第89話:謁見の間・4
結局のところ、王国が出せる褒美や対価として、わたくしとレクシーのどちらもが是と言えるものは提示できないのです。
平民であるレクシーに最大限提示できるのは伯爵位まで。それは破格の提示と言えますが、かつてのわたくしの立場からしてみれば明らかな格下。
わたくしを王家に嫁がせてレクシーから引き離すことで、彼を伯爵に封ずることができるという考えについては、今の口付け一つで封殺しましたわ。
つまり、これで詰みですの。
「貴様っ……! 育ててやった恩を仇で返すか!」
ペリクネン公からの怒声。なるほど、今度は情できますか。情に訴えかけるには向いてない気がしますけど。
「恩は感じています。……いえ、いましたわ。たとえ愛人とその娘に入れ上げて、わたくしやユルレミを、さらには政を蔑ろにしていた父親であったとしても」
そう言って振り向きます。
「ですがわたくしと公はもう親子ではない」
「確かに縁は切った。お前はもうペリクネンではない。だがそれでも親子であることは変わらんぞ」
ため息を一つ。
「わたくしも最初はそう思ってはいました。でもわたくしを追いやる原因となるイーナ嬢を養子とされましたし、それに結局のところかつてのお父様であった公は追放されたわたくしのことなど全く見ていなかったでしょう? それで情を持ち続けろと言われても困りますわ」
「お、お前を援助しなかったのは情がなき故ではない。エリアス殿下との約定があったためだ」
殿下が顔を顰めます。まあ実際にそういった密約があったのでしょうね。
確かに、追放時に着の身着のままで送り出せと言われているなどと話していましたか。ですが……。
「援助をしてこなかったのはペリクネン公もそこの玉座に座っている方もそうですわよ。ただ、公は捨て置いたわたくしを見ようともしなかった。見ていれば気づいたはずですわ。わたくしたちが、A&V社を立ち上げたこと、それがペリクネン領にも出店し、研究者をダンジョンに送り込んでいること、領地の冒険者を雇っていること」
「我が領地にだと!?」
ほら、やはりご存じない。
「もちろん別にわたくしの部下たちがそちらの領地で非合法な活動を行なっていたようなことはありませんのよ? ですが放置していたからこうして後手に回ることになりますの。政にもわたくしにも興味が無かったこと。自業自得ですわね」
ペリクネン公は顔を真っ赤にして激昂し、腰の剣を抜こうとして衛兵に止められます。
わたくしは玉座へと向き直りました。
「確かに汝には申し訳ないことをした」
陛下はそう重々しく宣言すると顎を引かれ、王としてできる最大限の謝罪をして見せます。
今、陛下からの援助も無かったと言いましたからね。
「ヴァイナモⅢ世陛下の謝罪は受け入れましょう。ただその謝罪に何ら価値を見出せませんが。このような人目のない場で仰ってもわたくしの名誉が回復するわけではありませんし、そもそも謝罪するには一年遅かったですわね。全ては今更ですわ」
遅い、あまりにも遅すぎるのです。わたくしの名誉が貶められている時に謝罪するわけでなく、わたくしの価値、あるいは危険性が上がってからの謝罪に何の意味があろうと言うのでしょう。
陛下もまたため息をつかれました。
理解はしているのでしょう。わたくしのことを無かったことにして進めようとしていたかつての判断が、今は失策となって戻ってきたことを。
あの時、殿下は民衆の評判を味方につけ、ペリクネン公の後ろ盾は堅持し、枢機卿まで動かした。
彼は改めて姿勢を正し、声を放ちます。
「ペルトラ夫人ヴィルヘルミーナよ。汝の矜持は分かった。だがその上で言おう。アレクシ・ペルトラの技術を供出しろという我が命に叛く意味が判らぬほど汝らは愚かではあるまい」
王による恫喝。理では詰んでいて情では動かず謝罪も遅く。しかしてこの技術を在野に置くわけにはいかないと判断したのであれば、残された手段はそれしかないのでしょう。
わたくしは毅然と胸を張ってそれに答えます。
「王の決定に逆らってはならない。敬意を払わねばならない。当然でしょうね、……本来ならば」
「汝は自分がその例外だとでも言うつもりか」
「いいえ、王の決定に従わなくて良いと仰っているのは陛下ご自身ではないですか」
「何……?」
わたくしはエリアス殿下を扇にて指し示します。
「先ほどそこにいらっしゃるエリアス殿下も、陛下への不敬は許さぬなどと言っておりましたわ。しかしそれならばなぜ、あれはいまだに頭と胴が分かれてないのでしょうか?」






