第82話:契約
「ペルトラ夫人……あなたは私達にどうしろというのです?」
ギルド長がこちらに尋ねます。
「わたくしのような一介の平民の女が商業ギルドの長に向かって何をしろなどとは申し上げられませんわ。ただ、最新の研究をいま公開して良いのか、秘した形で特許を取らせていただくか、そちらに選択権を差し上げているだけですの」
つまり、画期的な発明だけれど採算が取れていない技術に偽装してあれば、他の国の開発は遅れる。それに先んじて商業ギルドが研究を始めていても構わないというだけなのです。
もし、それでどこかの組織が効率の良い組み合わせを発見したとしても、その組み合わせは今回提出した数万の組み合わせの中に収まります。わたくしたちには契約料が入ってくるため問題ありませんわ。
「……ご配慮いただけて感謝いたします。それでは秘していただけますよう」
「ええ、よろしくてよ」
ギルド長はわたくしたちに頭を下げられました。しかし特許部門長はこちらを不審げな眼差しで見つめてきます。
「なにか」
「その技術、それほどに価値あるものなのかね?」
「と言いますと?」
「具体的な生産量を聞いていないと言うことですよ。その説明も無しにギルド長が頭を下げるのも感心しませんな」
「君、やめたまえ。王都中央銀行の頭取がA&V社という新興の企業にどれだけ出資しているか、頭取のクレメッティ氏が彼らにどれだけ目をかけているのか。君は知らないだけだ」
ああ、なるほど。ギルド長自ら特許の話を聞きにきたのはこれが理由ですか。レクシーの発明の価値を先に悟っていたと。
「しかしですな……」
パチリ、と扇の音を響かせます。
「手の内を晒す気はありませんの。ごめんなさいね。ただ、これから商談をお願いしようと思っていたので、そこから推察していただく分には構いませんわ」
ギルド長は黙っているよう特許部門長に告げてから、にこやかな笑みを浮かべて言います。
「ほう、というと魔石をお売りいただけるのでしょうか」
「ええ、そうですわ」
閉じた扇を手のひらで叩くと、背後に控えていたタルヴォが頭を下げて部屋から出ていく気配がします。
「定期的に公定価格で魔石を卸していただけるならこちらとしては幸いです……その、えー、なんだ」
「気を遣わなくて結構ですわ。縁は切れておりますので」
わたくしが元ペリクネンであることを向こうはご存じで、それが気になるのでしょう。
「申し訳ない。ペリクネン公は魔石を王都へと持ち込む量を減らそうとしたり値を吊り上げてきますのでね。国外から輸入しようとすれば輸送費や関税が嵩みますし、国内の他領から持ち込むには産出量が安定しません」
わたくしは頷き、ギルド長は続けます。
「ですので、別ルートで仕入れられれば、価格の安定化に繋がりますし、公の価格吊り上げにも対抗できるというものです」
「……全然足りませんわね」
「ペリクネン公の価格吊り上げに対抗できるほどの生産量は難しいでしょうか?」
「逆ですわ。足りないのはあなたの認識、そして覚悟」
「覚悟……ですか?」
扉がノックされ、タルヴォが部屋に。背後にはトランクを片手に携えた当家の護衛たちが並んでいます。
「積み上げて差し上げなさい」
わたくしの命に、ヒルッカがわたくしとレクシーの前の紅茶を下げました。そして護衛の彼らはトランクを開けてその中身を机の上に並べていきます。
それは屑魔石のぎっしりと詰められた硝子の大瓶。それが数十個、机の上に並べられていきます。
「足りないのは世界を変える覚悟」
商業ギルド長たちは声も出ないのか、口を大きく開けて固まっています。
「1カラット未満の魔石原石で内包物はごくごく僅かかそれ以上を保証しますわ。ここに並べたものは総重量でちょうど10万カラット、つまり20キログラムありますの」
「じゅ、じゅうまんカラット!?」
笑みを浮かべて見せます。
「わたくしたちの手を取るなら、これを公定価格の8割で卸して差し上げますわ。いかが?」
ギルド長は笑みを浮かべます。
「久しぶりですな」
わたくしは首を傾げます。
「駆け出しの頃以来の気分ですよ。金貨袋で頬を殴られたようだ」
「ご不快だったかしら?」
「いや……いや、目が覚めました。そう、王侯貴族にしっぽを振るのが商いの終局ではないのだと」
特許部門長が立ち上がり叫びます。
「ギルド長! ペリクネン公を、王家を敵に回しますぞ!」
「わたくしの手を取るとは、そもそもそう言うことなのですが、ご存じないかしら?」
エリアス殿下がわたくしを貶める噂や演劇などを流していたのですから。そこに確執があることくらい分かるでしょうに。
ギルド長が首を横に振りました。
「君、先ほども黙っているように伝えた筈だが? 一つお聞かせいただきたい。もしペリクネン公が魔石を値下げして対抗したらどう対処されます?」
「相手が8掛け、わたくしたちと同価格にしたら5分さらに下げましょう。こちらはペリクネンが破産するまで値下げに応じられますわ」
「なるほど、格が違う」
こうして商業ギルドにて、特許と卸しの契約まで行ったのでした。






