第34話:その後の影響
さて、園遊会も終わりました。
エリアス殿下たちともお会いしましたが、想定していたほど愚弄されるようなこともなく。かえって皮肉も言えたくらいではありました。
おそらくですが、陛下から窘められていたのではないでしょうか。
アレクシ様とわたくしが仲睦まじくしているところも見せることができました。
殿下たちがあまり王太子とその婚約者に相応しからぬ振る舞いを見せたことにより、彼らの評判が下がり、それは逆説的にわたくしの悪評を僅かなりとも払拭することとなるでしょう。
弟のユルレミと話していたこと。これも意図したことではありませんが、良かったのかもしれません。ペリクネン公や義母が参加するような会ではなかったからこそユルレミと話すことができた。
周囲は公爵家がわたくしを許そうとしていると思ったのかもしれません。わたくしにも父にもその意図はないのですけれどね。
それが何を齎したかというと……。
「旦那様、奥様。お手紙が来てますよ!」
センニが言います。
机の上には紋章で封蝋されたような手紙が積まれています。
「ふふ、アレクシ様良かったですわね」
「中身を見ないでも分かるのか?」
「ええ、今あるもの、そしてこれから来るものは茶会や食事会といった社交の誘いや、融資の件について聴きたいと言うような申し出でしょう。アレクシ様はこの中から気になるものをお選びになれば良いのです。例えばこちらなんて」
わたくしは何の装飾もついていないシンプルなペーパーナイフで封筒の一つを開け、中を見ずにアレクシ様にお渡しします。
「これは……商家からだな。融資の話を改めて聴きたいと。ええと……この名前は」
「以前、二人で伺って、さんざん待たされて会ってもくれなかったところですわ」
アレクシ様が渋い表情をなさいます。
わたくしは彼の手から手紙を抜き取りました。
「であれば、そんなところは無視して良いのです。
センニ、手紙が入る大きさの箱を三つ用意してくださらない?」
「はぁい」
彼女が部屋を出て行きました。アレクシ様が尋ねます。
「箱を三つも何に使うんだ?」
「まずは話を検討するもの、断るもの、返信したものですかしらね。
アレクシ様はお手紙を読んで興味あるかだけお伝えいただければ。返信はこちらでいたしますわ」
「……助かる」
わたくしは笑みを浮かべます。
また、かつての学友だった令嬢たち。どうもミルカ様が中心となって友人やご両親たちに話を通してくれているようです。貴族家からも話が来ていますが、茶会や晩餐に平民がのこのこと足を運ぶわけには行きませんわ。ドレスもそういくつも用意できる訳ではありませんし。
もっと個人的なお誘いや商談へと誘導して行きましょう。わたくしは便箋にペンを走らせます。
と、このように良い影響は出ている一方で悪い影響も……。
ある夜、アレクシ様が仕事からお帰りになった時でした。
「おかえりなさいま……どうされたのですか!」
わたくしは驚いて挨拶を中断し、アレクシ様に駆け寄ります。
彼の口の端は切れたのか血が滲んで垂れ、腫れていました。
「ん、ただいま」
口が痛いのかくぐもった声でお返事が返ってきます。
「センニ! 清潔な布と消毒液を!」
「はい! 奥様!」
わたくしはアレクシ様を椅子に座らせると、彼女から布を受け取り、アレクシ様の唇を抑えます。
乾いて固まった血がポロポロと剥がれ落ちました。
「奥様、消毒液は無いので……」
渡されたのは蒸留酒。王都の井戸の水は決して清潔ではありませんし、仕方ありませんか。
布に琥珀色の酒を染み込ませます。
「沁みますわよ」
わたくしがアレクシ様に布を当てるとアレクシ様が悲鳴を上げました。
「いっ……! ぁっ……!」
アレクシ様の身体がびくりと跳ねます。
わたくしは唇に手を当てたまま、彼の頭を抱きかかえました。
胸の中でばたばたとアレクシ様の頭が動きますが、傷口や垂れた血を拭い取ります。
「頭は打たれていませんか?」
「だ、大丈夫だ!」
じたばたと動こうとされるので、ぎゅっと力を込めます。
「安静にしないといけませんわ。我慢してくださいまし。顔も赤いですから」
センニが笑います。
「それは奥様の胸が当たっているからですね」
「あら」
わたくしが手と身体を離すと、アレクシ様の動きが止まりました。
「うん、あー。治療ありがとう。だがその。なんだ。慎み、そう慎みをだな」
「まあ、夫婦なのですし、気になさらなくて宜しいですのに」
わたくしがアレクシ様の手を握ると、彼はそっぽを向きました。まだ目元が赤いですわ。
センニが包帯を持ってきましたが、アレクシ様はそこまでは不要と告げられました。確かにもうほとんど血も止まっている様子ですし、大丈夫かとは思いますが。
わたくしは尋ねます。
「さて、アレクシ様。何があったのかお教え願えますか?」