第百二話(カイル歴507年:14歳)魔境視察②
鬼の訓練もなんとか3日目を迎えた。
俺と同様、初めてこの掃討部隊に加わった者の多くは、皆どこかしら手傷を負い、魔境の危険さを身をもって知ることになった。
死者が出なかったのは、周到な準備と配置、聖魔法士が居たからに過ぎない。
以前に兄が、ソリス鉄騎兵団の魔境演習に、聖魔法士の同行を求めた理由も、今の俺には十分理解できた。
あの時とは、魔境の環境自体が違うとはいえ、新兵や練度の不十分な者にとって、ここは厳しすぎる環境だ。
半面、戦闘による実戦経験、練度の向上には非常に効率の良い場所である、そうも言えるが。
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「回廊出口と、テイグーン山の裾野はあらかた掃討しましたが……、予想以上に状況は悪いです。
今後も、暫くはこの規模の掃討作戦が必要と思います」
団長は深刻な表情で進言してきた。
「やはり、前回の戦役の影響ですか?」
「そうですね。この規模の軍勢に対しても、積極的に襲ってきます。恐らく、人を襲った経験があるものが相当数まだ残っている、そう言わざるを得ません」
通常なら、いかに魔物といえど、必ず負けると思える相手に対しては、積極的に襲ってくることはあまりないそうだ。
2つの例外を除いて。
血の匂いに誘われ、我を忘れて狂乱し襲ってくる場合と、人を襲い血の味を覚えてしまった場合。
今回の状況は明らかに後者といえる。
「そういった魔物は、必ず撃滅しておかないと、今後の被害に直結してしまいます」
団長の焦りは、尤もな話だった。
「では、前線基地となる宿営地の建設は、急ぎ進める様にします。この後、エランの推薦する場所を視察に行きますが、団長からは、クリストフとエランに対し、候補地の課題や必要な要件など、実現に即した指示をお願いします」
こうして、掃討部隊の定期派遣と、要塞建設の一部、拠点作りは先行して進めることが決まった。
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午後になって、本来の目的、エランが話していた【水の手】、テイグーン山南側斜面へと向かった。
「この岩場を登った先に【水の手】はあります。これをタクヒールさまに是非見ていただきたくて」
エランが先頭になり、岩場をよじ登る。
まだ先は見えないが、水が大量に流れ落ちる轟音が、徐々に大きくなっていく。
果たして……、岩場を登りきると、景色が一変した。
険しい岩場を越え、そこに現れた山の裾野には、目を奪われる光景が広がっていた。
登坂不能な絶壁の断崖に、上からナイフで切り込みを入れたような細い裂け目。
裂け目自体は、幅数メル(≒m)程度しかないだろう。
その狭い裂け目に、幅の狭い、そして深い峡谷が岩山の奥まで広がっている。
その峡谷の底を縫うように、テイグーンの山からの水を集めた水流が、裂け目の一番下から轟音を上げて流れ落ちていた。
落差100メル(≒m)近くある滝が、瀑布となって大量の水を滝つぼへと叩きつける。
それは……、神秘的であり雄大であり、なんとなく神々しささえ感じる光景だった。
見とれているうちに、ずっと以前に見た、感動の記憶が蘇ってきた。
黒部峡谷の最奥部に位置し、幻の滝と言われた、剱岳の剱大滝、まさに、それにそっくりだった。
【ニシダ】が、たまたまテレビを見ていて録画した映像、素晴らしい光景に、何度も何度も繰り返し見たほどの光景。
それにそっくりの光景が眼前に広がっているのだ。
暫く、ずっと流れ落ちる水、風景に見とれていた俺は、言葉を忘れていた。
「なるほど、これだけの水量があれば水問題は一気に解決し、しかも【水の手】を取ろうにもあそこじゃ誰も手出しできない、そういう訳か」
「はい、この滝の落下地点から水道橋を引けば、高低差もあるので、豊富な水を自在に引き回せます。
そして、この流れですが、この先でまた地下に潜るんです。なので、水路をうまく隠蔽すれば、敵からは水の手がどこにあるか分かりません」
「なるほど、テイグーン山の南側斜面の水を一手に集めたように、水量は豊富ですな」
団長も感慨深そうに、その光景を眺めていた。
「ここから、振り返って今登ってきた方角をご覧いただけますか?」
クリストフの言葉に、俺たちは一斉に今まで登ってきた方向を振り返る。
ここからは、魔境一帯が見渡せ、遠くには回廊出口あたりも見える。
