第74話:教皇猊下にお手紙書いた
「しかし、教皇猊下に寄進というが、そんな簡単に受け取って貰えるものなのかな?」
レクシーが尋ねます。
夜、“世界の涙”と名付けた巨大魔石を前に二人でお酒を嗜んでいたのです。王侯貴族にもできない贅沢。平民になってからこんなことができるとは。
さておき質問ですがなるほど、確かにそう思うのも当然かもしれません。
「平民は王族や上位の貴族と会うことや話すことはできない。これは平民たちが思う一般的な認識であるかもしれませんが、実のところ必ずしもそう言う訳でもないのです」
「ああ、商家とかはそうだよな。平民であっても貴族の屋敷に出入りするか」
もちろん東方の帝国などではそういった身分制度に厳しいところもありますし、我が国にもそういった思想の者がいることは否定しません。
レクシーの言う商家であれば、王家御用達などというのもありますしね。
わたくしはそのようなことをレクシーに説明していきます。
「ではここで問題ですわ。面識のない教皇猊下に平民がすぐに会えるものでしょうか?」
「……それは、とても難しいんじゃないか? ミーナが寄進するというのだからには可能なのだろうが」
「ふふ、裏道がありますの」
簡単な話です。冒険者が手にした真に素晴らしい宝物を持って直接寄進したいと言い張ること。これだけですわ。
世界は危険と未知に溢れ、そして極小の可能性ではあるといえ、無位無冠の者が、ある日突然莫大な価値のあるものを手にすることがある。そして彼らは待たされるくらいなら、自由にそれを隣国なり別の場所に持っていってしまう可能性がある。
「つまり冒険者に持たせればいい?」
「そういうことですわ。もちろんそれが直接献上するに相応しいものでなくてはなりませんが、100カラット超の魔石なら充分すぎます。それと礼儀作法ができないとお話になりませんから、そこは別の者、執事のタルヴォを遣わせましょう」
レクシーが額を叩く。
「ひょっとしてペリクネン領の冒険者を雇おうと言い出したのって……」
わたくしは肩を竦めて笑みを浮かべます。
「まさか教皇猊下に寄進できそうなほどの魔石ができるとまでは思っておりませんでしたが、王城に入る手段の一つでもあるとは考えていました」
「参りました、敏腕なるヴィルヘルミーナ副社長」
「光栄ですわ、天才開発者のアレクシ社長」
そう言い合いながら杯を掲げ、グラスの縁と縁を触れ合わせます。
貴族にはない平民の振る舞いですが、距離が近くて楽しいですわ。
こうしてA&V社で雇ったペリクネン領の冒険者の中から、貴族の護衛経験もあるという女性中心の4人組のパーティーを一つ王都に呼び寄せました。
彼女たちに最低限の礼儀作法を特訓させます。そして道中でもタルヴォに教育させながら教皇領へと派遣することになりました。
106カラットの魔石を厳重に包んだ箱と、わたくしからの手紙を携えての旅路。
その手紙にはこんな一文を仕込んでおいたのです。
「弊社の置かれた国、パトリカイネンにおいて。
偉大なる神のご威光が、高きところの翳りにより、地の隅々まで届いていないのかと感じます。
それ故にわたくしはこの魔石が涙の形をして生まれたのかと思い、これに“世界の涙”と名付けました。
そして現世における最も尊き代行者たる、ナマドリウスⅣ世猊下の元へと献上させていただいたのです。
もし尊き猊下の御力で偉大なる神のご威光がこの地に溢れたのであれば、我々は“世界の歓喜”と呼べる魔石を捧げて見せましょう」
もちろん真っ赤な嘘です。
魔石が涙滴型なのは単に自重で垂れているだけに過ぎません。
この文をそのままの意味で取れば、我が国に神の威光が取り戻された時、新たに“世界の歓喜”という魔石が生まれるように見えます。
しかし、そんな奇跡を現世における神の代行者たる教皇猊下が信じるか。もちろん否ですわ。
この文を見れば、こう思うはずです。
教皇猊下が我が国にやってきて、上層部の翳りとなってるところを排除してくれるなら、対価として既にある同等の魔石を差し上げますと。
ええ、わたくしたちの手元にはオリヴェル氏による雷属性100カラット魔石がありますからね。今、宝石職人が必死に研磨してますわ。
なんなら次の巨大魔石のためにわたくしもオリヴェル氏も魔石を溜めているところですもの。
そして数ヶ月後には、教皇領より使者が訪れました。
この秋、教皇ナマドリウスⅣ世猊下が我が国に行幸いただけるとの吉報を公示人が街の広場で高らかに告げると、王都の民は歓喜に沸いたのです。