第九十九話(カイル歴507年:14歳)帝国の内憂
グリフォニア帝国、その始まりは150年ほど遡る。
もとは小国がひしめき、互いにしのぎを削っていた地に、グリフィンという名の小国があった。
小国グリフィンの若き王、フォニアスが近隣の小国を次々と征服、併合していった結果、国は大きく、強大になっていった。
そして、代々皇位をうかがう者たちは、版図拡大に寄与する事で皇位継承者たる資格を示し、その結果、広大な版図を持つ帝国が成立するに至った。
この国は、征服国として武断政治が続き、代々の皇帝は皇子の中で最も武勲を挙げた者、その者が皇太子となり後継者となる。
そういった歴史が続き、後継者を目論む者たちを、目に見えない鎖で縛っていた。
帝国首都グリフィンでは、毎年新年になると、自薦他薦を含め、後継者と目される者が参集し、自らの戦果を誇り、後継者として足ることを示す会合が行われていた。
※
~グリフォニア帝国、宮殿内のとある一室にて~
質素ではあるが、品の良い調度品に囲まれた一室には、飾り気のない、だが、一見して質の良い衣服と分かる旅装姿の男と、軍装に身を纏った側近が座っていた。
「結局あの馬鹿は、配下の恥をすすぐつもりが、自ら恥の上塗りをして、多くの兵を失ったという事か?」
旅装姿の男が側近に問いかける。
「はい、兵だけでなく、ブラッドリー侯爵、ゴート辺境伯など、派閥の領袖となる人物も失っております。あちら側で残った大物といえば、母方の公爵ただひとり……」
「ハーリーか、あの老獪な男が一番の問題だろう? 因みに奴の親衛軍も相当な被害と聞くが?」
「はい、鉄騎兵団、騎馬隊、歩兵部隊、弓箭兵の全てに大打撃を受けており、損耗率は6割程度、再建には相当の時間を要するでしょう。
此方が、我が手の者が入手した、遠征軍の出発時と帰還時の兵力になります」
差し出された情報を眺めながら、旅装姿の男は確認を続ける。
「なら奴は当面大人しくしている、そう判断して良いということか?」
「はい、その間に我らはスーラ公国を……」
「馬鹿者がっ! そんな事だから奴らの奸計にはまるのだっ!」
そう、彼は少し前も痛い目にあっていた。
かねてより帝都に依頼していた部隊の増援、前線に送られて来たのは使い物にならない、老兵と経験のない新兵ばかり。
そのため、敵地に橋頭保を築く予定が、逆に戦線を縮小し、後退せざるを得ない状況に、陥ったことがあったばかりだ。
「よく考えてみろっ! あの性格の悪い奴に加え、老獪な狸親父の事だ、動けないなら動けないなりに、手は打ってくるだろうが!」
旅装姿の男は、配下の馬鹿正直さには、いつも頭を抱えている。
戦場では信のおける、比類なき勇士たちだが……
政戦両略、とまで言わずとも、戦場で一軍を指揮する、知勇を兼ね備えた者、または、後方で政治闘争に手腕を振るえる者、そう思える者が、いずれも彼の配下にはいない。
いずれの立場でも、彼の意に適い活躍できる者、そんな人材が発掘できれば、一気に側近や将軍にまで引き上げて、活躍の場を与えるつもりでいるのだが……
戦場では自らが参謀も兼ね、前線で戦っているため、宮廷工作などの政治部分にかける余力が全くない。
「当面、俺一人で凌ぐしかないか……」
溜息をつきながら、改めて配下が差し出した情報をじっくり眺めた。
「このアストレイ伯爵の軍はおかしいのではないか? この軍だけ、8割以上の兵が帰還している。
あれだけの敗戦で、訝しいとは思わんか?」
そう、彼の記憶でも、アストレイ伯爵は決して武勇に優れた者でも、知略の将でもない。誠実さだけが取り柄の、凡庸な、ただ地位を世襲しただけの男だ。
だが事実、魔物の襲撃を受けていないとはいえ、最後は殿軍として、敵の全軍を引き付け、本隊が無事に撤退できるよう貢献している。
こんな芸当は、彼にはできる筈がなかった。
「撤退時にアストレイ伯爵の軍勢を指揮した者、これを至急調査せよ! できれば我が陣営に取り込め!」
彼は大いなる期待を込めて、配下に更なる調査を命じた。
※
