第51話:レガリア
「お茶会はどうだった?」
その日の夜、夕食を終えた後にレクシーがわたくしに尋ねます。
大体夕食の時がその日の報告会といった雰囲気になりますわね。皿が下げられ、デザートに氷菓子が給仕されています。
「ええ、みなさま楽しんでくださいましたよ。もちろんわたくしも楽しめました」
「それは良かった。魔石はどうだった?」
わたくしは侍女に持たせていた宝石箱を受け取り、レクシーに彼女たちの作った魔石を見せます。
「鑑定も済ませましたが、どれも1カラット前後の球体ですわ。大きさはわたくしのものほどではありませんが、充分な高品質のものと言えます。これで、A&V社の魔石ラインナップは大きく3種類になったということですわね」
わたくしの大粒のもの、今持っているサイズ、魔力鑑定所での小粒のものですわ。
「生産した魔石はどうするんだ?」
「クレメッティ氏とも相談していますが、市中には流さず、いくつかの工場、大商会、輸出用の販路と直接大口の契約を結びます。価格は市場の一般的な取引額から5分引きです。条件によっては最大で1割まで値引きすることで合意しましたわ」
「それでもこの品質の魔石が1割引きなら問題なく売れるだろう。しかし、彼女たちからは半値で仕入れたんだろう?……暴利を貪りに行くね」
レクシーが笑います。
魔石を手に入れるのにかかるコストが今までの比ではありませんからね!
「それでもあれはお茶会やお土産の選定の手間、招待状などのことを考えれば儲けは度外視ですわ。……まあ、わたくし個人の生産と魔力鑑定所の方は利率が酷いですけどね」
「利率10割と9割か……」
互いに顔を見合わせて苦笑しました。暴利にも程がありますわね。
「レクシー」
わたくしは笑みをおさめ、立ち上がります。食卓の脇に置かれていたミーナ12号改の元に歩み、それを抱えました。
「魔力結晶化装置、これだけでも充分そう言えましょうが、今開発されている魔素集積装置までが完成した暁に、これは王権に等しいのです」
「王権とはまた……」
「いえ、王権などの比ではないですわ、正しく『これを持つ者が王となる』それだけの力を持つのですから」
「うむ……?」
レクシーは首を傾げました。理解されていない。彼は天才であっても開発者ですからね。方向性が違うのでしょうか。
「我が国の王権の象徴は王冠と初代の聖槍ですわね。剣や鏡を王権とする国、斧鉞や指輪……色々とありますが、それに世界を変える力がありましょうか」
「いや、伝説では聖槍は岩を貫いたと絵本で読んだが、それが真実だとしてもそれだけだな」
そう、建国の伝説が真実だとしても、所詮は優れた武器を持った英雄個人の武勇なのです。世界を変えられるようなものではありませんわ。
「また王権という言葉には象徴的な物品だけでなく、王の特権も意味しています。ご存じですか?」
「いや……」
「例えば貨幣鋳造権ですわ。王のみが貨幣を作ることができる」
「それはそうか、勝手に貨幣を作るわけにはいかんよな」
わたくしはミーナ12号改を示します。
「これがそれに劣るとでも?」
「あー……そんなことはない、むしろ上、か?」
「疑問形にしないでくださいまし、圧倒的に上ですわ。これを持つ者が世界を支配できる、現代の賢者の石」
わたくしは食卓を回り込んで、レクシーの前へ。彼にミーナ12号改を持たせます。
「あなたこそ王の中の王です」
「……やめてくれ」
彼は首を横に振り、渡されたそれを食卓の上に置きました。
「でも、力無きわたくしたちがそれを持っていると知られたらどうでしょう」
「奪われるな」
「殺されてしまうかも」
レクシーが頷きます。
「身も蓋もないことを言ってしまえば、レクシーの技術を公開してしまえば楽だったのですわ」
「ふむ」
「まずは名誉が手に入ります」
「名誉……、また勲章みたいな」
「ただし魔力結晶化装置にはミーナではなく王家の名、パトリカイネン号を冠して王家の紋章が刻まれるでしょうね」
レクシーが鼻で笑います。
「レクシーがこの技術を公開すれば、この国は、王家は莫大な力を手に入れるでしょう。ペリクネン家は没落するでしょうが、現王は、あるいは次代の王エリアスが偉大なる皇帝となるかも」
「それは……嫌だな」
「ええ、ですが命の危険はないでしょうし、今ほどではないにしろ、豊かに暮らすのに充分な金くらいは手に入ったでしょう」
「なるほど」
「それなのにわたくしはこれを王家に届く牙とするために、秘匿する道を選ばせたのですわ」
レクシーがわたくしの手を取りました。
「……震えている。恐怖している? もうやめたい?」
わたくしは首を縦に、そして横に振ります。
レクシーはやおら立ち上がると、わたくしを抱きしめました。
「ごめん」
わたくしの頭が彼の薄い胸板に当たり、彼の鼓動と共にわたくしの顔が熱を持っていくのが分かります。
「あ、謝らないでくださいまし、謝るのはむしろわたくしの方で……」
「ミーナの恐怖は、俺や使用人たちを危険に巻き込んでいることか」
「……はい」
「それと、君の復讐心に俺を利用していることかな」
「…………はい」
彼の顔が降りてきて、わたくしの耳元に近づいてきます。
「気にしないで。俺も使用人たちもみな、エリアス王子は嫌いだからね。彼を追い落とせる可能性があるならそれで構わないさ」
「はい」
「それと、存分に利用してくれ。俺たちは夫婦で、家族なのだから」






