第65話:光を
「構えをやめなさい」
わたくしがそう言うと、護衛たちは魔撃銃の銃口をおろして中から魔石を取り出して仕舞い、元の位置へと戻ります。
アールグレーン卿もゆっくりと手を下ろしました。
「偉大なる魔女ヴィルヘルミーナ、貴女の勝ちです。その名は世界に刻まれるでしょう」
「わたくしなどただちょっと賢しらに動いているに過ぎませんわ。称されるべきはただ一人。我が夫にしてその開発者であるアレクシですわ」
「なるほど、もちろんこれを開発したアレクシ氏が最も称されるべきなのでしょう。しかし、例えばこの事務所は貴女が責任者ですが、このやり方もアレクシ氏が思い付かれたので?」
いえ……確かにそれはわたくしですけれども。口籠もっていると、アールグレーン卿は得心されたかのようにゆっくりと大きく頷かれました。
「やはり。それにこの僕、“氷炎の大魔術士”たるこの僕をやりこめたのは間違いなく貴女、ヴィルヘルミーナの手柄なのですよ。もっとご自分を誇るべきだ」
彼は跪き、わたくしの手を取ります。
「貴女が既婚者でなければ結婚を申し出ていたところでした」
「ふふ、光栄ですわ、アールグレーン卿」
「オリヴェルとお呼びください」
彼がそう仰ったとき、ノックもなく扉が開きます。
そして足音はわたくしの横に。咳払いが一つ。
「他人の妻を口説くのはやめていただきたい」
不機嫌そうな声、レクシーです。今日は隣の部屋で待機してくれていたのでした。
しかし、アールグレーン卿はそんなことは気になさらない様子で立ち上がると、手を差し出されました。
「あなたがペルトラ氏か! 素晴らしい……いや、いっそ恐ろしい発明家ですね君は!」
レクシーの手を握って振ります。
毒気を抜かれたかのように唖然としたレクシーですが、気を取り直したように名乗ります。
「アレクシ・ミカ・ペルトラです。偉大なる“氷炎の大魔術士”にそう言っていただけるとは光栄だ」
彼らはソファーに座り直し、話を続けます。
魔石作成の協力を取り付け、代わりに格安で魔石の提供を行うことなど業務的な契約の話もありましたが、彼らはどちらも研究者です。話はすぐにその魔石作成の技術や大気中の魔素の凝集についてへと進みました。
ひとしきり話をした後、知的好奇心が満たされて満足したのか、アールグレーン卿はソファーに背中を預けて深く頷かれました。
「素晴らしい、素晴らしいよ。しかし、無から有を生むとは神の領域か」
わたくしは笑います。似たようなことはわたくしも言ったことがありますもの。その疑問にはレクシーが答えます。
「そもそも魔術という力や魔力によって生きる魔物やダンジョンという構造体が神秘や奇跡、神の領域なのです。例えばアールグレーン卿」
「オリヴェルと」
「オリヴェル氏は氷魔術の使い手ですが、例えば氷礫、あの氷をどこから持ってきているのです?」
レクシーは氷属性魔術の基本的な攻撃魔術、氷の礫を敵に飛ばす術の名を上げました。
「学説では大気中の水分を氷結させているというのもあるけど、特に威力を拡大させるにつれて明らかに量として不足だね。僕が思うに、それも事実ではあるが、不足分は魔素を直接現象に変換していると」
レクシーは頷きます。
「俺は魔素を魔石に変換しているだけです。魔術士の方々と本質的には変わらない」
「なるほど、奇跡というのであればそもそも魔術がそうであると……ただ、これは汎用性と持続性において重大な革新であるだけで」
そう、革新的である。そしてそれは危険でもある。
「偉大な力です。ですがここまでの力を手にした貴女たちの目的はなんなのでしょう?」
「目的ですか」
わたくしは視線を外してしばし考えます。
「最初は……復讐のつもりだったのです。と言っても武力を以って相手を害しようとかそういう訳ではなく、ただ見返してやろうという思いだったのですが」
「ほう、今は違う?」
「わたくし、幸せになろうかと」
彼は眉を顰めます。
「美しき淑女たる貴女は幸せではないのでしょうか?」
「いいえ」
わたくしは首を横に振り、レクシーの腕にわたくしの腕を絡めて抱きついて笑います。
「充分幸せですわ。ただ、わたくしたちのそれは全力で掴みに行き、そして全力で守らねばならない性質のものなのですの。……例えば昨年末もエリアス王太子殿下に妾となるよう言われましたもの」
「それは……」
レクシーがわたくしの手を握りました。ふふ、大丈夫ですわよ。
「わたくしの出身からしてもこの身は狙われますし、またこの技術は危険なものなのでしょう。まずはわたくしたちの身を守るためにも力が必要です。でも別に魔石の銃や砲を作りたい訳ではありませんの。ただ……」
ふと以前の小さな家を思い出します。わたくしの言葉が止まったため、アールグレーン卿が続きを促します。
「ただ?」
「いずれ魔石の価値は暴落しますわ。その時、全ての平民が、貧民であっても。その夜が魔石の洋燈で照らされるよう、その冬が魔石の暖炉で暖かく過ごせるようにと。それが目的ですわ」