~グリフォニア帝国、宮殿内の別の一室にて~
先程の部屋とはうって変わった、贅を尽くした調度品に囲まれ、一目で分かる、高価な衣服を纏った2人が密議を交わしていた。
「此度の惨敗の責、殿下はどのように凌がれるお考えかな?」
「見苦しい言い訳はするつもりはない、だが、あの魔物どもの襲撃さえ無ければ……」
「彼方には、通じませぬ。『そういった予測も出来なかった愚か者』と、糾弾されるでしょうな」
「そもそも奴らが、余計な提案をしてくるからではないかっ! ブラッドリーの軍が惨敗したのも、魔物を引き連れて来おったのも、その責は奴らに……」
「おやめなさい。敵の間諜の策に乗った結果、敗北した。そんな事を言えば、『迂闊に敵の策に乗り被害を大きくした愚か者』、そんな誹りを受けましょう。
私は貴方を愚か者にするつもりはありませんぞ」
皇位継承者候補である彼に対し、これだけはっきりと物を言える人物は、この男以外いない。
だからこそ、彼はこの男を頼りにしている。
「ううっ……、では、どうすれば良い?
明日の会合で諸侯の居並ぶなか、奴は余の不明と兵の損失を、糾弾してくることは目に見えておる……」
「敵には、敵をぶつけるとしましょう。
一旦我らが勢力は後退しますが……、死んだゴートやブラッドリーの一族には、詰腹を切らせるとしましょう。
彼らの領地には、再起を図る余力もございません」
果たしてそれで良いのか。
無慈悲な提案を彼は鵜呑みにはできず、沈黙した。
「あと、生還した者からも責任を取らせる必要もありますな……」
「そこまでしては……、私は、無情な者として配下からも恨まれるのではないか?」
「私から宮廷の意向として、そのような流れになるよう、工作致します。
御身は、ただ彼らを憐れみ、放逐された者どもが身の立つようにと、残された彼らの子弟や、軍を吸収されるが良い」
「なるほど……」
「さすれば、彼らの忠義は再び御身へと向く。そして親衛軍も力を盛り返しましょう」
「北の国境はどうするのだ?」
「調子に乗ったあやつの軍と、互いに潰しあえば良いことです。
奴の軍は、北に夢中になっている間に、南からも攻め込まれ、南北共に戦線は崩壊、弱体化した隙に我らが取って代わる。
我らの一時後退も、大望の一階梯のひとつ。
そう策を巡らせば良いだけのこと」
「卿は恐ろしい男だな。この敗北による窮地も、勝利のための材料とするとは……」
彼らの策謀はひとつの方向に向かってまとまった。
※
今年、帝都で開催された会合は、予想外の展開となっていた。
いつもは舌戦を繰り返す第一皇子と第三皇子、この2人が沈黙を貫いている。
「此度の敗戦、責任をどう取るおつもりか?」
そう第一皇子に問うたのは、彼の陣営に属する者だった。
「我が身の不明を恥じるばかりだ。ゴート辺境伯、ブラッドリー侯爵を始め、多くの兵を失った。
私は、彼らの死を悼み、力を蓄え、再起を図る。
そして彼らの無念をそそぐのみだ」
常日頃は尊大で、自尊心の塊の様な第一皇子の殊勝な様子を見て、中立派や彼の反対勢力も、少しばかり勢いを削がれる。
「それにしても、敗戦をこのままにしておく訳にはいきませんな」
「ハーリー卿の言う通りだ。この度の敗戦、このままでは帝国の沽券に関わる。私はどうなっても構わない、彼らの無念が晴らせるのであれば……」
「にしても、皇子をお守りする立場、共に従軍した貴族達は余りに不甲斐なかったのではないか?」
第一皇子の謙虚な姿を見て、中立派から責める矛先が変わる発言が投じられた。
それを見てハーリー公爵は、一瞬、薄ら笑いを浮かべた。
「確かに、おめおめと敵の姦計に乗り、死地に入ったブラッドリー侯爵といい、自らの怨恨で猪突したゴート辺境伯、大事な場面で遅参したアストレイ伯爵など、罪を問わねばならぬ者も多いようだ。
このような軍を率いては、いかに第一皇子といえど、勝利はおぼつくまい」
次々と賛同する声も上がり始めた。
「勝敗は兵家の常、と言うしな。
第一皇子ばかりを責めるのも、如何なものかな?」
ふん、狸親父の手の上で踊る馬鹿者共がっ!
