第九十六話(カイル歴507年:14歳)傀儡師たち
王都内の一室では、とある子爵家の今後について、内々で報告の場が設けられていた。
その場に居合わせたのは、ゆったりとした豪奢な腰掛に座る者がひとり、長椅子に座る者がひとり、立っている者がひとりだった。
「其方の帰還、待ちわびていたぞ、見聞したこと、遠慮はいらんので包み隠さず御前に報告せよ」
長椅子に座る者が口火を切った。
「はっ! 先ずは結論から申し上げますと、予想以上でした」
「ほう、どのようにだ?」
「第一に……
かの地は、辺境の地にも関わらず、領内は非常に豊かで活況に満ちておりました。
領内全体が開発と鉱山による、好景気にわき、経済的には既に子爵級を凌ぐ勢いだと言えます。
また、辺境故、領地自体も広大であり、兵力の点を除けば、伯爵級に迫る勢いだと思われます。
恐らく、数年後には名実ともに、伯爵級の領地に成長すると思われます」
「それほどとは! つい先日までは辺境の、いち男爵家でしかなかった者が……」
「はい、そしてこの好景気をけん引しているのが、例の街でございます」
「彼の者の治める街じゃな?」
「はい、かの街が、そもそも我々の発想にない設計のもと、開発されております。
街自体がかなり防衛を意識した、城塞都市として建設されているようです。
今はまだ辺境の街、そんな域を出ませんが、5年後、10年後には数倍に発展する勢いを感じました。
今回も、件の大会の最中に、領民募集を抜け目なく行っており、今後も更に人口は増えていくでしょう。私の見た感じでは、あの一帯だけで、通常の男爵領に匹敵する力を持っている、そう感じました」
「なんと! 子爵領の中に男爵領を抱えておる、そんなところか?」
「仰せの通りでございます。
私の見たところ、領域は狭くとも、いずれ子爵領と同等に成長する可能性すら感じました。
唯一の難点は、捻出できる兵力だけかと思われます」
「で、防衛力はどうなのじゃ?
今回の目覚ましい働きも、幸運と敵軍の無能、そう評する者もおるが……」
「とんでもございません。
あの街一帯が要塞と言っても過言ではありません。
まず地形的にも、攻めるに難く、守るに易い地でした。
そして、唯一出入り可能な回廊には、いくつもの仕掛けがなされております。
恐らく、防御手段も秘匿され、私が知り得たものも、その一端に過ぎない、そう考えております。
留守部隊だけで3,000の敵兵を撃退したのも頷けます。本隊が健在であれば、5,000の敵軍も撃退できる。そう感じさせるものがありました」
「そうか、その点、王国を守る楯としては十分期待できる、そういうことだな?」
「はい、仰る通りです。今回の敵軍の戦略は、失敗こそしたものの、大したものでした。
あの盾がなければ、敵軍はかの地を蹂躙し、この王都までは他に敵を遮る盾がございません。
柔らかい腹を切り付けられ、万が一の際は、我々は苦渋の決断を迫られることになる所でした」
「それにしても、土地勘のない帝国が、その侵攻計画を立案していたこと、それが問題じゃて。
王国を売った存在、これについて留意せねばならん。そういう事だな?」
「仰るとおりです。
内々に我らも調査は進めておりますが、未だ……」
「で、盾としては十分期待ができる事は分かった。
矛としてはどうなのじゃ?」
「矛としても十分に力を発揮するでしょう。
騎兵を含む全ての兵力を、弓箭兵として運用する。この発想は我らにはございませんでした。
配下の者の報告では、戦場でも怪しげな、クロスボウの一種を使用していたとのことです。
今回、戦場での突出した活躍も、それが要因のひとつではないかと思われます。
戦いが終わったのち、直ぐにこの兵器は秘匿され、詳細はまだ調査中となります。
特筆すべきは、彼の地では、領民の多くを弓箭兵として戦力化していることです。
女子供までが兵として期待された働きができる……、それを考えれば空恐ろしく思われます。
非常時には、領民が兵となり、数千の弓箭兵を抱え守り入る、それができる下地が、既にできております」
「それは真かっ? 信じ難い話ではあるが……」
「いえ、真でございます。
かの大会、彼らの領地からの参加者は、半数以上が兵役に就かない領民であり、誠に残念ながら、その領民たちの技量は、騎士団の弓兵と同等以上です。
更に最も秀でた者は、いずれもかの地に住まう女性、そのうちひとりはまだ17歳の娘でした。
これが私の言葉を裏付ける事実でございます」
「なんとっ! それは……、留意すべきことじゃな。良きにしろ、悪しきにしろ、しかと吟味が必要だな」
「はい、私もそう思います。
で、御前に報告すべきことは、まだ2つございます」
「2つもか。構わぬ、続けよ」
「ひとつめは、我らが手の者より入手した、かの地が抱える魔法士の数です。
