第96話:審問
わたくしが王城へと向かうと、いらしたのは陛下、王妃殿下、王太子殿下、イーナ嬢、教皇猊下、枢機卿猊下、ペリクネン公、宰相閣下。
視線を素早く部屋全体に送りましたが、レクシーはまだいない。
両の膝を突き、頭を垂れます。
「ヴィルヘルミーナ・ペルトラ、仰せにより罷り越しました」
「うむ、掛けるが良い」
呼び出されたのは会議室です。こちらは初めて入りますが、陛下が臨席する場合のみ使われる最も格の高い会議室でしょう。
内装も気品があり、瀟洒な椅子が四角く並べられています。最奥の上座にはヴァイナモⅢ世陛下とナマドリウスⅣ世教皇猊下が座られており、下座には二つの椅子が並べられていました。わたくしとレクシーのための席でしょう。
その一つに腰を下ろします。
教皇猊下のみが笑みを浮かべ、他の方々は非常に顔色が悪いというか気まずそうというか。
高位の方からの発言がないと誰も話せないため、妙に長い沈黙が部屋に落ちます。陛下がゆっくりと口を開きました。
「あー、ペルトラ夫人」
「はい」
「息災かね」
「捕らえられた夫のことが不安で夜も眠れず……」
んぐっ、と陛下の喉から音がしました。ふふ、これ何を言われても皮肉で返せてしまいそうですわね。会話がとまったためか教皇猊下が口を開かれます。
「久しいですな、ペルトラ夫人」
「おひさしゅうございます、教皇猊下」
本当に知己であったのかというような驚愕の表情を周囲は浮かべます。
「少々お痩せになられたのでは?」
わたくしは頬に手を添えます。
「見苦しい姿をお見せしてしまい申し訳ございませんわ」
「見苦しいなどとんでもありませんぞ。今もお美しくいらっしゃる。ですが夫のペルトラ氏が捕らえられたとはどういうことです?」
教皇猊下の見えない位置でヨハンネス枢機卿が黙っているようにと言うような仕草をなさいます。知ったことではありませんわね!
「2週間ほど前のことです。わたくしの夫の発明に関して王城に呼び出され、謁見の間にて陛下たちと話しておりましたの。そこに枢機卿猊下がいらっしゃり、我が夫アレクシの発明に異端の嫌疑があるとの告発があったと」
「ヨハンネス、そうなのかね?」
教皇猊下が振り返りました。問われた彼の肥えた顔が血の気を失います。
「は、それはですな。あー……」
「答えたまえ。これは正式な審問であると心得よ。異端の嫌疑の告発があったのは事実か?」
「はい」
「それは誰からか?」
「こ、告発者を保護する観点からこの場で申し上げることはできかねます」
確かにそうなのでしょう、しかしこの場合は告発しようと言う話し合いを為した相手が陛下だからですわね。
「良かろう。アレクシ・ペルトラ氏を異端の嫌疑で捕らえたか?」
「……はい」
「尋問の結果、彼は異端であったか?」
「い、いいえ」
「ではなぜ解放していない?」
だらだらと額から流れる汗をチーフで拭いながら答えます。
「そ、それがまだ尋問ができておらず」
「ほう?」
わたくしはこっそりと胸を撫で下ろします。
ああ、わたくしの結界はきちんと発動し維持できていたのかと。
「それが……何やら不可視の壁のようなものに包まれていて触れることもできず、最初に話をしていた部屋に閉じ込めてあるだけなのです」
「ふむ、監禁しているということか。先ほど健勝なのかと尋ね、汝は肯定したがそれは尋問していないという意味であるかね?」
「は。そういうことです」
尋問と仰っていますが、異端審問と言えば実際には尋問ではなく拷問ですからね。
「なぜその報告が愚禿にあがっていないのだね?」
「は?」
「当然、解呪は試しておるな? それも効かず長期にわたって結界が維持され続けており、ヨハンネスでは対応できていない。それは奇跡管轄庁または愚禿に連絡すべき案件の筈だ。違うかね?」
「相違……ありません」
「どちらかへの報告はしたか?」
「その用意をしているところで……」
「ではこの後、汝の屋敷へ行けばその送るところであった手紙が読めると言うことかな」
沈黙が返ります。
「愚禿は審問であると心得よと言ったのだがな……」
「申し訳ありません!」
ヨハンネス猊下は身を丸めるように床に跪きました。
「まあ、続きはまた後であるな」
そう言って教皇猊下は入り口の方に視線をやりました。扉をノックする音。兵がよく通る声で言いました。
「アレクシ・ペルトラ様がご到着されました!」
……レクシー!
わたくしは思わず立ち上がって振り返ります。
レクシーは車椅子に座り、押されて来ました。
「レクシー!」
わたくしは思わず駆け寄りました。抱き着こうとして張り続けていた結界に弾かれ、それを解除して抱き締めます。
「レクシー!」
「ああ、ミーナ。会えて良かった」
彼は儚く笑みを浮かべ、掠れた声を返します。
頬を寄せ合いました。
……ああ、こんなに痩せてしまって。せっかく何年かかけてレクシーの体格を標準に近づけていったと言うのに、これでは会った頃に逆戻りです。
わたくしは跪くヨハンネス猊下を睨みつけました。
何が健勝と言うのか!