「エランと協議した、砦の構想は、この岩場の外縁部分を取り囲み、テイグーンの回廊出口方向、今回、罠を張った場所まで、10数キル(≒km)を防壁で結び、ここを、難攻不落の要塞化します」
「そうすれば、安全な開拓地を、この魔境に作ることができます。テイグーンの規模を更に大きくしたものが!」
エランが目を輝かせて補足する。
確かに、これができれば、安心して魔境の開拓が進められる。
扇型のテイグーン平地と比べ、こちらは長方形で土地の有効活用もできる。
切り出す岩や、材木などの資材も地産地消で対処できる。
勿論、相当の開発資金と、5年以上の工事期間、大量の人足が必要にはなるが……
「面白いですな! ここに先ずは拠点となる砦を、将来的には、辺境騎士団の駐屯施設を作れば、サザンゲートにもいち早く駆け付けることができます。行程の三分の一を短縮できます」
団長の意見も尤もだ。
ここからだと騎馬なら相当早く駆け付ける事ができる。
隘路を慎重に通過する必要もない。
それに、俺には【歴史は繰り返す】恐怖がある。
サザンゲート血戦では、兄はなんとか生還したが、【歴史書】に書かれていたことは半分実現している。
若き光の騎士は失われ、兄が所属する、子弟騎士団は第一、第二と合わせれば2,500名のうち、6割近くが失われる大損害を受けたのだから。
6年後、グリフォニア帝国軍が数万の軍勢でもって、テイグーンに押し寄せる可能性もある。
先年の反省をいかし、十分に対策を練った上で。
今にして思えば、国王から言われた言葉……
「テイグーンを、数万の軍勢をも跳ね返す鉄壁の要塞としてみせよ」
この言葉が、フラグのような気もしてきた。
「クリストフ、エラン、先ずはここに、十分な広さをもった砦を建設する。その後、防壁を延伸して回廊出口まで囲う。将来的に数万の軍勢の侵攻に対しても、支えることができる防御施設を前提に、計画を策定してくれ。団長は、防衛拠点として不足はないか、指導をお願いします」
「なーに、夏ごろには、この危険地帯でも工事に携われる、屈強な500名の人足が手に入りますよ」
「もしかして、あれですか?」
「はい、指揮官は私です。訓練の一環として対応させるつもりです。タクヒールさまは、お歴々に対し内諾だけ取っておいてくださいね」
そう言って団長は笑っていた。
こうして、年初に立てた計画は、既にこの時点で前倒しが確定した。
金貨を預かる、ミザリーやクレア、ヨルティアには、また予定外の支出で迷惑をかけるだろうなぁ、そう思うと少し頭が痛いが。
こうして視察後は、テイグーン山南側斜面と回廊出口を結ぶラインを、徹底的に掃討し、第一回の掃討作戦は終了した。
成果は十分にあった。
領主自らも魔物の討伐に参加し、独力で成果を上げたことで士気は上がった。
討伐した魔物の素材も、半分は経費として納めたが、半分は討伐に参加した兵達に、均等に分配された。
臨時収入で参加した兵も喜び、次回以降、危険な討伐にも関わらず、参加を希望する兵が何故か増えた。
傭兵団も、魔境での狩りを生業とする狩人達を吸収し、対魔境専属部隊として50名の新規増員を得ていた。
狩人達にとっても、現在の魔境は彼らにとって、危険すぎる場所になっており、安全に狩りができるのなら、と渡りに船の話だったようだ。
団長からは、拠点となる砦が完成するまでの契約で、彼らが単独で討伐した魔物については、全て彼らに帰属する、その取り決めだけで、契約料は不要と言われ、喜んで了承した。
将来彼らは、新しい砦が完成した際、最初の住民になってくれることだろう。
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本来は個別にお礼したいところ、こちらでの御礼となり、失礼いたします。
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。
<追記>
10月1日より投稿を始め、遂に100投稿を超えるまでに至りました。
日頃の応援や評価いただいたお陰と感謝しています。
今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。
また感想やご指摘もありがとうございます。
お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点など参考にさせていただいております。