第55話:素晴らしい技術
確かにアールグレーン卿は“氷炎の大魔術士”と称されています。つまり属性だと火や水という鑑定結果でなければおかしいということでしょうか。
ふむ。本来の属性を隠したまま大魔術士に上り詰めるとは恐るべき才と努力であるだろうことはわかりますが……?
「しかし、本来の属性が雷であるというなら、鑑定してそれが出るのはおかしなことではないのでは?」
「いいや、おかしいに決まっている。僕は自分に偽装の術式をかけているんだ」
……なるほど、つまり偽装しているにも関わらずご自身の真の属性がつまびらかにされてしまったことに御立腹であると。
既存の鑑定の魔術ではその偽装の術式が破られたことはないのでしょうね。それこそ魔術学校や魔術塔、教会、王宮の鑑定でも。わたくしも“氷炎の魔術士”の真の属性が雷であるという噂は全く耳にしたことがありませんし。
それをこの『簡易魔力鑑定所』で見破られることになるとは思わなかったと。
「わたくしは魔術に詳しくはございませんが、その偽装の術式というものが当社の魔力測定機には効かなかった訳ですね。しかしそれは我々に責があるとは言えないのではないでしょうか?」
「それはそうだとも。僕の側の問題だ」
アールグレーン卿は頭を振ってため息をつきます。
「しかしこういう秘密はもっと見栄えのする状況で明らかにされるべきではないか? 王国の、世界の危機! 立ち向かう偉大なる魔道士! だがしかし敵も強大、次第に追い詰められていく……。しかし彼には秘された力があったのだ。それを解放し、天より落ちる無数の雷が敵を焼く! そして世界は守られたのだ。……どうだ!」
「……大衆演劇ならスタンディングオベーション間違いなしですわね」
ええ、戯曲なら。彼は満足そうに頷きました。
「そうだろうそうだろう。それをこんな平民の多いところで属性は雷と言うだなんて……」
列に並んでいらしたなら鑑定結果を伝える様子は見ていたのではないでしょうか……。そもそも雷と露見するとは思っていなかったのでしょうけども。
「それは……、大変残念でございましたね」
うむ、と彼は頷かれました。
「しかし、過ぎたことは仕方ないとしてだね。なぜこの魔力鑑定では僕の属性が暴かれたのか、というのが問題なのだよ。ペルトロ嬢!」
「ペルトラです」
「ペルトラ嬢!」
嬢でもありませんけどね。ともあれ、仰ることは理解できます。きっと彼は特に魔術に関して、自らの知らないものがあることを許容できないのでしょう。
それはきっと研究者として重要な好奇心なのでしょう。
そのために平民に混じって並ぶことも厭わず、自らの属性が露呈する可能性をおしてまで。
……まあ後者に関しては過剰な自信ゆえかもしれませんが。
「鑑定を偽装する術式とは属性だけなのでしょうか?」
彼の瞳がきらりと輝きます。
「いい質問だね。今は鑑定で僕があのオリヴェル・アールグレーンとバレてしまっているから阻害はしていないさ。だがもちろん普段は魔力量を普通の魔術士程度に偽装しているし、認識阻害で僕の外見も気付かれづらくしているとも。この天才魔術士が街を歩いていたら騒ぎになってしまうからね!」
ああ、この格好のまま並んでいて騒ぎにはならなかったのそういう理由なのですね。金の魔眼に片眼鏡の彼を列に並ばせていたのが王都の住人たちに認識されたわけではないと。
「つまり、魔力量も隠していらしたけど、それも明らかにされたのですね」
「そうだ。……そう、そもそも魔道具の魔力許容量もだ!」
「はぁ」
「なんで僕の魔力をあれだけ受けて壊れもしないんだ!」
……いや、壊す気だったのでしょうか。
「鑑定機が壊れない理由は、魔力を機構内に溜めるのではなく通過させているだけだからです。アールグレーン卿が急速に魔力を込めれば破壊されたでしょうが、魔力の量によって壊れるものではありませんわ。卿には鑑定が偽装できなかった理由が想像つくのでは?」
魔力が結晶化して魔石となるのは、装置の中枢部分の外側ですからね。
彼はソファーに深く身を沈め、しばし黙考されました。そして大きく息をつき、おそらくはもう冷めていたであろう卓上の紅茶を飲み干しておっしゃいます。
「……鑑定術式は対象が生物または物品であり、それ故に僕の偽装にせよ阻害にせよ、僕の身体に対して術式を行使している。それに対してペルトラ嬢の用意した魔力鑑定機は僕の放出した魔力を鑑定しているということか」
「おそらくは」
なるほどなるほどと彼は頷きます。
「素晴らしいな」
「お褒めいただき光栄ですわ」
彼はやおら立ち上がると、わたくしに向けて右の手のひらを差し出しました。
「さあ、その素晴らしい技術を僕に開示したまえ!」
「え、やだ」






