名誉あるわが身が、卑しくも虜囚となっている。


私は帝国にそれが露見することを恐れた、いや、それよりも、貴族の一人として虜囚の我が身を恥じた。


そのため麾下で従卒だった平民の兵の名を名乗った。


貴族と露見すれば、どんな拷問や辱めを受けるか分からない……

それが一番怖かった、いや、それは少しだけだ。私は名誉を重んじたのだ。


これで一安心だ。

その時はそう思っていた。



だがその考えは甘かったと、後になって悔やんだ。


その日から、私は貴族としてあるまじき辱めを受け、拷問の様な毎日を過ごすこととなった。



・狭い家畜小屋の様な小部屋に押し込まれ

(まぁ、清潔な個室で、快適ではあったが……)


・日々、粗末な食事を食べさせられ

(まぁ、味は悪くはなく、もっと食べたいが……)


・日々、粗末な服を着せられ

(まぁ、着替えも用意され、清潔な服だったが……)


・日々、高価な酒を愛でることも許されず

(まぁ、買った安酒も、労役後は旨く感じたが……)


・日々、汗を流す苦役に駆り立てられ

(貴族を泥にまみれ働かすのか、と言いたいが……)


・日々、平民たちと同様に並んで順番を待ち

(貴族の私を優先すべきだろう、と言いたいが……)


・年間報酬が僅か金貨5枚! という辱めを受け

(私の報酬はその千倍以上だ! と言いたいが……)



私は常に、貴族としての誇りを忘れなかった。

決して、収容所暮らしを楽しんでいた訳ではない。



不思議な事に、兵たちはこの屈辱的な環境に、感謝の声を上げている。


衣食住に関しては帝国よりも格段に良いと!


私も武人だ。戦場では粗末な食事、寝床、不衛生な環境も当たり前のことだと理解している。


だが、彼らの喜びの声は、私にとって衝撃的だった。


帝国軍の処遇が彼らに劣るだと!

あってはならない事だ。



私は誓った。


帝国に凱旋した際は、せめて我が軍だけでも兵の待遇(衣食住)を改革しようと。


兵舎では、清潔な個室、清潔な軍服、美味しい食事、これらの改善は最優先事項だ。



それにしても、帝国の勝利はまだなのか?

いつになったら我らは解放されるのだろうか?


このような辱めと拷問を受けながら、一日千秋の思いで吉報が届くのを待ち続けた。



ある日、商人からの情報で、帝国は惨敗し、ブラッドリー侯爵軍も、ほぼ全員が戦死したと聞いた。


私の望みは最悪の形で断たれてしまった。



こうなれば、捕虜たちで反乱を起こし、収容所を脱走し本国に帰るだけだ。


私は、この志を同じくする同志を集めた。

だが、集まった同志は100名にも満たなかった。


私は、帝国への変わらぬ忠誠と、矜持を持った平民が、いかに少数であるか、思い知ることになった。


そして労役を通じ、衝撃的な事を知った。

この小さな町が、600名以上の兵の駐屯地であることを。


私が治める町の駐屯兵と比べ、数倍の兵力だった。

それだけの兵力がいれば、反乱などたちどころに鎮圧されてしまうだろう。


「……」


反乱を起こす計画は中止だ。

我々は誇りある帝国人だ。武力に頼るのは野蛮人の所業だ。


これからは平和的に機会を窺う、そう思い直した。



ある日、王国てきに協力する捕虜たちから成る【収容所自治委員会】なるものが発足したと聞いた。


「売国奴どもが勢力を伸ばすこと、断じて我慢ならぬ、帝国に栄光を!」


そう叫び、【帝国同志会】を組織し、同志たちを増やす活動を、前にも増して積極的に取り組んだ。


だが、説得を受け、考え方を改めるものは、逆に我が帝国同志会の者ばかりであった。


何故だ!

私には理解できなかった。


いつの間にか……、同志は既に50名を切っていた。



そしてある日、決定的なことが起こった。

我らが汗を流し構築した、宿場町に収容所が移設され、暫くたった日のことであった。


【収容所自治委員会】に推薦された者たちは、宿場町内の、収容所と町を区切る関門通過が許された。


それは、労役以外は、宿場町の中に限り、自由に行動することが許されるということだ。


彼らは、町の酒場や商店、金銭に余裕がある者は、娼館にさえ通うことができるというではないか!


うらやまし……、いや、許しがたい暴挙である。


この私でさえ、相思相愛のローザと、会う事さえ憚られているというのに……

療養所を出てから、まだ一度も彼女と会えていない。


仕事の口実でも無ければ、会いに来ることを遠慮しているのだろう。奥ゆかしい娘だ。



後日、【帝国同志会】から【収容所自治委員会】に苦情と、同等の待遇を申し入れたが、却下された。


「日々の言動を省みるように」


返事はそれだけだった。


同じ帝国の人間に対し、何と冷淡な扱いだ!

