第4話:粗末な結婚
ξ˚⊿˚)ξ今日はここまで。
馬車が辿り着いたのは王城の一室、ただし、貴族の令嬢を迎え入れるに相応しい部屋ではありませんでした。恐らくは文官たちが少人数で会議をするための部屋なのでしょう。
部屋の入り口の外には制服姿の近衛が立ち、わたくしが逃亡せぬよう見張っているのでしょう。女官たちの姿はなく、茶の一つも用意される気配はありません。
部屋には簡素な六人がけの机と椅子、簡素と言うのは机の脚に彫刻などがなされていないという意味で、安物という意味ではありませんが。
わたくしが部屋の隅に立っていると、それほど待つこともなく文官が部屋へと入室してきました。文官としては上位なのでしょう。地位の高さを感じさせる服装です。次いで教会の枢機卿。王太子殿下の派閥の方です。その地位に相応しい枢機卿の赤を纏っていますが、品性正しからぬ拝金主義者とは耳にします。
「お待たせしたかな、ヴィルヘルミーナ嬢。早速だが婚約解消と結婚の手続きを……どうした、座りたまえ」
枢機卿が上座に、文官の方はその隣に座って書類を机の上に置き、向かいの椅子を示します。
彼らの従者もそれぞれ一人ずつが後ろに立たれました。秘密裏に、即座に動くためでしょうか。
枢機卿も仰います。
「どうした。座りなさい」
「申し訳ありません、椅子を引く作法を存じませんでしたので」
わたくしは彼らの真似をして、生まれて初めて自分で椅子を引き、ドレスの裾を畳んで腰掛けました。
今日着ているのはわたくしの持っていたデイドレスの中で、喪服を除いて最も華美には見えないもの。スカートが広がってはいないため、椅子の脚に巻き込まずに座ることができました。
「まずは婚約解消の同意の書類から……そんなに机から遠くてはサインできまい。もっと前に来なさい」
わたくしの机と椅子の間は大きく隙間が開いています。わたくしが首を傾げると、見かねたのか文官の従者の方がわたくしを立たせ、改めて椅子に座らせて下さいました。
少々もたつくところはありましたが、婚約解消の手続きは直ちに取られて婚姻の手続きの書類が渡されます。
「婚約解消後、即座に婚姻は認められていないのでは?」
「それは貴族の慣習によるもので、法によるものではありません」
わたくしが問いかけると文官の方から答えがありました。なるほど。わたくしはペンを書類に走らせます。
「枢機卿たる私が直々に祝福をやるというのだ。問題などあろうものか。それより新郎はどうした。全く、私を待たせるなど……」
との言葉も。
無理を通すための枢機卿ですか。枢機卿立ち合いで結婚させたとなると、体面のためにも離婚させられなくなるというのもあるでしょうし。
エリアス殿下は愚鈍と言って良い人物と思っていましたが、なかなかどうして悪知恵が働きます。
部屋の外から騒ぎが聞こえてきました。
「……結婚など!」
殿方の叫び声と人々の争うような音。
扉が開けられます。
「こんな横暴が! 褒美があるか!」
そう叫びながら入室した殿方は、海藻の塊を頭に乗せているかのように見える緑がかった黒髪の蓬髪で、目元がほとんど見えません。
身長はかなり高くてすらっとしているのですが、痩せすぎなのと猫背気味なために貧相な印象を受けます。
叙勲の式典のためにテールコートを着ていらっしゃり、胸元には功績のあった研究者や医師などに最初に与えられることの多い勲章のメダルが輝いています。
ただ、残念なことに身体にあっていない。既製品なのか借り物なのか。背丈にはあっているのですが身体の厚みに対して服が太すぎてブカブカでした。服に着られているかのようで、ちゃんとした衣装ではあるのに更に貧相な印象を強めてしまうのでした。
彼は一瞬唖然とした様子でわたくしを見ます。
まあその結婚相手がもうここにいるとは思っていなかったのでしょう。わたくしは立ち上がり、淑女の礼をとりました。
「はじめまして、アレクシ・ペルトラ様。ヴィルヘルミーナと申します」
「あ、ああ。アレクシだ」
彼はそう言う間にも、兵士たちに後ろ手を取られ、椅子へと座らされます。
文官の方と結婚が不当であると問答されましたが、結局のところ王太子命令に逆らうことも、枢機卿に抗弁することも平民である彼にはできるはずがありません。
彼が書類に書いた名前はアレクシ・ミカ・ペルトラ。今回の叙勲の際にミカのミドルネームを名乗るようにと、ただの名誉でしかない報酬。そしてわたくしという面倒事でしかない妻を押し付けられた可哀想な殿方です。
その書類を侍祭の方が受け取って枢機卿猊下へと手渡されました。
「……書いたか? よし。
アレクシ・ミカ・ペルトラ及びヴィルヘルミーナの婚姻はここになされ、天上の神はそれを照覧された。
我、枢機卿たるヨハンネスはそれを寿ぎ祝福するものなり」
猊下は面倒そうな様子を隠そうともせず、雑に聖印を結ぶ所作を取られてから立ち上がると、部屋を後にされました。
こうして、誓いの言葉も口付けもなく、それこそ会話すらなく。
わたくしとアレクシ・ペルトラ氏は夫婦となったのです。
ξ˚⊿˚)ξ明日も4話投稿します。
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