第43話:納品
「まあ随分と質の劣る者を使者としたものです。あるいはそれしか動かせなかったのか」
使者が帰った後、わたくしたちは家に入ります。
「どういうことだ?」
「今日殿下が送ってきた使者も、そもそも策自体も稚拙ということですわ。わたくしたちを嵌めるのに万全の策を練っていたのに比べて、場当たり感が強いというか……」
レクシーが納得したように頷きます。
「結婚の時は教会まで根回しされていたしな」
「そうです。枢機卿まで引っ張り出してきた手際と同じとは思えません」
「同じではないのでは?」
ああ、献策した人物がいると? なるほど。可能性はありますね。わたくしをよく思わない貴族など山ほどいるでしょうし。だとしたら、その人物はなぜ今は関わっていないのか。
「ありえますわね。あるいは単純に策を練る時間がないのか両方か」
「時間がない?」
「今はわたくしが彼の仕事を代行していませんもの。それで立ち行かなくなっているからわたくしを呼び戻そうとしているのでしょう?
別にわたくしがそこまで大きな仕事をしていたとは思いませんが、陛下がお戻りになって、他にも殿下の周りから人材が離れているとか、殿下が厳しく再教育されているのかもしれませんわね」
「なるほど」
そもそも殿下の姿もあの園遊会を除けば社交の場で見かけない様子ですしね。マデトヤ嬢が王太子の婚約者として見せられたものではないということが主でしょうけど、エリアス殿下が王太子から降ろされることも視野に入っているのかもしれませんわ。
レクシーが溜息を吐きます。
「それにしても随分と煽るような物言いをしていたから少々不安だった」
「心配無用ですわ。王家はわたくしたちを殺すことはできませんし、強制的に連れて行くこともできないのですよ。特に人目のあるところでは。
それをしてしまうと致命的な矛盾を起こすので」
「そうか、エリアス王太子は悪女ヴィルヘルミーナに慈悲を与えた。そういう筋書きの美談としている以上、根底が覆るのか」
レクシーの理解にわたくしは頷きます。
「ともあれ、わたくしたちが魔石を作成できるようになったことに気付かれていないと分かったのは朗報ですわ」
「ああ、困窮すると言っていたからな。魔石を作っていると思っていたらそうは言わんだろう」
「センニ」
「はい、奥様」
彼女は猫のような笑みを浮かべながら地下収納に上半身を突っ込みます。
そして布に覆われた抱えるほどの巨大な瓶を取り出しました。
彼女が布を取り払うと、その中身は洋燈に照らされてビーズ細工のようにカラフルに輝く光の塊。無数の屑魔石です。
「明日、ここを出ます。あなたも供をなさい」
「はい!」
翌日はアレクシ様とセンニと共に朝から家を出て、王都中央銀行へ。
アポイントを取っていたクレメッティ氏との面会に臨みます。
「随分と面白い試みをされていますな。『A&V簡易魔力量鑑定所』でしたか」
レクシーが笑って答えます。
「ええ、ご融資いただけたおかげもあって盛況です。とは言え鑑定所は無料ですけどね」
「面白い試みとは思います。平民から魔力保有者を探しているのでしょう? そうして魔石作成のために囲い込む気だ。どうです、従業員候補は見つかりましたかな?」
それにはわたくしが答えます。
「ええ、ですがわたくしたちが何をしているのかはまだ隠すべき段階と思っておりますから、具体的な声がけはしておりませんわ。もちろん将来的には雇うことも考えておりますが」
「なるほど、長期的な視野に立たれていると」
アレクシ様が鞄から紙束を机の上に置かれました。
「ここに王都南部の魔力調査のリストがあります。名前、年齢、住所、魔力保有量、属性が紐付けされておよそ2万人分。興味あるのではありませんか?」
「これは……はは、確かに。金を積んででも欲しいものですが、魔術師の卵のデータを渡されたらそちらが雇用できなくなってしまうのでは?」
「そんなことはありませんわ。将来的に魔術師が増えればそれだけ魔石の需要も増えますから」
「確かに。確かにその通りですが……。流石に見ているところが先すぎるのではないでしょうか。A&V社として、まずは今の収入源の確保を優先すべきでは?」
わたくしは笑みを浮かべます。
「情報を売る先はいくらでも思い付きますわ。商会、アカデミー、教会……。もちろん王都中央銀行さんにはお世話になっていますし優先的にお売りいたしますわ」
「はは、参りましたな……」
最終的には国家としての雇用統計に噛めると良いですわね。
国民全員の魔力を調べる。まあ王太子がアレでなくなればですけどね。
「そういえばクレメッティ氏は生産量を倍にしろと仰っていましたわね」
わたくしは宝石箱を差し出します。
「これは前回同様にわたくしの作ったものですわ」
拝見いたします、そう言ってクレメッティ氏は魔石の状態を確認し始めました。
その間にも言葉を続けます。
「わたくし思いますの。この大きさの魔石、そんなにこればかり沢山あっても仕方ないなと」
「なるほど、確かにここまで規格の揃った大粒のものを大量に市場に流すのは難しいですな」
「センニ」
後ろに控えていた彼女に声をかけます。
「はいっ」
ドン、と机に布の塊が置かれました。
「失礼します!」
彼女が布を取り払いました。無数の屑魔石が机の上で煌めきます。
「屑魔石2万5千個ですわ、お納めくださいまし」