彼らが抱える魔法士は、おそらく25名以上かと。魔法士の数だけなら、既に侯爵級を超えています。
異常なまでの短期間での開発、これも魔法士が寄与していると思われます。
我らにとって魔法士は、限りなく希少な存在です。
みすみす戦場で失うこともできず、そもそも、いち魔法士が戦局を変える事など、例がございません。
ですが、彼らはそれを戦いに活用している、そう思える節があります。かの軍が、圧倒的な戦功を上げている理由も、そのひとつかと……」
「ふむ、確かに……、その魔法士の件、彼奴らは知っておるのか?」
「情報は知っているかと思われます。
今は取り上げる算段を巡らせておるやも知れません。
これまでは、辺境伯が彼らを庇護しておりましたが、今回の武勲で否応なしに目立ちましたので……」
「そうか、みすみす奴らにくれてやる訳にはいかんな……」
「そして、最も重要なこと、それは……
領内の景気をけん引する開発事業、新発想の街の作りとその要塞化、敵の侵攻に備えた対策と迎撃手段の構築、領民の戦力化施策と新兵器の開発、魔法士の発掘と戦場での運用。
これら全てを、わずか13歳の子供が考案し、運用している点でございます」
「ふむ……、そうじゃの」
「ちなみに、兄と弟、そちの目から見てどうじゃ?」
ここで初めて、【御前】と呼ばれていた男が口を開いた。
「兄は、類稀なる武芸の才に恵まれ、将器としても申し分なく、将来は私の右腕たる器でございます。
弟の方は、戦場ではせいぜい参謀どまり、未熟な点も多く、大きな活躍はできないでしょう。
そのように、評されるのが妥当ですが……、正直、測りかねております。
先を見据えた戦略眼、内治の才については、末恐ろしい存在、そう評価して良いかと思われます」
「なるほど、兄の方は極めて優秀じゃが、卿の方でも底が見える、しかし弟の方は底が見えぬ。
そういうことだな? で、どうするが良いと考えておる。出る杭として打つか?」
「南の国境は、まだまだ予断を許しません。更に我らには、東にも大きな脅威があります。
当面は盾として活用し、その行く末を見守ること、それが王国の安泰にも繋がりましょう」
「では、余の投資もあながち間違いではないと?」
「はい、あの時点でのご英断、我らの想像に及ばないことでした。ご賢察に我ら感服しております」
「そうか、当面は行く末を楽しみに見守る。
出過ぎたと思えば、排除すればよい、そんな所か?」
「御意」
「其方の話を聞いておると、余も、一度かの地に行ってみたくなるの」
「いや……、それは……」
御前の一言で彼らは明らかに狼狽した。
「実はの、其方らには黙っておったが、あの者、余の投資を今後の領地の発展、しいては王国の発展にどう使うか、現時点での大まかな使い道など、予定を律儀に書いて寄越しておるわ」
「なんと!」
「ほっほっほっ、それは、結構なことですなぁ」
立っている者は絶句したが、長椅子に座っている者は心地よさげに笑う。
「ふむ、結構なことじゃて。
それにしても、来年は兄と入れ替わりに、弟が学園にも来ることになるじゃろう?
其方らで、しっかり囲い込むことじゃな。
当面は……、他の貴族どもが、余計な手出しをせぬよう、支えてやれ。先程の魔法士の件も含めてな」
「これは……、大変な役割を仰せつかりましたな」
「御意……」
※
偶然かは定かでないが、王宮に近いとある大邸宅、そこのサロンの一室でも、5人の男たちが集まり、似たような会話がなされていた。
そこには侯爵と呼ばれる地位にある者が4人、伯爵の地位にある者が1人、彼らは自らを【復権派】と称し、この王国の内政と、その行く末を左右する力を持った者たちであった。
「此度は其方の失策ではないのか? 我々は奴らに一歩出遅れた」
「卿がそう思うのであれば、我らの策も上々じゃの」
非難を受けた男が笑う。
「どういうことだ?」
「奴らの陣営にも、我らの手の者が潜んでおる。此度の訪問も、詳細は我らの手中にある」
「では視察団の中に、こちらの間者が……」
「皆まで言うな。そういうことだ」
「で、奴らの状況はどうなのだ?」
「たかが辺境の蕪男爵、いや、今は子爵か。この認識は改めねばなるまいて。
報告によれば、かの地は子爵領にあるまじき豊かさを誇り、その防備も侮れんということだ」
「で、今後われらの対応は?」
「急くでない。我らは力で奪わずとも、政で成果を奪えばよい」
そういって、テーブルの傍らにある鉢植えを眺め、男は言葉を続けた。
「果実の芽に水をやり、成長し花が咲き、実が成るまで、奴らに世話をさせれば良いのじゃ。
後日、我々が収穫するためにな。
今回、あの兄弟の武勲も、故あっての正しい結果、それを弁え、侮らず、じっくり攻めれば良いことよ」
「そうでしょうか?
