第37話:完成
アレクシ様はわたくしと手を取り合います。
「ふふ、ちゃんと魔石かどうかを調べませんと」
「そ、そうだな!」
アレクシ様は手を離すと、いそいそと装置の前に向かいます。慎重な手つきで蓋を開け、広げた黒い布の上に取り出した欠片を置きます。
そして検査器を近づけたり天秤にのせて重さを計測したりされます。
「魔力反応あり……色は透明、無属性魔石……重さは0.3グラム……」
アレクシ様は頷かれました。
「魔石だ。完全に魔石だ」
「素晴らしいですわ。拝見しても?」
「もちろんだ」
わたくしはアレクシ様と場所を交代し、実験用の手袋をお借りしてから魔石を摘み上げて視線の高さに持ち上げ、ルーペで覗き込みました。
親指と人差し指の間で陽光を浴びて虹色に煌めいています。
「0.3グラムということは1.5カラット。カッティングすると1カラット程度でしょうか。
色はほぼ無色で僅かな青みあり。無属性石ですが、おそらくはわたくし個人の魔力特性で水属性寄りなのでしょう。
……これは素晴らしい」
「何がだい?」
「魔獣の体内や地下ではなく、ここで作っているので当然なのかもしれませんが、今見ている限り内包物が無いのです。
素人目ですが最低でもごくごく僅かより上質、もしかしたら完璧なのかもしれませんわ」
センニがほえーとよく分かっていなそうな声を上げます。
「つまりこれ一つであなたの一年分の給金が賄えますよ」
「えええっ!……あいたっ!」
センニが驚いて仰け反って壁に頭をぶつけ、アレクシ様と共に笑いました。
「まあ、実際に使ってみないと分からないけどな。しかしヴィルヘルミーナは俺より詳しいね。VVSと言われても分からないのだが」
「貴族令嬢ともあれば石には詳しいものですわ。特にわたくしは魔石の産地で育っておりますから。
VVSはヴェリーヴェリースライトリーの略ですわ。石の中に汚れや傷、不純物がほとんど無いという意味で、フローレスを最上位にその下で高品質の石を表す言葉ですの。
魔道具に使えば安定した動力を供給できますが、この品質だと宝飾品も兼ねた魔法の指輪や首飾りに使うようなものですわ」
わたくしは魔石を布の上に戻します。
これは思ったよりも素晴らしい武器になる。そして思ったよりもずっと早く。
アレクシ様が手を差し出されました。わたくしはそれを握り返します。エスコートとは違った力強さ。彼の興奮が伝わるかのようです。
手を取られて立ちあがろうとし、ふらりと身体が傾きました。
アレクシ様が慌てて抱き止めます。
「どうした! 大丈夫か?」
「ああ、失礼いたしました。久しぶりに魔力を急に使いましたので」
アレクシ様がわたくしを抱きかかえてそっと椅子に戻します。
「……それは大丈夫なのか?」
「ええ、そうですね。今は急に魔力を動かしすぎましたわ。次からはもうちょっとゆっくりと行うようにします」
「次?」
アレクシ様が問いかけ、わたくしは頷きます。
「魔力の自然回復量を考えると一日一個くらいでしょうかね」
「一日一個!?」
センニが叫びます。
「あたしの年収を毎日!?……あいた!」
驚いたセンニがまた壁に頭をぶつけました。
「毎日はやめてくれ。身体が心配だ」
「ふふ、では最初は一日おきにいたしましょうか。アレクシ様がお仕事に行っている間にゆっくりと魔力を込めるようにいたしますわ」
「ああ、そうしてくれ。センニ、ヴィルヘルミーナが装置に触っているときと、その後は必ず見張っていてくれ」
「はい!」
センニはにこにこと笑いながら返事をし、そうだ。と呟くといそいそと屈み込み、床下の収納に手を入れました。
「その何とかの完成をお祝いされますか?」
「魔素結晶化装置な」
彼女が取り出したのはワインのボトル。こういうこともあろうかと買っておいたちょっと良いものです。
ワイングラスなどという洒落たものはないですが、センニが酒盃に緋色の液体を注いでいきます。
わたくしは彼女にも酒盃を持たせました。
「あたしもいいんですか?」
「もちろんよ」
「えーと、では魔素結晶化装置一号機の完成を祝って」
「魔素結晶化装置ってなんかそのままですよね」
センニが言います。ふふ、確かに。
わたくしも頷くとアレクシ様が困惑されます。
「ええっ!?」
「何かないんですか。可愛い名前」
センニの言葉にアレクシ様が杯を手に考えます。
「可愛い? えー……ミーナ1号?」
「やだ、旦那様、最高!」
そう言ってケラケラと笑い出します。え、ミーナ……ですか?
「アレクシ様の名前じゃなくてわたくし?」
「……君がいなくては完成しなかったから。嫌か?」
「奥様を愛称で呼べないのに、道具につけちゃうの最高!」
センニが旦那様の肩をばしばしと叩きます。旦那様の顔が赤くなりました。
ふふふ。
「アレクシ様が、わたくしをそう呼んでくださるならその名で良いですわ」
アレクシ様は顔を手で覆い、しばらく固まります。そしてゆっくりと、確かめるように仰いました。
「ミーナ」