第3話:公爵家追放
部屋に戻ると侍女のヒルッカが出迎えました。
「聞こえてたかしら?」
「はい、盗み聞きのような形になってしまい申し訳ありません」
ヒルッカが頭を下げ、わたくしは笑います。
「いいのよ、お父様ったら声が大きいのだもの。屋敷中の使用人に聞かせる気かしら」
「お嬢様、どうなさるのですか?」
「どうもこうもないわね。お父様からは部屋への蟄居を命じられているし、おそらく明日にはエリアス殿下からの使者がやってくるでしょう。そうしたらわたくしは平民の嫁ね」
ヒルッカの目から雫が落ちます。
「ごめんなさいね、ヒルッカ」
「なぜ……、なぜお嬢様が罪に問われ、なぜお嬢様が謝られるのですか!」
「わたくしは政争に負けたのよ。実際に罪も犯してるじゃない。
謝るのはね、あなたをここで置いていかねばならないことよ。わたくしに仕え続けてくれたのに、その忠節に応えることもできず放り出してしまうことになる愚かな主だから。ごめんなさいね」
わたくしはヒルッカの頭を抱き寄せました。
「……お嬢様、逃げましょう?」
「ダメよ。敗者には敗者としての矜持があるもの」
「平民に嫁がされるのにですか?」
ヒルッカも子爵家の三女です。わたくしほどではないでしょうが、平民としての生活など想像もつかないでしょう。
「たとえ平民に落とされても。矜持を失ったらそれはわたくしではないわ。
さあ、荷造りをお願いね。何を持ち出せるとも思わないけど、何があっても良いように」
翌朝、先触れが訪いを告げるためにやってきて、昼には殿下の使者が公爵邸へと見えました。
あまりにも早い動き。夜会の場では殿下はさもその場で思いついたような口振りでしたが、事前にわたくしを陥れるための準備はしていたということでしょう。
「王国の若獅子、暁の君たるエリアス・シピ・パトリカイネン王太子殿下のお言葉を告げる!」
エントランスホールに平伏するわたくしたちの前で、使者が羊皮紙の巻物を広げ、その内容を読み上げます。
「ヴィルヘルミーナ・ウッラ・ペリクネンは畏れ多くも殿下の婚約者という身にありながら悪所の者たちと交流を持ち、殿下のご友人であるイーナ・ロイネ・マデトア男爵令嬢を殺そうとした!
しかしてペリクネン公爵家のこれまでの王家への忠義は疑うことなし!」
わたくしを排除したいが、ペリクネン公爵家とは繋がりを持ち続けたい、後ろ盾として残って欲しいという浅ましい思考が透けて見える言葉だわ。
うちの弟は殿下の側近ですしね。まああの子も殿下側ってのが分かったわけだけども。ええ、昨日は自宅に戻らなかったしね。昨日も殿下の後ろに控えていたわ。
「公爵家が即日ヴィルヘルミーナとの縁を切るのであれば公爵家の責は問わないものとする!
またヴィルヘルミーナはアレクシ・ペルトラとの結婚を命ずるものとする!」
即日、即日ねえ。陛下が戻られる前に戻れないところまで進めておきたいのでしょう。
ちょうど今日は王城で叙勲がされているはず。そのかわいそうなペルトラ氏がわたくしを押し付けられるのね。
「御意承りました」
お父様が仰った。
使者は馬車を一台置いて帰った。罪人の護送車のように堅牢で窓一つないものを。
今日中にわたくしを乗せろということだ。
「ヴィルヘルミーナ、お前との縁を切る」
そう言い放つお父様だった人。
ご丁寧にも貴族の縁切りに必要な書類は使者が持ってきていたわ。
「かしこまりました、ペリクネン公」
そう言うと、なぜか彼は傷ついたような顔をする。その後ろ、泣いている素振りをしている彼の妻の唇が笑みの形に歪むのが見えた。
わたくしは言葉を続ける。
「わたくし付きであった侍女、使用人たちには寛大なご処置を、紹介状を書いていただけることを願います」
「そのような心配など不要だ」
わたくしはその場で跪きます。
「……亡き母との思い出である鏡台を持ち出すことをお許し願えるでしょうか」
「ならん。手切れに多少の結婚準備金を持たせる以外は許さんとのお達しだ」
……そう、ですか。仕方ありませんね。
ペリクネン公からは小切手一枚を投げ渡されました。
記されている金額は平民の年収数年分にはなるであろう金額です。無論、わたくしが今着ているドレス一着すら買うこともできないでしょうけど。
「はい……ご慈悲ありがとうございます。お世話になりました」
わたくしは立ち上がると執務室を後にします。
廊下にはヒルッカを筆頭にわたくしの従者やメイドたちが並んでいました。彼らは一様に暗い表情で、中には泣き出しているものもいます。
彼らに向かって淑女の礼をとりました。もう貴族でないなら使用人たちに頭を下げても良いでしょう。
「あなたたちの長の忠義に感謝を」
「お嬢様!」
その言葉には答えず、彼らに背を向けてわたくしは屋敷の玄関へと向かいます。
そして公爵家の門前には相応しくない、不吉な外観で中には硬い椅子しかないような馬車に乗せられて、タウンハウスを後にするのでした。