第三皇子は、この見えすいたやり取りにうんざりしていた。奴は言われた通り、演じているに過ぎない。
いわば狸親父の傀儡、そんな事も気付かんのか!
もっとも……、今回は中立派まで、裏で手を回していたと言うことか。
だからこの狸親父は油断がならんのだ。
「国境を守る辺境伯の軍勢は壊滅しておる。このままでは攻めるどころか、守りすらままならんのではないか?」
狸親父が予め、仕込んで置いた中立派の一人から、予定通りの提議があった。
頃合い良し、とハーリー公爵が口を開く。
「此度の問題は、帝国全体の問題と考えるべきじゃろう。過去の遺恨は捨て、強力な敵には強力な味方を、国を団結して、帝国の威信を示す時ではないか?」
第三皇子は、危険な兆候を感じ目を見開き、公爵を睨みつける。
「皇子を支え切れなかった、ゴート、ブラッドリー両家は、当主を亡くし、あまりに兵を失い過ぎた。
両家を廃し、帝国直轄領として再建する。
また、アストレイ伯爵は遅参による敗戦の責を問い、領地と兵を召し上げる。但し、再起を図れるよう家門は残す」
身内の派閥に対する、あまりにも厳しい処分に、他の派閥は騒然となる。
「グロリアスさまも、敗戦の責を負い、前線の指揮から退く、ここら辺りが落とし所ではないか?」
全ての者が敗戦の責任を負う、この処置に多くの者が納得したように頷く。
「このような処分を受けた身ではあるが、ひとつ、叶えてもらいたい願いがある。
廃絶となった二家の子弟、及びアストレイ伯爵の一門に、再起を図る機会を与えたい。
そのため、当面は我が親衛軍の一員として引き受けたい」
「おおっ!」
第一皇子の配下を思い遣る慈悲深さに、感銘の声を上げる者たち。
「馬鹿かっ!
奴は根こそぎ兵を奪い取りたいだけであろうが……」
誰にも聞こえない小声で呟く第三皇子。
「して、最も肝心のことじゃが、北の国境線、新たに帝国直轄領となる一帯を……
武勇の誉れある第三皇子にお預けしたい」
「なっ!」
肘をつき、眠たげにこの茶番劇の行く末を眺めていた第三皇子は、思わず声を上げ立ち上がった。
【肉を切らせて骨を断つ】、老獪なハーリー公爵の策に、見事に嵌められた事に気付いたが、もう引き返す余地などなかった。
この決定で、カイル王国は新たな脅威と強敵を、南の国境に受けることとなった。
ご覧いただきありがとうございます。
ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。
凄く嬉しいです。毎回励みになります。
また誤字のご指摘もありがとうございます。
本来は個別にお礼したいところ、こちらでの御礼となり、失礼いたします。
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。
<追記>
10月1日より投稿を始め、遂に100投稿を超えるまでに至りました。
日頃の応援や評価いただいたお陰と感謝しています。
今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。
また感想やご指摘もありがとうございます。
お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点など参考にさせていただいております。