第九話(カイル歴501年:8歳)不可避の不和と四の矢
--------------------------------------------------------------------
【⚔ソリス男爵領史⚔ 滅亡の予兆】
カイル歴501年、天の災い、人心の乱れをもたらす
心の乱れ、領主たちにも新たな不和をもたらす
日の出と落日の方向に新たな災いの種が生まれる
穀物を奪いあう争い、戦の如し
諍いの火は野火の如く広がり、大いなる不和巡る
不和いよいよ深く、ソリス男爵家、大いに戸惑う
--------------------------------------------------------------------
「なんでそうなるっ!」
思わず俺は頭を抱えてしまった。
同じく大凶作の被害を受けた、隣接する貴族領のうち、西のゴーマン子爵との関係が一層険悪になった。
前回の歴史では、暴騰した穀物の買い付けで争い、不仲になった彼らだが、今回は一切争うことはなかった。
むしろソリス男爵家は彼らに穀物を放出していた側だ。しかも市場より安く。
母の実家である北のコーネル男爵領には、最優先で食料を無償提供、蕪の種子と栽培法、レシピも送り大変感謝された。
東側の国境に近いヒヨリミ子爵、西側の境界を接するゴーマン子爵、双方にも援助として穀物の無償提供と販売は受け入れられたが、蕪の提供は断られた。
「家畜の餌を食するなど、貴族としてあるまじき事だっ!」と……
いや、主に食べるのは貴族の貴方がたではなく、領民でしょうが。
その話を聞き、俺はちょっと頭にきた。
特にゴーマン子爵は、食料をかたに投機で金儲けするなど、貴族にあるまじきこと、また干ばつ時の水利権なども、後になってイチャモンを付けてきた。
まぁ儲けた事は棚に置くとして、オルグ川はあちらが上流、こちらは下流。
下流側で揚水して、灌漑に活用しようがゴーマン領には関係ないでしょうに……
エストール領よりオルグ川下流の、ヒヨリミ子爵家が文句を言うならまだ分かるが。
隣領との不和を回避したくて色々手を尽くしたのに……
「なんでこうなる!」(もう一回言ってみた)
※
ゴーマン子爵領と、ヒヨリミ子爵領では、災害援助を受けたが、余剰備蓄の少ない上に、代替食料(蕪)の援助は断ったため、その弊害が表れてきた。
冬になるとゆきづまり、年が明け、寒さが一層厳しくなったころには、幾つかの農村で餓死者を出し、都市部にも困窮者が溢れ、領民達の怨嗟の声が満ちているらしい。
農地を放棄して隣領(エストール領)に、難民として逃げてくる者も、徐々に目立ちはじめた。
そのことが更に面白くないようで……
「蕪男爵は名前の通り食料を餌に領民を懐柔し、奪い取るとは誠にけしからんっ!」
だと……、話にならん!
ヒヨリミ子爵家は表立って何も言ってこないが、ゴーマン子爵家は露骨に、あること無いこと言いたい放題だった。
これには父も母も、レイモンドさんも頭を抱えた。
そしてこの件は、ソリス男爵の寄親である、ハストブルグ辺境伯の耳に届くまでになった。
辺境伯領も干ばつに見舞われたが、水魔法の固有スキルを持っている辺境伯一族は、以前から灌漑や水源確保、調整に長けており、今回の干ばつでも被害は非常に少ない。
一部軍用として備蓄していた物資を緊急放出したり、商人を動員し、各方面から穀物を確保することにも成功している。
そのため、エストール領を除けば一番安定しているといっていい。
父は予め、ハストブルグ辺境伯と支援の割り当てを相談し、自主的に割り当て以上の食料支援を隣領に行うなど、抜け目のない対応をしている。
それもあって、ゴーマン子爵家がどれだけ騒ぎ立てても、辺境伯側は完全にスルーしている。
というか、ソリス男爵家に対し、内々に労いの使者を遣わしてくれたぐらいだ。
このゴーマン子爵家、今のうちに潰しておけないかな?
今回の大凶作で飛んで欲しい、俺はそう切に願った。
※
冬の寒さが厳しくなった頃になると、エストの街には難民の流入が目立ちだした。
領内の村から来た者もごく少数ながら居たが、その多くはゴーマン子爵領から、次いでヒヨリミ子爵領から流れてきた者たちだ。
時が経つに従い、その数は増え続け、無視できない数に膨らみつつあった。
難民による治安の悪化や、街の混乱を心配する住民からの声も出始めた。
そこで再び、両親とレイモンドさんに集まってもらい、提案を行った。
「今はエストの街でさえ、難民たちの流入に苦慮していると思います。今回の危機に対する対応を提案させてください」
両親は真摯に話を聞いてくれた。
今回俺が提案したのは、この世界にはない、難民キャンプの設立や、公営の炊き出し所の設置だった。
〇救済施策の布告
炊き出し所を準備し、先行して炊き出しの実施を告知することで、難民を誘導、街の住民へは施策を浸透させ落ち着かせること。
〇救済施設の設置
・難民専用の炊き出し所の設置とそこで食料を提供
・難民キャンプを設置し、冬の寒さを凌ぐ場所を提供
〇難民の管理
受付所を設置し、難民をそこで登録、氏名や職業、難民の数などの情報を収集、管理できるようにする体制を作る。
・炊き出しやキャンプの利用は、登録した者に限る
・受付所は情報収集だけでなく情報発信の機能も担う
〇難民の活用
ただ支援するだけでなく、各種業務、短期労働などを斡旋し、収入を与えること、労働力として活用し、その発信機関として受付所を活用すること。
・設置する受付所、炊き出し所の運営にも難民を雇用
・将来的には希望者に入植地を提供し、開拓団を結成
こんな対応システムをつくり、受付所で集約した情報は、日々行政府に提出、今後の対応を検討する材料とする。
これは3人に快諾された。
ほどなくエストの街に受付所(斡旋所)と、炊き出し所、街外れに簡易住居の難民キャンプが設置された。
俺は護衛のアンと共にほぼ毎日、受付所や炊き出し所に出向き、時には手伝ったりした。
難民達のなかで、受付所で仕事を斡旋され、難民自身が受付所や炊き出し所で働く者も増えてきた。
その頃には、毎日やってくる子供が、領主の次男で、これらの施策の発案者である。
そういったことが、公然の秘密として共有されるようになっていった。
難民たちは、この事実を知り、これまで居住していた領地の貴族達と比べ、余りに待遇が違う事、ソリス家の神童に関する話を知り、一様に相当驚くそうだ。
そりゃあ……、そうだよね、貴族らしくない……
神童……、はい、分かってます。やり過ぎは十分反省してます。
彼らはその話を、更に新しく来た難民たちに共有していく、こんなことが繰り返された。
この頃になるとアンはお目付け役というより、レイモンドさんと並ぶ、俺の理解者となっていた気がする。
いつの間にか、お小言も全く言われなくなった。
いつも優しい笑顔で、目をつぶってくれる。
そういえば蕪の時も黙々と手伝ってくれてたし。
それ以上に、最近は時折、10も年下の子供の俺を、尊敬の眼差しで見られる事も……
もう俺の中で、イケズな氷の女、はもういない。
俺にとって、彼女は頼りになる理解者、安心して外を歩ける、綺麗な護衛のおねーさん(って、実際は孫みたいな年下になるけど)、そんな存在になっていた。