兄の方は、無謀な指揮で我が騎兵の多くを失い、やっとの事で命を拾った無能者。
弟の方は兄の窮地に、冷静な判断もできず猪突し、死にかけた、先の見えぬ猪武者ではありませんか?」
2人の会話に、もう一人の男が加わる。
「伯爵、それは短慮というものよ。
此度の戦、其方の尽力にも関わらず、残念なことに辺境伯は、その命脈を永らえてしまったがな」
「確かに残念ではあるな。南の辺境は、辺境伯を始め、旗下の者共の領地も豊かで、得るものも多い。今回は、失態を口実に、そっくり我らが抑える機会を失い、惜しいことをしましたな」
4人目の男も会話に加わった。
「時を待つのも戦略よ。我らが手の者が、辺境伯に取って変わる日も、そう遠くはないだろう。
障害になるようなら、たかが子爵など、潰すか、東側国境への領地替えでも押し進めれば良い。
従うのであれば、末席に加え、使い潰せばよいこと」
「それと当面は、あの兄弟を取り込むこと、それも一興ですな」
最後のひとり、5人目の男が会話に加わった。
「そうだな、それで……、兄の方はどうだ?」
「王都でも、彼の地でも、猿の如く娼館狂いよ」
「ふふっ、娼館狂いの猿であれば、適当な相手をあてがって、番犬とするのもひとつだな?」
「意に添わぬ時はどういたします?」
「不要と判断すれば、猿を相手に、何人もの貴族の令嬢が、貞操を奪われた上、婚約不履行を訴え出る。
さすれば、どうなる?」
「はははっ! 女に見境のない猿は、貴族としての品性不適格者、そう弾劾する訳ですな」
「自らの行いで自らを滅ぼすか。下賤な成り上がり者には相応しい最後だな」
「弟はどうだ?」
「今は領地に引きこもっておる。じゃが来年は否応なしに、こちらに来ることだろう」
「そうだな。猿よりあ奴を警戒せねばならん。
抱える魔法士の数が桁違いだからな。侮れん奴よ」
「魔法士も数を揃えると、その力は大きい。
我らの父祖の代より行ってきた努力、下位の貴族や平民が余計な力を持たぬよう、魔法士が持つ、本来の価値を下げてきた事が無駄になる。
長年、魔法士を無用の長物として、見世物として高給で囲い込み、飼い殺しにしてきたというのにな……」
「その通り。魔法は我ら貴族の、血統魔法で十分だ。選ばれた貴族だけの特権であるべきだ」
「ああ、戦場で敵に対して使用されるだけでなく、こちらに向かって使用される可能性もあるしな」
「考えただけでもぞっとするわ。そして奴は、思いもよらぬ手法を使い、戦場で魔法士を活用しておる。戦場では役立たずの無駄飯喰い、代々魔法士をそうやって抑え込んできた、我らの立場が無い」
「古より、魔法士を統べてきたのは【12氏族】のみ、それら氏族の長たる血脈を継ぐ、我ら4人を差し置いて、奴は魔法士の長気取りではないか?」
「奴から取り上げることはできんのか?」
「そのあたり、今はあの辺境伯の庇護下にあるでな。忠義面したこうるさい邪魔者さえ排除できれば……」
「まぁ、我らにも策はある。先程と同じように、奴に育てさせ、実った果実を我らが収穫すれば良い。
分不相応の魔法士を抱え、不逞な企みを抱いた嫌疑で潰すもよし、此度の子弟騎士団の先例に習い、東の戦地にでも送り込んで、使い潰すのも一興だろうて」
「さすれば、此度の戦、我らが受けた恥辱も意趣返しが叶い、私共は溜飲が下がります。
是非、そうあって欲しいですな」
「伯爵よ、時を待つことは大事じゃ。いずれにしろ、奴らの命運は我らが手のうちよ」
「我らが正しい王政を導く、選ばれし者として再び立つ日までな」
「正しき道のためにっ!」
「我らが執行者として、正しき道を敷く未来にっ!」
彼らは盃を掲げた。
いつもご覧いただきありがとうございます。
今まで何度かご指摘いただいていた、「何故魔法士の価値が低いのか?」
やっとその一端をお答えすることができました。
また【12氏族】ですが、詳細は今後の展開で出てくる予定です。
いずれ魔法士に関わる詳細もその際に詳しく述べられます。
色々もったいぶってるようで、凄く心苦しいですが、どうぞよろしくお願いします。
※※※
ブックマークやいいね、評価をいただいた皆さま、本当にありがとうございます。
凄く嬉しいです。毎回励みになります。
また誤字のご指摘もありがとうございます。
本来は個別にお礼したいところ、こちらでの御礼となり、失礼いたします。
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。
<追記>
10月1日より投稿を始め、遂に100投稿を超えるまでに至りました。
日頃の応援や評価いただいたお陰と感謝しています。
今後も感謝の気持ちを忘れずに、投稿頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。
また感想やご指摘もありがとうございます。
お返事やお礼が追いついていませんが、全て目を通し、改善点など参考にさせていただいております。