第33話:王太子への警告
園遊会から数日後のことである。余は父に呼び出され、王城は白蓮の間へと向かった。
余と父であるヴァイナモⅢ世陛下が向かい合って座る。使用人が紅茶を淹れると、父は人払いをさせた。彼らを部屋から退室させ、誰も入らぬよう命じたのだ。
「エリアスよ」
「はっ」
父は紅茶に手をつけることもなくこちらに声をかけた。
背筋を伸ばして拝聴する。
「汝の婚約者候補の娘、なんと言ったか」
「イーナ・ロイネ・マデトヤです」
ちっ、わざとらしく覚えていないフリをされる。覚える価値もないと言っているに等しい。
「彼女の教育、上手くいってないようだな」
……まあその話か。
「ですが彼女はまだ教育を始めたばかりゆえ……もう少し教育に時間をいただければと」
「覚えているか。お前たちが次代の国王夫妻として相応しくないと判断された時、それは破滅を招くことを心せよと伝えたのを」
「は、はい」
「お前たちが十にもならぬ幼児であり、結婚式を挙げるまでに五年や十年という時間があるなら教育に時間をかけるというのも頷けよう。
どうするのだ。今から十年かけるか?」
「いえ、さすがにそれほどは」
父はため息をついた。机の脇にある上質な紙の束、おそらくは余とイーナに関する報告書だろう、それにぱらぱらと目を通す。
「礼儀作法の不出来もそうだが、美術や服飾のセンスも良くない。男爵家では当然かもしれんがな。女主催者としての動きもできておらん。
お前たちは園遊会で随分と醜態を晒したようだ」
バカな、そんな報告が?
「いっいえ。そんなことは。
それに仮に多少の失敗があっても令息令嬢ら、若者を中心とした気さくな集まりです。そこまで問題にはならないはずで……」
父は鼻で笑うことで余の言葉をとどめた。
「エリアスよ、イーナという女を連れ出したのが格の高い集まりでなかったことだけは褒めてやろう。あれが晩餐会であればその場で叩き出したとも。
だが、その気さくという会でも目に余る行動であったのだ」
大きくはイーナのドレスについて、飾りの問題点、最初にヴィルヘルミーナに声をかけたこと。父はその話をして、それ以外にも細々とした数多の失敗があると報告書を余に渡した。
「……後で目を通しておけ。
しかしそのような服装やらについては、お前がしっかりとフォローしてやれば良いのだがな。
結局のところ、お前もそのようなセンスがないと露呈したようなものだ」
「こ、今回は失敗しましたが今までそのようなことは」
このようなことで叱責を受けたことはないのになぜ今回だけ……!
「ヴィルヘルミーナ嬢の方が理解していたからであろう。お前は何も分かってなかった、いや知らないことすら分かっていなかったのだ。
お前に一つだけ助言してやろう。従者や侍女、使用人たちの声に尋ねよ。しっかりと耳を傾けるのだ」
余が不満げな表情を浮かべたのが分かったのだろう。
父は、お前は頑ななところがあるからな。そう誰ともなく呟いた。
しばしの沈黙ののち、さらに言葉を続ける。
「パーヴァリーの継承権を繰り上げることも考えている」
「そんな!」
パーヴァリーは余の弟で王位継承権2位。それを繰り上げるとは奴が余に替わって王太子となると言うことではないか!
余は思わず立ち上がる。
父はそこで初めて茶を喫した。
落ち着けということか。余は大きく息をつくと、座り直して茶で唇を湿らせる。
「驚くようなことではない。当然だが貴賤結婚は認めんぞ」
「い、いえ。それもあってイーナにはペリクネン家に養子に行ってもらうことに」
貴賤結婚、王族は他国の王族か公爵・侯爵家の者としか結婚できないという決まりのことだ。それより下の家格の者と結婚したい場合は王族から外れねばならない。
だがそれゆえに余はペリクネン公爵家と交渉し、イーナをそこの養子とすることで公爵令嬢とするのだ。公爵家であれば王族に迎えるのに誰も文句は言わん。
「お前の奸計は分かっておる。だがそれでも養子なのだ。お前たち若者はこういった言い方を嫌うのかもしれんが、尊き血が流れている訳ではない。それは貴族たちに、あるいは他国に侮られる」
「それは陛下の考えが古いかと。余らが結ばれることで反発も減りましょう」
「お前の理念は急進的に過ぎるが決して悪くはない。
だがな、お前の考えが平民や貴族、他国に広く認められるには、お前たちが素晴らしい国王と王妃であればこそだ。
王も教会も貴族も民も。誰もが彼女を元男爵令嬢と知っている。
お前が王妃として相応しいヴィルヘルミーナ嬢を排除してまで王妃と望んだイーナなる女。それが彼女より優れているならまだしも、はるかに劣るとなったらどうだ。誰もが、陰で所詮は男爵令嬢と言うだろう。そしてお前の愚かさをも嘲笑するであろうな」
「っ……」
余が返す言葉を考えているうちに父は立ち上がった。
「話はこれまでだ。お前たちに残された機会は、時間は少ないと心得よ」