第5話:ダサい男
ξ˚⊿˚)ξ今日も4話更新です。
「半刻ほどしたら帰りの馬車が来る。それまでここで話でもしていると良い」
そう言って文官は立ち上がると従者とともに部屋を後にし、室内にはわたくしとアレクシ・ペルトラ氏の2人だけが残されました。
部屋の扉が閉められます。殿方と2人、王宮内で密室に閉じ込められる。念入りに令嬢としてのわたくしを殺しているのが分かります。
一方の彼は頭をぐしゃぐしゃと掻くと、深いため息をつきます。
「なんだってんだ……。なあ、どうしてこうなったのか知っているのか?
あんたは、えーと」
「ヴィルヘルミーナです」
「そう、ヴィルヘルミーナさん。お貴族様……ですよね。家名は?」
何を言っているのでしょう、この方は。
「ペルトラですわ。旦那様」
そう言うと彼は思いっきり噎せられました。
「いや、そういうことではなく!」
「わたくし、昨日家から追放されましたから、それ以外の家名は持っていませんの。追放される前はペリクネン家の者でしたが」
「ペリクネン! 冗談でしょう? 公爵家じゃないですか!」
彼は立ち上がって叫び、わたくしはため息をつきます。
「わたくしは王太子殿下の婚約者だったけど、彼の浮気を正当化するために嵌められたのよ。それで家を追放されて平民のあなたと結婚させられた」
「っ……! そんな無法が」
無法……ではないわね。王家や領主が婚姻に関する差配をするのは古来よりのやり方であるのだから。地方ではまだそういった習慣が残っているところもあるわ。
もちろん、そんな時代遅れな法を持ち出してくるとは思ってなかったけれど。
わたくしは首を横に振ります。
「そういった意味ではあなたはわたくしの事情に巻き込まれた被害者だわ。
でも、あなたがそれに選ばれたということは、あなたも誰かに疎まれている。ご自覚はあるかしら?」
「……平民の研究者が分不相応な成果を出せば疎まれるということです」
そう。研究の世界は知らないけど、そういうものなのね。わたくしが頷くと彼は続けました。
「この結婚はしないといけないのか? 君だって望んでいないだろう?」
「断るのは難しいというか、もう成立しています。離婚も難しいでしょうね、王太子殿下の命令です。国王夫妻が戻ればそれを撤回してくださる可能性がないとは言いませんが、枢機卿から祝福を受けたため、教会も婚姻の破棄には反対するでしょう」
彼は再びため息をつくと、椅子にだらしなく座りました。
「いきなり色々と尋ねてしまってすまなかった。そちらからは何かある?」
「……そうですね、旦那様はダサい男ですねと」
びくりと彼の肩が揺れる。
「いきなり何を」
「あら、気分を害されたのかしら」
「いきなり望んでもいない結婚相手と言われてやってきたのに、初対面で暴言を吐かれて気分良いはずもないでしょう」
「そう、それはわたくしもよ。気が合いますわね。先ほどまでのあなたの発言が初対面の淑女・令嬢に対して適正な言葉遣いだったかしら?」
「……仕方ないだろう。あまりにも突然だった」
わたくしは頷きます。
「お気持ちは分かりますとも。ですが、そこで謝罪ではなく言い訳が出るのがダサいと言ってるのですわ」
彼は言葉に詰まります。
「ねえ、なんであなたはボサボサの髪型で、まともな服も着ずに叙勲に臨もうと思ったの?」
わたくしは立ち上がると彼の胸元を掴みます。身体にあっている服を着ていれば、そもそもこんな風に掴めるはずもないと言うのに。
ぱっと手を離し、言葉を続けます。
「まあ、あなたは一種の天才なんでしょうね? あなたの頭の中はわたくしには理解も及ばないような数式やら魔術陣やら化学的な反応についてで埋まっているのかもしれないわ。
身だしなみに時間を割く必要性を感じなかったのでしょう」
「……そうだ」
わたくしは掌で彼の頬を強く張りました。
女の鍛えていない細腕の一撃ですが、彼は無様に後ろに転げ倒れます。
「……なにを!」
「愚か者!
あなたが真に天才と狂人の境にある程なら、叙勲などというものは些事とし、この場に来ることすらないわ!」
「なっ」
「のこのこ顔を出すような凡人の癖に、身嗜みもまともに整えられない、王侯貴族たちに初対面で好印象を抱かれようともしていないあなたが無礼よ!」
「し、仕方ないだろう! そもそも俺たち平民は君たちお貴族様みたいに綺麗には産まれてこないんだ!」
あら、一応わたくしのことを綺麗と思ってくれてはいるのね。
ですが認識が甘いわ。
「確かに貴族達は美しき者同士を掛け合わせてより美しき次代を産み育てている側面があると言えましょう」
そう、それはまるでより速い馬をつくるための交配のように。
「ですが、わたくしたちが美しくあらんとするため、どれほどの努力をしているというのか。あなたはそれをも理解していない」
わたくしは手袋を脱ぎ、ドレスの袖を捲り上げて腕を見せます。陶磁が如き白い肌に青く浮かぶ血管の色。
「青き血は産まれながらに青き血なのではないわ。不断の努力と金を積み上げることで、この色を作るのよ」