第58話:誕生日
段々と秋が深まっていきます。日は短く、朝晩が冷えるようになり、庭の木の葉が色褪せ始めた頃。
社交シーズンは終わりを迎え、多くの貴族が領地のカントリーハウスへと戻っていきます。
マデトヤ……いやイーナ・ペリクネン嬢もまたペリクネンの義家族と共に公爵家の有するカントリーハウスの一つに向かったとか。
意外……ですわね。エリアス殿下が彼女を自分の側から離すとも思っていませんでしたし、彼女自身も王宮内での学習はまだまだだと思うのですが。
使用人たちの情報によれば家庭教師が何人もペリクネン公領へ同道していたとのことで、そちらでも王妃となるための教育は行われるのでしょうけど。
「準備はできたかい?」
ある日、レクシーがたまには仕事も研究も休みにして出かけようと告げてきました。
その日付はわたくしの誕生日。
「ええ、お待たせいたしました」
今日のレクシーはシルクハットに飴色のロングコート。左脇にステッキを挟み、どこから見ても素敵な紳士といった装い。
「旦那様、奥様。いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃいませ」
使用人たちが総出で家を出るわたくしたちを見送ります。一糸乱れぬ動きですが、どことなく笑みを隠して表情に出さないようにしている雰囲気を感じます。
そもそも、普段だったら全員で見送るなんてしませんもの。
「手を」
わたくしは彼の右手に左手を重ね、馬車へと乗り込みます。
鞭の音が一つ、カラカラと車輪が回り始めました。
「今日はどうしたのかしら」
「君に、おめでとうと言いたくて。誕生日、おめでとう」
「まあ。わたくしお祝いのためにお出かけに連れて行ってもらうなんて初めてですわ」
「そう……なのか?」
幼い頃は自宅で両親が誕生日を祝ってくれましたが、母が亡くなり、義母が来てからは誕生日など祝われたことはありません。エリアス殿下からも婚約してすぐの頃は自筆のメッセージカードと贈り物をいただきましたけど、カードが従者の代筆になり、ついには祝いの言葉一つくださらなくなったのでした。
「ミーナとは幾度も一緒に出かけたが……」
つい、とレクシーは窓の外に目を逸らします。
「こうして、で、デートに誘うのは初めてだ」
なるほど、確かに王都で中央銀行に行ったり、服を買いに行ったりしていますが、あくまでも仕事の目的あってですからね。
言われてみれば遊びに行く、という目的で出かけたことはなかったかもしれません。
「まあ、では初デートに誘ってくださいましたのね」
彼の目元が赤く染まります。
こうして二人で街歩きを楽しみました。秋の花咲く公園の散歩道、露店で買ったランチをベンチに並んで食べ、ウィンドウショッピングをしてはちょっとした小物を買ったり、使用人たちへのお土産を買ったり……。
そうして馬車に戻ってはディナーの店へと移動します。
ドレスコードのある、貴族も行くような格調高いレストラン。元王宮料理人がチーフシェフをしているというお店。
その個室を取ってくれたようでした。
「誕生日おめでとう」
そう言って乾杯のグラスを掲げます。
「ありがとう」
食事はコース料理。フルコースより少し品数を減らしているのは晩餐会ではなくレストランですからね。
レクシーとはこの半年の思い出などを語りながら食事を楽しみ、それを終えてから彼が噛み締めるように言います。
「ミーナ、あなたにプレゼントがあるんだが、受け取ってくれるだろうか」
「誕生日プレゼントかしら。もちろんよ」
彼は席を立つと、わたくしの横に立ち、ポケットから小箱を取り出して跪きました。
「これをヴィルヘルミーナ、貴女に」
そう言って彼が開けた小箱から虹色の光が漏れます。それは指輪でした。
わたくしは息を呑みます。
その光はプレシャス・オパール。オパールという宝石はその輝き方によって価値が大きく変わる石ですが、これはその中でも最上の輝き。
滑らかなカボション・カットに研磨された無色透明な石はまるで中に炎を閉じ込めたかのように揺らめき、その表面は部屋の照明を反射して虹色に煌めきます。
オパールの周りには小さな水晶……いや、魔石ですわね。それがリングの上に散りばめられています。
「婚約も結婚式も誓いの言葉もなく、共に過ごすことになった俺たちだから、今更かもしれないけど伝えたかったんだ」
「ええ……」
左手を差し出します。
レクシーはその手をそっと優しい手つきで下から持ち上げ、薬指を輪に通しました。
わたくしの手の甲で炎が踊ります。
「素敵……」
声が揺れて掠れました。
「ファイア・オパールです」
「わたくしの、誕生石ですわね」
「ええ、その周りのは魔石です。……俺の」
レクシーの魔石! 無属性であろう小さく透明な石がわたくしの誕生石であるオパールを取り囲んでいると言うことは、レクシーの愛に包まれている。そういう意味合いと捉えて良いのでしょうか。
「小さい魔石なので大した効果は無いんですが、保存の術式を掛けて貰いました。……あ、愛のほにょおが消えぬように」
ふふ。
彼は頭を掻いて顔を押さえます。
「あー、最後に噛んだ……練習したのに」
「アレクシ、……ぜひ貴方の言葉で」
「……ヴィルヘルミーナ、ずっとあなたを愛します」
「わたくしもです」
わたくしは椅子から立ち上がると、彼に抱きつきました。






