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第九話(カイル歴501年:8歳)不可避の不和と四の矢

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【⚔ソリス男爵領史⚔ 滅亡の予兆】


カイル歴501年、天の災い、人心の乱れをもたらす

心の乱れ、領主たちにも新たな不和をもたらす


日の出と落日の方向に新たな災いの種が生まれる

穀物を奪いあう争い、戦の如し

諍いの火は野火の如く広がり、大いなる不和巡る


不和いよいよ深く、ソリス男爵家、大いに戸惑う

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「なんでそうなるっ!」


思わず俺は頭を抱えてしまった。



同じく大凶作の被害を受けた、隣接する貴族領のうち、西のゴーマン子爵との関係が一層険悪になった。


前回の歴史では、暴騰した穀物の買い付けで争い、不仲になった彼らだが、今回は一切争うことはなかった。

むしろソリス男爵家は彼らに穀物を放出していた側だ。しかも市場より安く。


母の実家である北のコーネル男爵領には、最優先で食料を無償提供、蕪の種子と栽培法、レシピも送り大変感謝された。


東側の国境に近いヒヨリミ子爵、西側の境界を接するゴーマン子爵、双方にも援助として穀物の無償提供と販売は受け入れられたが、蕪の提供は断られた。



「家畜の餌を食するなど、貴族としてあるまじき事だっ!」と……



いや、主に食べるのは貴族の貴方がたではなく、領民でしょうが。

その話を聞き、俺はちょっと頭にきた。


特にゴーマン子爵は、食料をかたに投機で金儲けするなど、貴族にあるまじきこと、また干ばつ時の水利権なども、後になってイチャモンを付けてきた。


まぁ儲けた事は棚に置くとして、オルグ川はあちらが上流、こちらは下流。

下流側で揚水して、灌漑に活用しようがゴーマン領には関係ないでしょうに……


エストール領よりオルグ川下流の、ヒヨリミ子爵家が文句を言うならまだ分かるが。


隣領との不和を回避したくて色々手を尽くしたのに……



「なんでこうなる!」(もう一回言ってみた)



ゴーマン子爵領と、ヒヨリミ子爵領では、災害援助を受けたが、余剰備蓄の少ない上に、代替食料(蕪)の援助は断ったため、その弊害が表れてきた。


冬になるとゆきづまり、年が明け、寒さが一層厳しくなったころには、幾つかの農村で餓死者を出し、都市部にも困窮者が溢れ、領民達の怨嗟の声が満ちているらしい。


農地を放棄して隣領(エストール領)に、難民として逃げてくる者も、徐々に目立ちはじめた。

そのことが更に面白くないようで……



「蕪男爵は名前の通り食料を餌に領民を懐柔し、奪い取るとは誠にけしからんっ!」


だと……、話にならん!



ヒヨリミ子爵家は表立って何も言ってこないが、ゴーマン子爵家は露骨に、あること無いこと言いたい放題だった。



これには父も母も、レイモンドさんも頭を抱えた。

そしてこの件は、ソリス男爵の寄親である、ハストブルグ辺境伯の耳に届くまでになった。


辺境伯領も干ばつに見舞われたが、水魔法の固有スキルを持っている辺境伯一族は、以前から灌漑や水源確保、調整に長けており、今回の干ばつでも被害は非常に少ない。


一部軍用として備蓄していた物資を緊急放出したり、商人を動員し、各方面から穀物を確保することにも成功している。

そのため、エストール領を除けば一番安定しているといっていい。



父は予め、ハストブルグ辺境伯と支援の割り当てを相談し、自主的に割り当て以上の食料支援を隣領に行うなど、抜け目のない対応をしている。


それもあって、ゴーマン子爵家がどれだけ騒ぎ立てても、辺境伯側は完全にスルーしている。

というか、ソリス男爵家に対し、内々にねぎらいの使者を遣わしてくれたぐらいだ。


このゴーマン子爵家、今のうちに潰しておけないかな?

今回の大凶作で飛んで欲しい、俺はそう切に願った。



冬の寒さが厳しくなった頃になると、エストの街には難民の流入が目立ちだした。

領内の村から来た者もごく少数ながら居たが、その多くはゴーマン子爵領から、次いでヒヨリミ子爵領から流れてきた者たちだ。


時が経つに従い、その数は増え続け、無視できない数に膨らみつつあった。

難民による治安の悪化や、街の混乱を心配する住民からの声も出始めた。



そこで再び、両親とレイモンドさんに集まってもらい、提案を行った。



「今はエストの街でさえ、難民たちの流入に苦慮していると思います。今回の危機に対する対応を提案させてください」



両親は真摯に話を聞いてくれた。

今回俺が提案したのは、この世界にはない、難民キャンプの設立や、公営の炊き出し所の設置だった。



〇救済施策の布告


炊き出し所を準備し、先行して炊き出しの実施を告知することで、難民を誘導、街の住民へは施策を浸透させ落ち着かせること。



〇救済施設の設置


・難民専用の炊き出し所の設置とそこで食料を提供

・難民キャンプを設置し、冬の寒さを凌ぐ場所を提供



〇難民の管理


受付所を設置し、難民をそこで登録、氏名や職業、難民の数などの情報を収集、管理できるようにする体制を作る。


・炊き出しやキャンプの利用は、登録した者に限る

・受付所は情報収集だけでなく情報発信の機能も担う



〇難民の活用


ただ支援するだけでなく、各種業務、短期労働などを斡旋し、収入を与えること、労働力として活用し、その発信機関として受付所を活用すること。


・設置する受付所、炊き出し所の運営にも難民を雇用

・将来的には希望者に入植地を提供し、開拓団を結成



こんな対応システムをつくり、受付所で集約した情報は、日々行政府レイモンドさんに提出、今後の対応を検討する材料とする。



これは3人に快諾された。

ほどなくエストの街に受付所(斡旋所)と、炊き出し所、街外れに簡易住居の難民キャンプが設置された。



俺は護衛のアンと共にほぼ毎日、受付所や炊き出し所に出向き、時には手伝ったりした。


難民達のなかで、受付所で仕事を斡旋され、難民自身が受付所や炊き出し所で働く者も増えてきた。


その頃には、毎日やってくる子供が、領主の次男で、これらの施策の発案者である。

そういったことが、公然の秘密として共有されるようになっていった。


難民たちは、この事実を知り、これまで居住していた領地の貴族達と比べ、余りに待遇が違う事、ソリス家の神童に関する話を知り、一様に相当驚くそうだ。



そりゃあ……、そうだよね、貴族らしくない……

神童……、はい、分かってます。やり過ぎは十分反省してます。


彼らはその話を、更に新しく来た難民たちに共有していく、こんなことが繰り返された。



この頃になるとアンはお目付け役というより、レイモンドさんと並ぶ、俺の理解者となっていた気がする。


いつの間にか、お小言も全く言われなくなった。

いつも優しい笑顔で、目をつぶってくれる。

そういえば蕪の時も黙々と手伝ってくれてたし。


それ以上に、最近は時折、10も年下の子供の俺を、尊敬の眼差しで見られる事も……

もう俺の中で、イケズな氷の女、はもういない。



俺にとって、彼女は頼りになる理解者、安心して外を歩ける、綺麗な護衛のおねーさん(って、実際は孫みたいな年下になるけど)、そんな存在になっていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 兄の立場……お家騒動が発生する可能性が高まる?
[良い点] ここら辺の貴族的には微妙な民にとっての真摯な行動も信用信頼につながる大きな一歩なんだろう もうすぐ権限発現しちゃうんじゃないかな アンねーちんのハートをゲットしちゃった感 でも残念ながら…
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