第61話:季節は冬へ
わたくしは城を出て、城外のすぐそばにある公園へと馬車を向かわせます。
当家の使用人たちの姿が見えました。ええ、こちらで待機してくれていたので。
「ミーナ!」
レクシーの声が聞こえます。わたくしは馬車の窓から手を振りました。
帯剣した護衛を連れたミルカ様ら貴族の友人たち、クレメッティ氏はいませんが彼のところで見かけたことのある護衛、話を持って行った新聞記者などもいます。
「レクシー! みなさん……!」
わたくしはレクシーに手を引かれ、馬車から降りて彼らに頭を下げます。
「お集まりいただきありがとう存じますわ。こうして無事に帰ってくることができました」
ミルカ様がわたくしの手を取ります。
「ご無事で何よりです!」
新聞記者の方がペンを持ってこちらを見ているので、ウィンクを送ります。
「殿下に妾になるように言われましたが、断ってきましたのよ」
「そいつは……ウチだと記事にできないですかね」
王家に睨まれてしまいますものね。
「ガセばかり書いてる大衆向けの三面記事に回させてもらいますぜ」
「お気の召すままになさって」
そんなことを話したり、せっかくなのでとお外で食事などしてから家へと戻ります。
家に待機していた使用人たちにも温かく出迎えられ、居間のソファーに身を投げ出します。
「はー、疲れましたわ」
お行儀悪く背もたれに頭を乗せてずるずると沈み込むような姿勢を取っても、今日ばかりは誰も文句を言いません。
「お疲れ様、改めて無事で本当に良かった」
レクシーが隣に座って言います。
「そうそう、これを使わずにすんで何よりですわ」
わたくしは首飾りを外しました。
金鎖のネックレス。鎖部分は細くてシンプル。しかし服の下に隠していたネックレスのトップは異様な形状のものです。
それは五芒星。その中央にわたくしの作った魔石、その星の頂点にアールグレーン卿の5カラットの雷属性魔石を5つ配置した、装飾品としては品のない無骨な首飾りです。
「持っていくなと言ったのに」
レクシーは不満そうです。
この首飾りは簡易の五連装魔石爆弾です。わたくしの意志に従って中央の魔石から5つの魔石に魔力が流入する、それだけの構造ですが、異なる属性の魔力が反発しながら臨界を迎えるために破裂します。
魔石関連で良くある事故を意図的に起こすようなものですが、この場合漏出するのがアールグレーン卿5人分の膨大な雷属性魔力ですからね。
純粋な破壊力だけで王城の殿下の居住する棟くらいは優に破壊し尽くせる筈です。
「守刀は淑女の嗜みですもの」
わたくしはそう嘯きました。
嫁入り道具には精緻な細工の施された短剣を持つというのは古き習慣ですけども、今でも武門の家ではそれが残ると言います。
それはいざという時の護身のためのものであり、その身が辱められんとした際に、自らの喉を突くためのものでもあります。
「淑女の懐剣にしては威力が高すぎないかね」
レクシーはわたくしの手からネックレスを奪い取ると、技師らしい滑らかな手つきで魔石を外していきました。
それを下から見上げるように眺めていましたが、ふふ、と思わず笑みが漏れます。
自害のついでに一泡吹かせられるならそれもまた。そう思って作ってもらいましたが……。
「一緒にいられる方がずっと良いですわ」
「そうだな」
レクシーは作業を終えると、わたくしの手を握ってくださいました。
何も言わずに、震えが止まるまで。
季節は秋から冬へ。昼は短く、夜は長く。朝には庭に霜が降りるような日もあるほど、年の瀬が近づくにつれて王都も寒くなっていきます。
屋敷の中央にある暖炉には薪が入れられました。
わたくしがその火を見ていると、ふと声が掛けられます。
「良かったですね、奥様」
「センニ……どうしたの?」
そこにいたのはセンニでした。彼女はペリクネン家で直接わたくしに仕えていた訳ではありませんでしたが、平民となったわたくしとレクシーの雑役女中として支えてくれていたのです。
彼女は屈託ない笑みを見せました。
「お家に暖炉があって」
それを聞いていた他の使用人たちは首を傾げましたが、わたくしは頷きます。
ああ、そうでした。
あの婚約破棄の直後、レクシーと結婚してすぐに放り込まれた家には暖炉がなくて、冬はどうするのか。そんな話を何度かしていました。
狭い、レクシーとわたくしとセンニの三人が住むのが限界の狭い家、何もかもが小さく不足していたあの家が思い出されます。
「そうね、暖炉があるのは良いわね。あの家はあの家で楽しかったけど」
「あたしもですよ、奥様」
わたくしはふと詩を口ずさみます。
「むかし酒場があっただろう。二人で酒杯を掲げていたところさ」
思い出を歌う平民たちの間での流行の歌です。センニがその続きを歌いました。
「思い出すのは若きあの頃、将来大きなことでもしてやろうと笑い合う」
ふふ、こうして浮かぶのが歌劇や古典ではなくなってきているの。
「そんな日々だった、友よ。若さに終わりなんてないと思い、一日中踊り明かした」
センニがぎゅっとわたくしに抱きつきました。
「奥様は、旦那様は。歌とは違って大きなことを成し遂げていますわ。それに思い出に生きるにはまだ若過ぎます」
わたくしも彼女の身体に手を回します。
その夜のことでした。レクシーが魔素集積装置、つまり大気中の魔素を集める機構の開発に成功したのは。






