第62話:完成
最近、研究が佳境であるとレクシーが遅くまで屋敷の研究室に籠っていたり、あるいは共寝した後もそっと部屋を抜け出して研究していることを知っています。
使用人たちの監視もあり、お食事はしっかりととらせていますし、最低限の睡眠時間も確保させていますけども。
研究室の扉を開けます。
目の下に隈を薄らと浮かせた彼が、目を輝かせて腕を広げました。
「完成したぞ!」
「おめでとうございます!」
わたくしは彼の腕に飛び込みます。ワルツのようにその場でくるくると回り、笑い合いました。
「見てくれ」
机の上には朝顔の花やラッパのように先端の広がった金属の筒が置かれています。
「これが魔素何とか……」
「大気中魔素集積装置だ」
その中央部、花で言えば雌蕊の部分にある機構が魔素を集めるためのものなのでしょう。そこから管が伸び、高濃度魔素結晶化装置、つまりミーナ12号に接続されていました。ミーナ12号のフラスコ中の球体に霜が降りるような反応、魔石の結晶化が発生しています。
フラスコの底には小さな、砂粒のような魔石が転がっていました。
「まあ、小さいのですね」
「大気中の魔素は決して濃度が高い訳ではないからね」
ふむふむ。
「より時間をかければ魔石を大きくできる可能性はあるが、どの程度までの大きさにできるのか、また時間によって魔石の品質に有意な差が発生するのかについては……」
レクシーが説明をしてくださいますが、あまり専門的なことは分かりませんわ。でもきっとデータの作成、整理などではまたお手伝いできることもあるでしょう。
「例えば大気中の魔素濃度が高ければ、より早く、あるいはより大きな魔石が作れるということかしら」
「そういうことだね」
ペリクネン領は王都よりも魔素濃度は平均的に高いはずです。ダンジョンがあるから魔素濃度が高いのか、魔素濃度が高いからダンジョンがあるのかはわかりませんけれども。
いずれはそちら側でも研究できると良いのですが。
ふと、オリヴェル・アールグレーン卿のことが浮かびます。彼と最初に出会った時、大量の魔素を放出されていたけれど、例えばその周囲にこれを置いたらどうなるのかしら。
……やはり魔術師、それもできればその実力にしろ地位にしろ高位の方の協力が欲しくなりますね。
「まあ現状では流石にできた魔石が小さ過ぎて、使えるものではないが」
魔道具の燃料とするにしても小さ過ぎて規格に合いませんわよね。
「しかし結晶化装置の方だって1号から12号へと改良を重ねる中で、作れる魔石の大きさ、えーと、魔力の変換効率でしたっけ? それが格段に良くなったではないですか」
「そうだな」
「またこちらもこれから改良を続けられるのでしょう?」
レクシーは自信有りげな表情を浮かべて頷きました。
「もちろんだとも」
レクシーは控えめな性格をしておられますが、それでもご自身の研究に関しては自信がおありなのですよね。
わたくしも笑みを浮かべます。
「ならなんの問題もありませんわ。それでこの、大気中魔素……」
「大気中魔素集積装置な」
「これにも何か可愛い愛称はございませんの?」
以前の魔力結晶化装置の方はセンニの声がけにより、ミーナ1号という名前が付けられたのでした。
レクシーがちょっと目を逸らして鼻を掻きながら言います。
「一応、ヴィルム1号という名前を考えてはいたんだ……」
「ヴィルム1号」
「うん」
それはもちろんわたくしの名前のヴィルヘルミーナから取ったのでしょう。わたくしの名前を前半と後半に分けて、ヴィルムとミーナとそれぞれの装置につけて下さると。
「ちょっとヴィルムだと名前が男っぽいかな」
確かに男性名ではありますが……。
わたくしは首を横に振り、机の上の大気中魔素集積装置とそれに繋がったミーナ12号に目をやります。
ヴィルム号……。レクシーがわたくしを第一に考えてくれているのは本当に嬉しいこと。
「とても光栄ですし、心から嬉しく存じますわ。でも……」
「でも?」
「旦那様、差し支えなければこの装置の名前をわたくしに決めさせていただいても構いませんか?」
彼は頷きます。
「ああ、もちろんだとも。何か付けたい名前がある?」
「はい。……是非レクシー1号と」
彼は目を大きく開いて、驚いた表情を示します。
「レクシー?」
「はい」
彼は右手で自分を指差しました。
「俺?」
わたくしはその彼の右手を両手で握ると、それをおもむろにわたくしの胸の前へと引き寄せました。そして視線を机の上の二つの装置に向けます。レクシーの視線がそれを追いました。
「だってあの装置たち、こうして二人で手を繋いでいるみたいですもの」






