第十話(カイル歴501年:8歳)最大級の破滅フラグ
俺は今日も視察……、とは名ばかりのお手伝いに顔を出していた。
難民はまず受付所で、必要事項の登録作業を行う。
登録すると登録札が貰え、これを見せれば炊き出しを受ける事ができる。
また、受付所では、難民キャンプの割り振り、募集している仕事の求人票が掲示がされており、希望する仕事に申し込むことも可能。
「炊き出しは十分にあります。こちらの列に順番に並んでください。器のない方も受付所でお渡しします。エストール領以外の方も、安心して並んでください。
受付では、お名前と、どの町、村(領地)から来た方かを確認しています。
全ての方の受付が必要です。受付が終わればおひとりずつ登録札を渡しています。
登録札があれば、次回からは直接炊き出し所で炊き出しが受け取れます」
こちらに向かってくる難民の一団が目に留まったので、さっそく俺は声を張り上げて案内を始めた。
※
実は頭の痛い話がひとつあった……
ゴーマン子爵家が領民の流出で騒いでいることだ。
「ゴーマン子爵領の難民はこちらに送り返すように」
と言ってきており、無下に難民を送り返すこともできず困っている。
あちらでは、領地の境を封鎖し、これ以上領民が流出しないよう警戒までしてるとの噂も聞いた。
まぁゴーマン領から来た難民でも、炊き出しや難民キャンプへの案内はしてるんだけど、流石に仕事は斡旋できなくなった。
本当に困ったものだ。
「なら其方でもちゃんと領民を救済しろっ!」
って、言いたいけど言えない。
ただ、難民たちも彼らより一枚上手だった。
難民たちの多くは、噂話から、その辺の事情は把握しているようだ。
事情を知ったゴーマン子爵領から来た難民は、誰もゴーマン子爵領出身とは言わないんだよね。
難民たちの自己申告が本当に事実か、此方では調べる事が不可能なので、本人申告で全て処理している。
もちろん、確信犯だけど……
数は少ないが、コーネル男爵家から来た難民は、今後はエストール領でどう対処しても良い、母を通じてそんな内諾を先方からもらっている。
ヒヨリミ子爵家からも、難民の流出があった際は、対応の自由を(先方は追い返す自由と思っていた節があるが)、確認している。
ソリス男爵家としては、これらの情報をあくまでも噂話として、こっそり難民の間に流布させているため、難民たちも敏感に情報をキャッチしている。
※
俺は先ほどの難民の一団のなかに、他とは違ういで立ちの集団がいることに気付いた。
農民とは異なる眼光も鋭く、鍛え上げられた肉体、帯剣して屈強な兵士のような外見、でも身なりは汚れて見すぼらしく、今にも倒れそうなほど疲労困憊、そんな一団がこちらに進んでくる。
その中で、リーダーらしき若い男が前に出て、俺に話しかけてきた。
「自分たちは傭兵として、ゴーマン子爵に雇われていたが、炊き出しを受けられるだろうか?」
えっと…、この人、正直すぎる…、どうしよう…
「皆さま、ゴーマン子爵の傭兵さんなんですか?」
質問すると、やや憮然とした顔で
「今回の事で、契約は打ち切られた。無駄飯食いはいらんと放出されたが、子爵領ではどの町、村でも我々余所者は食料を買うこともできず……」
彼は苦々し気に、言葉を吐いた。
「あ、それなら問題ないです。ここまでの道中もさぞ苦労されたことでしょう。
温かい食事と簡易ではありますが、寒さを凌げる寝床もご用意しております。
受付所で登録すれば、すぐに炊き出しが受けられますので、あちらの受付所で傭兵団の方一人一人のお名前などを登録してください」
「ありがたい、恩に着る」
絞り出すような、精いっぱいの笑顔でお礼を言われたのが印象的だった。
※
その後、暫くは炊き出し所を手伝ったり、受付所への案内をしたりと色々走り回っていた。
