第52話:養子入り
レクシーとの話の後、わたくしは部屋へと移動します。
「奥様」
廊下にて、付き従うヒルッカの声が後ろから聞こえます。わたくしはくるりと振り返りました。
「なにかしら」
「足元がふわふわしているのは危のうございます。……あと、笑みで表情が崩れているのもなんとかしましょうか。さっきすれ違ったセンニが二度見してたの気づいておられますか」
あら、いけませんわね。わたくしは表情をきりっとさせて静々と部屋へ。
そしてヒルッカによって部屋の扉が閉められたのを確認してから、わたくしはぼふりとソファーへと身を投げ出しました。
「ああぁぁ……」
足がパタパタと動きます。
「ほら、はしたない真似はおやめください」
クッションを抱きしめて応えます。
「うちの旦那様、素敵じゃないかしら!」
「それはようございました」
ヒルッカから返るのは平坦な声。
「レクシー格好よすぎるぅ」
「驚きのちょろさ」
がばりと身を起こします。
「ちょっと!」
「実際、素敵になられたとは思いますけどね」
そうよ! わたくしがちょろいだなんてそんなはずはないわ!
「それは、ねえ? 外見的には最高とは言わないわよ」
「でも奥様にはそれが最高なんですよね?」
うっ、ヒルッカが楽しそうです。侍女としての関係も長いですし、こうしてまた一緒に暮らせるようになったために遠慮がなくなっている気がしますわ。
「い、一般的には外見だけ見ればエリアスの方が断然上でしょうとも」
「権力もありますしね」
「でも、大切なのはやっぱ中身ですわ!」
「そうですね。中身の無い王太子殿下の横にいらした時より、ヴィルヘルミーナ様がずっと幸せそうなのは何よりですわ」
こくこくとわたくしは頷きます。
こほん、っとヒルッカは咳払いをし、低い声を出しました。
「ん“っ……『俺たちは夫婦で、家族なのだから』」
「きゃーっ!」
「……ちょろい」
…………
父は家令より受け取った手紙を見るなり、それをクシャリと握り潰した。
「あのバカどもめが! どこの領地か冒険者から魔石を仕入れたのか知らんが、ウチから購入しないで安定的に確保できるものか!」
先日交渉していた大手の魔道具工房、シクラトロン社とのそれが決裂したのだろう。
長年に渡り、ペリクネン公爵家の魔石の卸先、顧客であったが、その契約を打ち切るというのだ。
「後で買わせてほしいと言っても売ってやらんぞ!」
父が気炎を吐く。
「父上。やはり、魔石の卸値を値上げしようとするのは厳しいのでは?」
父は魔石の値を釣り上げようとしている。国より魔石の基準価格は定められていて、そこにはある程度の幅があるのだ。
例えばダンジョンにおける魔物の氾濫が発生した場合、ダンジョンから鉱夫たちを避難させなくてはならない。その時期は魔石の相場での価格は上昇する。
逆にその鎮圧に成功すれば価格は下がる。魔獣から多くの魔石が採取できるからだ。
「国の基準価格の範疇だ。とやかく言われる筋合いはない!」
いや、あるだろう。というか、あるからこそ向こうは契約を打ち切ってきたのではないか。
「魔石の価格上昇に正当な理由があるなら、彼らも値上がりしてもちゃんと買ってくれていました。今回はそうでないと思われたのでは?」
「これから公爵家は金がかかるんだ、そのための正当な資金繰りだというのに、商人どもにはそれが分からんのだからな。公爵家が次代の王の義父となった時に覚えをめでたくするため、喜んで金を出すのが普通であろう」
父の言うことは傲慢だが分からなくはない。イーナ・マデトヤ嬢を養女としてイーナ・ペリクネンとし、そして王家に嫁がせると言うのだ。
金がかかるであろうことは間違いないし、エリアス王太子が彼女を妻として登極すれば、ペリクネン公爵家は王の外戚としてさらなる権力を握る。
その流れが商家の者たちに分からないはずがない。だがシクラトロン社以外にもいくつかの商家の者たちが、公爵家の取引を中止すると言っているのだ。
考えられる理由は2つ。1つはイーナ嬢の教育が上手くいっておらず、王太子妃として認められないのではという噂。もう1つは彼らが安価な魔石の供給先を得た可能性だ。
どこかの領地か近隣諸国でダンジョンが見つかり、それが隠匿されているのか。
「まあいい、ユルレミ。いくぞ、イーナ嬢を家族として出迎えねばな」
父は家令を従えてエントランスへと向かう。恐らく義母も腹違いの妹ももうそちらにいるだろう。
今日はイーナ嬢を当家の養女として迎え入れる日だ。
王城からやってくる馬車に乗る彼女と、マデトヤ家の彼女の実の両親たちを迎え入れねばならない。
僕は父の少し後をついてゆく。
窓から外を眺めていると、好天に照らされて、王家の紋章が飾られた馬車が敷地へと入るのが見えた。
「これは姉さんの策略なのかな?」
分からない。ダンジョンが見つかったとして、どうやって姉さんが絡んでいると言うのか。
「ユルレミ!」
階下から父の呼ぶ声が聞こえる。
そうだ、姉さんをこの家から追い出した女を歓迎してやらないと。






