第64話:決闘
予約投稿ミスってました。失礼……。
ぶわり、と彼の身体から風が発せられているかのような圧力。わたくしは扇を広げ、口元を隠します。
「合図は?」
「不要ですわ。お好きにどうぞ」
彼は詠唱や身振り、魔法陣など必要とせず、ただ精神を集中させ、内なる魔力を高めます。
高位の魔術士にとって詠唱など破棄可能。そもそも精神に影響する術式は秘密裏に使えてこそではありますが。
アールグレーン卿の瞳がわたくしを見据えます。
「ではいきましょう。読心!」
決闘という体裁もありますし、あえて術式名を宣言してくださったのでしょう。
金の魔眼がわたくしの心の内面を見透かすように輝きます。
放出される魔力。普通ではあり得ないほどの魔力が込められている故か、目には見えぬ魔力の触手がわたくしの頭に、脳に襲い掛かるイメージを幻視します。
その触手は太く力強く、先端はわたくしを鋭く貫かんとする。
わたくしは扇を上下逆に。拒絶の表現、身を守る盾の想起。
そして扇ぐようにそのまま押し返す。
「無礼者よ、往ね」
そしてただ言葉に魔力を込めます。それは対抗呪文といった魔術といえるようなものではなく、もっと原始的な意志の力。ただそこに膨大な魔力を込めて、膨大な魔力を以て否定する。
幻の触手は掻き消えるように雲散霧消しました。
わたくしは唖然とした表情のアールグレーン卿に見せつけるように、おもむろに扇を閉じて膝の上に置きます。
「決闘はわたくしの勝ちですわ」
「……馬鹿な」
「結果が全てですわ」
「……馬鹿な」
彼は同じことを二度呟かれました。
アールグレーン卿は感知しているのでしょう。枯渇している彼の魔力、それに対して本来の彼の魔力に数倍するわたくしの魔力を。
「どんな手妻を……いや、決闘の結果に文句がある訳ではないが……!」
「答えを知りたければその方法はただ一つですわ」
彼はやおら立ち上がると、美しき所作で裾を払い、右手で腰の短杖を抜くとそれを背中に、左手を胸に当てて深く腰を降りました。
「僕、オリヴェル・アールグレーンは偉大なる魔女、ヴィルヘルミーナ・ペルトラの軍門に降ることを誓います」
「わたくしは魔術士でありませんわよ」
軍でもありませんし。
「僕の魔術が効かないほどの力を示されたのだ。それだけでそう呼ばれるに相応しい」
まあ、ある意味魔女というのも正しいかもしれません。ペテン師という意味ですけどもね。
わたくしは魔力鑑定器を彼に向けて押し出します。
「覆いを、外側の箱を取って少しで構わないから魔力を流してご覧なさい」
「はい」
彼は師を前にした弟子のような恭しい手つきで魔力鑑定器を受け取ると、外装を取ってミーナ12号を露わにしました。そしてそこに魔力を流します。
カラン、と落ちる一粒の欠片。
今日の彼は既に二度魔石を作成していますし、たった今全力で読心の術式も使用されたばかりです。
彼にしては少ない魔力による小粒の黄色い魔石でした。
「お手に取っていただいて構いませんよ」
アールグレーン卿はそれを手に取り、宙に掲げて観察されました。
「これは……魔石ですね。かなり良質のものだ」
「ええ」
「無料鑑定……莫大な富……そういうことか。非魔術士である彼女に魔術が通らない……膨大な魔力量……まさか!」
魔石を見ながらぶつぶつと呟いていた彼が目を見開き、こちらを見つめて悲鳴のような声を上げます。
「僕は何度ここで鑑定をした!?」
「今日で14回目ですわ」
わたくしは胸元からペンダントを取り出します。今日のそれは六芒星、その頂点に5カラット大の雷属性の魔石。
安定と平穏を示す、護符には最適の六芒星配置ですわ。
「わたくしに魔術を通すならアールグレーン卿を六人ほど倒して頂ければと思いますのよ、アールグレーン卿?」
「……なるほど、守りは完璧と。もし僕が裏切ってこれを公開しようとしたら?」
わたくしは右手を上げます。
背後でガシャンと金属の擦れ合う音。
壁際に立つ護衛の二人が魔撃銃にアールグレーン卿の魔石を装填して構えた音です。
「射撃準備完了しました!」
二人の声が揃います。
魔撃銃は装填された魔石の魔力を純粋なエネルギーとして射出する武器。魔力の変換効率が良くないため、どちらかというと魔道具の中では欠陥武器扱いされているものですが、装填する魔石が国宝級の大きさならいかがでしょう。
彼は天を仰ぎます。
そこに侍女が大きな瓶を抱えて持ってきて机の上に置きました。煌めくそれは大量の屑魔石が入ったものです。
「奥様、昨日一日の魔石をお持ちいたしました。8192人分、合計1000カラット強です」
瓶の口を扇の端でとんとんと叩きます。
「わたくし、これをぶっ放せる魔撃砲なんてあっても良いかなと思ってますのよ」
以前わたくしはレクシーに魔力結晶化装置がそこらの王が有する王権などと比べ物にならないと言ったのはこれが理由ですわ。
この魔道具は、それ単体で金であり、エネルギーであり、武力なのですから。
アールグレーン卿は両手を上に上げて掌を見せます。
「やはり貴女は危険な魔女でした。完全に敗北を理解らせられましたよ」