落ち着いたところで、先ほどの傭兵団のリーダーらしき人がこちらに来て話しかけてきた。
「先ほど、受付所という所で聞いたのだが、ここの領主様のご子息というのは本当か?」
受付所の人達も、既に何割かはここで雇用された元難民が働いている。
ソリス男爵家の対応に感謝しているのか、新しく受付所にきた登録者に、『公然の秘密』を嬉々として喋っちゃう人も居るようで……
「あ、そう見えませんよね。いつも貴族らしくない振る舞いで怒られてばかりなので……、しかも、こんな子供ですから……」
俺は、照れながら質問に答えた。
すると、彼はおもむろに跪いた。
「そうとは知らず、先ほどの礼を失した言動、先ずはお詫びする。
また、この救済制度も貴方が考案したと伺いました。弱者に対する施策にも感銘を覚えました。
申し遅れましたが、私はヴァイス・シュバルツファルケ、若輩ながらドッペルケプフィガーファルケン(双頭の鷹)傭兵団の団長を任されております。
この度の対応、心より感謝します。我が傭兵団30名を代表して御礼申し上げる」
「いえいえ、困った時はお互い様ですから……」
そう慌てて返答した。
ん? ヴァイス・シュバルツファルケ……
黒い鷹のヴァイス……
どこかで聞いたような……
「恥ずかしながら、子爵領で受けた恥辱、領内では余所者には一切支援ならぬ、そう触書まで回され、やっとの思いで領境を抜け、こちらに辿り着いた次第。
エストール領を南へ縦断し、魔境側の間道を抜け、国境からグリフォニア帝国に向かい、彼の国で新たな雇い主を求める旅をしていた所でした」
ええっ!
えええええっ!
ちょっと待って! 思い出した!
グリフォニア帝国の黒い鷹、ヴァイスって……
北方派遣兵団、常勝将軍ヴァイス軍団長じゃん!
まじか……、この人、12年後にカイル王国を攻め、エストール領を占領、俺を処刑した人だ。
あの時は彼の傍らにいた奴に目が行き、俺も負傷で意識が朦朧としていたので、今、目の前にいる彼がその人だとは分からなかった。
俺の破滅フラグ、ゴーマン子爵が立ててたんかいっ!
「あの野郎っ! 絶対許さんっ! コ◯ス!」
俺は殺意を込めて、西のゴーマン子爵領を睨んだ。
※
前回の歴史であれば……
エストール領では何の準備や対策もなく、大凶作の煽りをモロに受けてた筈だ。
仮に、エストール領に無事に辿り着けていても、彼ら傭兵団に救いがあったかどうかわからない。
いや、きっといい扱いはされないだろう。
そして、魔境の間道を抜けるなら、ヒヨリミ子爵領にも立ち寄るかも知れない。
そうすれば、絶対碌なことにはならない!
そんな経路でグリフォニア帝国に向かったら……
そりゃ、とてつもなく酷い目に合うに決まってる!
こんな碌でもない王国、滅びても構わない! そうなるよなぁ。
俺だってゴーマン子爵家にはいい加減頭にきてるし。
しかも、全員が飢えと疲労でかなり衰弱している。
この様子じゃ、全員がグリフォニア帝国まで無事辿り着くのは、正直言って難しいと思う。
途中で仲間が何人も倒れて……
理不尽な対応を受け、仲間や友を失う、それって、物凄い遺恨じゃん。
※
前回の経緯を想像し、茫然としていた俺の横で、ヴァイスさんはもう一度頭を下げた。
「貴方には改めてお礼を申し上げる。我々でできる事があるなら、今後この恩に報いたいと思っています。その際は遠慮なく言って欲しい」
言います、もちろん言います!
先ずはグリフォニア帝国には絶対行かないでください。絶対に!
俺は心の中で、そう叫びつつ、今後の作戦を練らなくては、そう考えていた。
大急ぎで!
俺は、自身の人生で最大のフラグとなる彼を目の前にし、大急ぎで今後どうするかを考え始めた。