第31話:モブ令嬢かく語りき
わたしの名はミルカ、サーラスティ伯爵家の娘よ。今日は王太子殿下主催の園遊会に行ってきたの。
わたしは園遊会から帰ると早速、自分の部屋へと戻って侍女のシグネに話しかける。
「ねえねえねえ、シグネ聞いて!」
「はいはい、どうされましたミルカお嬢様、そんなに興奮なさって。園遊会に素敵な殿方でもいらっしゃいましたか?」
「ちがうわよ!」
「ちがうのですか、残念ですわ」
シグネはわざとらしくため息をつくと、用意していた布で私の顔の化粧をぬぐい始めた。
「園遊会にヴィルヘルミーナ様がいらしたの!」
ペリクネン公爵令嬢、ヴィルヘルミーナ様。わたしはあの方の友人をさせていただいていたの。彼女が無実の罪で公爵家を追放され、平民の男と結婚させられたと言われたのはショックだったけど、久しぶりにお姿を拝見できたわ。
「ミルカお嬢様が敬愛なさっていた御令嬢ですね。どんなご様子でしたか?」
「ご結婚なされていることもあって随分とシックな服装だったわ。隣にいるご夫君は、随分と痩せた方だったけど、とても親しそうに振る舞ってたかしら」
シグネは布を机に戻すと、わたしの後ろにまわって髪をほどき始めながら言う。
「噂では殿下の真実の愛とやらを邪魔して平民に落とされ、不遇をかこっているとお聞きしますが」
「嘘ね、そんな様子には見えなかったわ。もちろん服装や宝飾品なんかはかつてのヴィルヘルミーナ様と比べるべくもないけど、決して不幸そうには見えなかったもの。
でねでね。ヴィルヘルミーナ様ってば、王太子殿下に向かって、自分は『庭園に咲き誇る薔薇ではなく、野に咲く薊が故に』と言われたのよ! すごくない?」
「……まあ、それはその通りではありませんか? 高貴なる身ではなく平民であるという」
わたしはちっちっと指を振ります。
「甘いわね、シグネ」
「そのような品のない仕草はおやめ下さい」
「はーい。じゃなくて、違うわよシグネ、これは花言葉よ。薊の花言葉は『復讐』、つまりヴィルヘルミーナ様はいつか殿下に復讐してやるっておっしゃっているのよ!」
しかしシグネは首を傾げます。
「……ミルカお嬢様が深読みしすぎでは?」
あるいはお嬢様のそうであって欲しいという願望か。
シグネはわたしの髪から簪を抜き、結った髪を崩しながらそう続けます。
「いやいや、ほかにもかなり辛辣なこと言ってらしてね。あのマデトヤ嬢に『お美しく着飾っておられます。孔雀は美しき羽根を有されますわ』とか言ってらしたのよ!
彼女には全然皮肉が通じてなかったんだけど!」
「『孔雀は美しき羽根を有し、だがその脚は汚い』ですか」
そうそう、ことわざよね。もちろん後ろを言ってないから、ただ美しいって褒めただけに聞こえるけれども。
「あとマデトヤ嬢のセンスない飾り付けを、『真夜中の太陽が如き力強さと、白昼の残月が如き繊細さ』って言ってたわ。とても真似できないとも」
「ふーむ、あり得ない、ですか。そんなに酷かったんですか? 飾り付け」
「いや、綺麗は綺麗だったわよ?」
わたしはシグネにマデトヤ嬢の服装の破廉恥さや、彼女の飾り付けやふるまいがいかに園遊会に相応しくなかったかについて語ります。
シグネはわたしのドレスを脱がせ、コルセットを緩めつつ相槌を打っていました。
「マデトヤ嬢についてお嬢様もヴィルヘルミーナ様も資質に問題があると感じられているのはわかりましたが、王太子殿下に『復讐』というのはあまり……」
「違うのよ。ヴィルヘルミーナ様は最後にこう言われたの。『お二人は太陽と月が真っ直ぐに並ぶが如くにお似合いにございます』と」
「普通では……?」
わたしはちっちっちと指を振ろうとし、シグネに止められます。もう。良いところなのに!
「真っ直ぐに、よ」
「……なるほど。蝕ですか。それは随分なご覚悟ですね」
そう、月と太陽が真っ直ぐに並べば、太陽はその陰に隠れて見えなくなる。
「太陽に喩えられる我が国の王権にそう言ってのけたのよ! 流石だわ!」
「ふふ、ミルカお嬢様は本当にヴィルヘルミーナ様がお好きですわね」
シグネはわたしに部屋着を着せながら言います。
「そうよ、ねえシグネ。ヴィルヘルミーナ様がそう仰るんだから何か理由があるはずだわ。それを調べさせてちょうだい。
平民として王都の片隅で息を殺して過ごすような方ではないもの」
「しかし、どの貴族家としても彼女やその夫の……」
「ペルトラね、アレクシ・ペルトラ」
「ペルトラ氏を援助したとなれば殿下や王家に目を付けられましょう」
そう、そうなのよね。わたしは暫し考える。うん。
「まずは調査よ。慎重にね。
そしてあの方がお困りで、父様が動けないなら……。もしわたしでもお手伝い出来ることがあればこっそりと動くことにするわ」