第54話:大魔術士
オリヴェル・アールグレーン、かつてアールグレーン侯爵家の神童と呼ばれていた人物。王立魔術学校を首席で卒業し、いずれ王宮魔導師長にとの呼び声も高き若き俊英でしたが、そのまま学校に残り研究者となった方と聞きます。
今は御歳27のはず、わたくしよりは一世代上、アレクシ様と同世代でおそらく最も女性に人気のあった人物の一人でしょう。
その才と美貌ゆえに。
そして彼は、そう……。
応接室の扉を使用人が開けると、ぶわりと風がこちらに吹いた気がしました。中に張り詰めた魔力が溢れてきたのでしょう。
わたくしは淑女の礼をとります。
「ご機嫌よう、“氷炎の大魔術師”アールグレーン卿。お会いできて光栄ですわ」
わたくしよりも魔力量のある数少ない人物の一人……!
「わたくしがこの簡易魔力鑑定所の責任者、A&V社のヴィルヘルミーナ・ペルトラと申します」
「ようやくきたか、この僕を随分と待たせてくれたものだ。知っての通り、僕がオリヴェル・アールグレーンだ」
顔を上げると、応接室の革張りのソファーに座り、長いおみ足を組んでいらっしゃいます。身に纏うは魔術学校所属の大魔術士を示す金の刺繍入りのローブ。
長い銀髪を束ねた端正な顔立ちですが、特異なのはその瞳です。左目は海のような青い瞳ですが、右目に片眼鏡をかけていらっしゃいます。その片眼鏡の硝子の奥に覗くは金の瞳。
……これが彼の名高き金の魔眼。
え、ひょっとしてこの格好で外の行列に並ばれていたのかしら?
平民たちに混じって?
「申し訳ございません。わたくしは普段、現場にはおりませんので。こちらの職員では対応できない問題があったとか」
若いな……。そう彼の唇が動いた気がします。
これは仕方ないところですね、責任者を待っていて、やってきたのが若くしかも女とくれば不快に思われるのは当然でしょう。と言っても、わたくしが責任者なのは変わらないのですけど。
「当たり前だ、ここの職員は全て機密だとの一点張りで何も僕の質問に答えようとしない。あの魔力鑑定機はいったいなんなのだ!」
「なんだと申されましても、我が社で開発した簡易魔力測定器でございますわ。何かご不満な点がございましたか?」
「あるに決まっているだろう! この鑑定結果とやらを見ろ!」
「……では拝見いたします」
わたくしは彼の向かいのソファーに座り、机の上に置かれていたカードを手に取ります。
そこにはオリヴェル・アールグレーンの名の後に、魔力量A++、雷属性と書かれていました。
「ちょっと失礼」
わたくしは席から離れ、この事務所の責任者を頼んでいた侍女の一人の下へ、扇で口元を隠しながら、小声でこっそり尋ねます。
「何カラットだったの?」
「5カラットです」
「ごっ……!」
わたくしは天を仰ぎます。
わたくしが初めて魔石を作ったミーナ初号機はまだ魔力変換効率が最適化されていなかった関係で、魔力を全力で放出して1.5カラットの魔石となりました。
それをレクシーが耐久性と変換効率を改良し続けた結果、最新型の12号ならわたくしで3カラットから3.5カラットの魔石を作ることが可能です。
それをアールグレーン卿はいきなり5カラットを作りますか。
魔力量がわたくしより多いのに加えて、魔術師として魔力を練り慣れているというのもあるのでしょうけども……。
「削る前から素晴らしい石になると確信できる、イエローダイヤモンドもかくやという美しく明るい黄色でした」
明るい黄色、確かに雷属性の特徴ですわね。
「石は?」
「護衛の一人が魔力遮断の箱に入れ、抱えて震えています」
それは……急に国宝の元みたいなの渡されたら、そうもなるわよね。
「ありがとう」
わたくしは席に戻ります。放って置かれてイライラしているのか、アールグレーン卿の指がトントンとソファーの縁を不機嫌そうに叩いています。
「お待たせして申し訳ございません。今、こちらの鑑定結果を査定した理由についての話を聞き取り、当鑑定所で最高位のA++を出し、雷属性と鑑定した理由に誤りはないと判断いたしました」
ばん、と彼の手がソファーを叩き、そして声を上げられました。
「僕は自分が雷属性持ちだとは秘匿しているんだぞ!」
……秘匿したいのになんで鑑定受けたんですかね。






