第30話:園遊会・後
わたくしを見下し、皮肉でも言いに来るのは良いですわ。
ですが平民に最初に声を掛けるなど、王族としてあってはならぬこと。
周囲の方達もこちらの成り行きに注目しています。
「息災か、ヴィルヘルミーナ」
舌打ちしたい気分を抑えて返答します。
「王国の若き獅子たるエリアス王太子殿下にご挨拶申し上げます。
殿下の格別な計らいにより、日々を恙無く過ごしております」
エリアス殿下の姿は王太子としての昼の正装としてわたくしも見慣れている白地に金糸の刺繍のジャケット、肩章などの装飾は格調高いもの。
ただ、かつてはわたくしの瞳の色であったペリドットのブローチを身につけていたものが、今はマデトヤ嬢の髪色をあらわしたピンクダイヤモンドのものに変わっています。
そして殿下にエスコートされるマデトヤ嬢の格好は、デコルテの大きく露出したデイ、ドレス……?
孔雀の羽根に飾られた帽子、肘まで隠す七分丈の袖は確かにデイドレスの構成でしょう。
ですが引き摺るような裾の長さに、夜の灯の下でこそ艶かしく輝くであろう深き色の絹のドレス。
さらにデコルテが広く肉感的な胸の谷間まで露わにしているのは、太陽の下で見るには破廉恥と感じられます。
胸元に青く輝くサファイアは殿下の瞳の色でしょう。
殿下が口元を歪めて仰います。
「うむ。だが恙無くといってもな、ドレスの一着すら満足に用意できぬか」
エリアス殿下は馬鹿ではないはずなのですが物言いに気品というものがありません。何も直接的に貶めれば良いと言うものでは無いと言うのに。
事実、周囲に目をやれば不快感を示す方々もいらっしゃる。
「お目汚し失礼いたします。ですがいまやわたくしは、庭園に咲き誇る薔薇ではなく、野に咲く薊が故に」
「ん、うむ。そちらは、あー、なんと言ったか」
「アレクシ・ミカ・ペルトラと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
エリアス殿下がアレクシ様に声をかけました。そもそも本当は男性側に先に声をかけるのが礼法ですけどね!
「ああ、そうであった。ペルトラよ。……随分前に見た時と印象が違うな?」
アレクシ様の着ている服は、以前の叙勲の際に着ていたものよりも金銭的にはずっと安物でしょう。ですが、ずっとお似合いですから。
「はい。妻の助言を得て、服装に気を遣うようになりました」
「どうだね、ヴィルヘルミーナは。貴族の中でも高慢な女であったが苦労はしていないか?」
「いえ、良き妻として支えてくれます。彼女をご紹介いただきました王太子殿下には改めて感謝いたします」
思ったような反応を得られなかった殿下は不機嫌そうではありますが、感謝の言葉を示したものにそれを咎める訳にもいかないのでしょう。口籠もります。
ついで女性同士の挨拶なので、マデトヤ嬢が一歩前に出ました。
「ヴィルヘルミーナさん、お久しぶりです」
「マデトヤ様もお美しく着飾っておられます。孔雀は美しき羽根を有されますわ」
彼女ははにかむように微笑みながら頭上の羽飾りに触れます。
「えへへ、ヴィルヘルミーナさんも似合ってますよ」
彼女はおそらく本心でこの言葉を言っているのでしょう。なんの皮肉も裏の意味もなく!
貴族としてあり得ない純粋さと、王妃としてあり得ない愚かさ。殿下はそれ故にマデトヤ嬢に惹かれたのでしょうけども。
「恐悦至極にございます」
「このお庭、イーナが飾ったんですよ! いかがですか?」
彼女は庭の中央の飾りを指し示しました。わたくしが先ほどアレクシ様にセンスが悪いと伝えたものです。
わたくしは柔かに微笑んでみせました。
「真夜中の太陽が如き力強さと、白昼の残月が如き繊細さ。
わたくしには真似できない斬新な美しさを表現されていますわ」
「まあ、ありがとうございます!」
わたくしは二人に向けて改めて頭を下げました。
「お二人が互いを支え合い、いつまでも仲睦まじく有られますよう。お二人は太陽と月が真っ直ぐに並ぶが如くにお似合いにございます」
「あ、ああ。汝らもな」
殿下はわたくしが祝福するような言葉を自ら投げかけたのに面食らったような表情で、マデトヤ嬢と共に私たちの前を後にします。
居並ぶ貴族の方々の何人かはぎょっとしたような表情でこちらを見つめました。
わたくしはアレクシ様に耳打ちします。
「思ったより簡単に殿下を退けることができましたわ。
あとは乾杯だけ参加して、頃合いを見て抜け出しましょう。酒に口はつけるだけで飲まれませんよう」
「ああ、わかっている」
毒を盛られる可能性がありますからね。毒殺とまでは考えておりませんが、嘔吐するようなもので名誉を傷つけようとする可能性はありますし。
こうして会場の隅の目立たず、ですが人目につかぬような場所へは行かずに園遊会をやり過ごしていきました。
「ヴィルヘルミーナ」
ですが、そんなわたくしに声がかけられたのです。