第77話:理由
ミーナ様ごっこなる演劇のようなもの。
わたくしは止めようとしたのですがレクシーに抱き止められて、結局最後まで見させられることになりました。
わたくしは顔を押さえ、ぷるぷると震えるばかり。
「うう、もうお嫁に行けない……」
「もう行ってるから大丈夫ですわ」
そう言いながらヒルッカがぱたぱたと扇で風を送ります。火照った顔を冷やせとでも言うのでしょうか。
うー……、わたくしはぺちぺちとレクシーを叩きます。
「凛々しくて良かったよ、ミーナ」
「そ、そうですか……?」
ヒルッカが顔をキリッとさせて扇を前に。
「行け」
レクシーが思わずといった様子で笑い出します。
もう! もう!
ぼふぼふとソファーのクッションで彼を叩いていたのですが、ヒルッカに取り上げられてしまいました。
レクシーが問いかけます。
「……それはともかくとして、ミーナが王家の影、要は密偵だよな。それを排除したのはなぜだったんだ?」
ふむ。そうですね。
「まあ単純に王家の影が嫌いだったのですが……」
「うん、そうだな。言い方を変えよう。なぜ今だったんだ?」
「これから商いを広く行う、つまり魔石を大々的に市場に流すということになりますが、そうすると技術を公にせねばなりませんでしょう。もちろんその仔細まで詳らかにする必要はなくても」
レクシーは頷きます。
「特許ということだな。もちろん出願はいつでもできるようにしている」
商いを公にする以上、特許は必要です。それにレクシーはご自身以外にもどこかで別の研究者がいずれ気づくと仰ってましたしね。
「となるとそれこそ密偵とかが来るようになりますわ。その際に王家の影を一方的に壊滅させたという話があれば、それは大きな牽制となります。これが一つ」
ふむふむと頷くレクシーと、周囲にいる使用人たち。
昨夜の襲撃は明日の新聞を騒がすでしょう。その真相は決して民の知ることにはなりませんが、彼らの間では広まるはず。
「そしてこれから私たちがしようとしていること、それを王たちには決して知られたくないためですわ」
「そのこととは特許の公開のことか?」
「いいえ、教皇猊下の庇護を求めることです」
「ふむ、確かに自国の王ではない庇護を求めるとあれば問題だよな。しかし教皇か……」
「ええ、以前100カラット魔石の時に申しましたが、これでも信徒ではありますから。隣国に逃げて、そこで庇護を求めなかったのは、そもそも一国では収まらない価値だという以上の懸念がありまして」
「ほう」
わたくしはレクシー、そして使用人たちを見渡します。熱のある視線でこちらを見つめる者たち。今更わたくしがこれを言ったとて、彼らが揺らぐようなことはないでしょう。
「レクシーの発明、これが教会より異端であるとされる虞があります」
ざわり、と息を呑む音と衣擦れの音。それなりの衝撃を与えたようです。
しかしレクシーは頷きます。想定されていたのでしょうか?
「なるほど。そうか……いや、そうだよな。うん、そうなるのか」
わたくしが首を傾げると、彼は言葉を続けます。
「それは想定していなかった」
「はい」
「だが、平民の画期的発明に対して、誰かが絶対に奪いにくることだけは確信していた。そうか、それで全てを奪えるのか」
彼の茶色の瞳に昏さを感じます。
そうですわね、レクシーはわたくしと結ばれる前、その多くを奪われてきたのでしょう。研究の内容、あるいは研究の機会と。
「あ、あのっ!」
使用人から声がかけられます。
「い、異端なんです……か?」
わたくしは無礼を咎めることもなく、ゆっくりと首を横に振ります。
「いいえ、レクシーの研究が神の威光を汚すものであろうはずがない。ですが、その研究のあまりの素晴らしさに目が眩む愚者たちは、必ずやそう言ってわたくしたちを貶めんとします」
わたくしは立ち上がり、レクシーに指を突きつけ、演劇のように声を低くして言います。
「君は無より魔石を創造するという、偉大なる神の御業に手を出した」
「……違います。大気中の魔素を結晶化させたのであって、無からではありません」
「ほう、魔素! 君はダンジョンから魔素を吸収して魔石を人工的に作ったと」
「……はい」
「ダンジョンとは至高神に叛逆したる魔神の領域! そこより魔素を持ち出す汝は邪法使いであるな!」
「違います」
「違うというならその身の潔白を神聖裁判にて明らかにするがよい!」
わたくしは指を下ろします。
「よくある異端審問官ならこんな感じですわね。裁判は川に落として沈んだら真実を言っているとしましょうか」
使用人が声をかけます。
「しかし異端の技術なら教会も手に入れられないのでは?」
「異端審問の結果は誤りで、アレクシ・ペルトラは真実を語っていた。彼は聖人であると列聖し、彼の技術は教会が適切に管理しよう」
絶句されます。
「ね、ですから先に教皇猊下に直接商談を持ちかけたいのですわ」