正しき道を進む我等に、何の罪があると言うのだ!


意気消沈する、帝国同志会の者たちを見て、私はいたたまれなかった。



私は今まで、ここで何をしていたのだろう。


改めて自らを省みた。


自家の名誉を重んじる余り、帝国貴族としての務めを果たしていないのではないか?


今の境遇は、自ら平民を名乗った、それに由来する。いわば自業自得ではないか?


この状況下でも、帝国に忠誠を誓う兵たちを、救う事が、貴族である私の責務ではないか?


私の一番の役割は、彼らの帝国への忠誠に対し、応えてやることではないか?



ある日、私は、収容所自治委員会の会合に出向き、全てを話した。



先ず、私がブラッドリー侯爵の一族であり、男爵家の当主であることを明かした。


彼らはあまり驚いていないようだ。


そして、帝国正統会は、帝国への忠誠はそのまま保持するが、今後、不逞な反乱、脱走などの計画や実行はしないこと、また、収容所自治委員会に協力することを伝えた。


彼らは驚いていた。



「私自身、男爵の立場でもって、帝国と王国に交渉し、捕虜交換や捕虜返還の交渉にあたりたい。

帝国に帰還を望むものは、私が責任を持って面倒を見るので、これまでの経緯は許してほしい」



彼らは更に驚いていた。

私にとって、男爵の自尊心より、兵たちの望みを叶えてやることが優先だ。


そして、収容所自治委員会に頭を下げ、この町を治める領主との面会の機会を作ってもらうよう依頼した。



数日後、思ったよりも早く、面会の機会は訪れた。


「男爵、初めまして。正式な家名を知らないので、そうお呼びすることをご容赦ください。

私が、この街の領主を任されている、ソリス・タクヒールと申します」


丁寧に挨拶してきたのは、まだ子供と言って差し支えない少年だった。


だが、今の私には理解できる。統治者としての器は、この少年のほうが私より遥かに大きいことを。


「こちらこそ、初めまして。グリフォニア帝国にて男爵位を授かっていた、ドゥルールと申します。

この度は面会の機会をいただき、誠にありがとうございます」


「今回は、捕虜交換、捕虜返還の交渉人として、名乗りを上げられた、それで間違いないですか?」


「はい、間違いございません。先ずは、そういった目的をお知らせすること、交渉に関する条件や情報について、文を介した本国との連絡の許可をいただきたく、直接お願いする機会をいただきました」


「了解しました。

お申し出の件については、問題ありません。

ただ、交渉の是非、決定権は私にはありません。

間を取り持つ、それでご容赦ください」



短い面会時間ではあったが、十分に満足のいく答えをもらうことができた。

私の役目はこれからだ!


先ずは、自身の領地や、ブラッドリー侯爵の一族に、交渉依頼の文をしたためることにした。


時間は掛かっても構わない。

帰還を望む兵たちに、少しでも希望を与えてやりたい。

私はその努力を始めた。


ローザには申し訳ないが、帝国貴族としての役目、帝国への忠誠を誓う者たちへ報いる事が優先だ。


「許せ、大義のためだ」

私はひとり呟き、そして、彼女の事を忘れる事にした。



暫く経ってから、帝国正統同志会の人間にも、宿場町の自由行動が許されるようになった。



歓喜に沸き、涙する同志の様子を見て、私はひとつ、彼らの役に立てたようで非常に嬉しかった。



だが、私の役目はまだまだこれからだ。

ご覧いただきありがとうございます。


今回は別視点の間話のさらに別視点となります。

同じ収容所に暮らす、別の人間の視点から見る試みを行ってみました。


ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。

凄く嬉しいです。毎回励みになります。


また誤字のご指摘もありがとうございます。

本来は個別にお礼したいところ、こちらでの御礼となり、失礼いたします。


これからもどうぞ宜しくお願いいたします。


<追記>

10月1日より投稿を始め、遂に100投稿を超えるまでに至りました。

日頃の応援や評価いただいたお陰と感謝しています。

今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。


また感想やご指摘もありがとうございます。

お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点など参考にさせていただいております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 帝国貴族の価値観が濃厚に書かれていてよかったです。ただ、男爵という最下位の貴族なのに、帝国兵士たちの普段の扱われ方を知らないのは妙だとは思いますがw
[一言] ドヴルール男爵・・・痛い男爵か。 確かにイタいなぁ^_^
[気になる点] ファーストネームとファミリーネームの順番が人によってバラバラなのは何故でしょうか?
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