第29話:園遊会・前
園遊会の会場は王城の庭園が使用されます。
馬車の長い車列が城門を抜けていきますが、下位の貴族や平民は長く待たされるものです。
アレクシ様の研究のレポートを読んで時間を潰しましたわ。
さて、到着したわたくしたちが庭園の芝生の上を歩いていくと、周囲からはひそひそと声が上がっているのに気づきます。
ふむ?
わたくしたちを見咎めてと思いましたがそうではない。わたくしたちの方を見ていない人々も眉を顰めて近くの方々と声を交わしています。
「ああ、なるほど」
近づくにつれて理由が分かりました。
会場の芝生に緋絨毯が敷かれ、恐らくはポットマムと思われる無数の黄色の花弁がその上に散らされています。そして中央に据えられていたのはラベンダー色をした大輪のダリヤ・インペリアルの花瓶。
はるか西方よりもたらされた、王の名を冠する花ですが……。
わたくしは鼻で笑います。
「会場の雰囲気が変だがどういうことだ?」
「あの花を見て呆れているのですわ。
この園遊会はエリアス王太子殿下の主催、当然婚約者であるマデトヤ嬢がそれを補佐しているはずですが、そのセンスの悪さにですね」
アレクシ様は首を傾げられます。
「美しい花々に見えるが……」
「美しいのは間違いありませんわ。まず、会場中央に美しいものを配置したら、折角の庭を巡る価値が下がるでしょう」
「ああ……」
「季節もちぐはぐ、あれは秋の花ですわ。王家の大温室で秋の花を夏にも見られることを誇示しようとしたのでしょうか。
散らされている花はポットマム、菊とも呼ばれる東方の花。中央の紫の花は西方の花。王家の富を誇ろうとしているのかもしれませんが、そういうのはもっと屋内で行うような小規模な会で行うものです。
奇を衒いすぎですし、平民も招くような園遊会でやるには品が無さすぎますわ」
配色もいまいちですしね。そう言うと、アレクシ様のみならず、近くにいた方々まで感心した様子で頷かれました。
ふふ、この辺りは下位の貴族や平民でしょうからわたくしの顔をあまり知られていないようですわ。
ですが遠くの方、高位貴族たちのいる辺りから、わたくしたちを、いやわたくしを蔑む声もいたしますわ。
「あら、ペリクネン公爵令嬢よ」
「元、ね。今は何だったかしら? ペルティア夫人でしたっけ?」
「隣にいる男でしょ? ペルトラよ。でも平民なんだし」
「そうね、ヴィルヘルミーナと呼んでしまえば良いのよね」
扇で口元を隠して話に興じておられますが、しっかりとわたくしや周囲に聞こえる声の大きさです。
表情の硬くなるアレクシ様に少し屈んでもらい、扇で口元を隠して囁きます。
「直接こちらに声を掛けられない限りは全て無視して構いませんわ」
「分かった」
わたくしは特に意味なく踵を浮かせて降ろし、扇を閉じるとアレクシ様にエスコートされる体勢に戻り、笑みを浮かべて周囲を見渡します。
顔を赤らめる令嬢たち。笑う方も顔を背ける方も。
ちなみにこれ、アレクシ様は気づいておられませんが、公衆の面前で口付けを交わしたように見えるのです。
はしたない?
良いのです。今のわたくしは平民なのですから。
さて、この園遊会は王太子殿下の声がけであり、若い貴族夫妻や貴族の子女を中心に招かれています。集まった方々は全体的に若々しく、どこか少し浮ついた雰囲気。
特に未婚の貴族子女にとっては婚約者を探すという大切な社交の場でもありますからね。
既婚の者と未婚のもので大体居場所が分かれていくものですが、殿下がまだ登場されていませんし。
どうしたものかしら、殿下と挨拶できるのは高位貴族から。それを思えばわたくしたちまで挨拶の番など回ってきませんし、見つからないようにさっさと帰っても良いのですけど。
そう思っているうちに、高らかに喇叭の音が鳴り響き、エリアス王太子殿下が庭園にいらしたことを伝えます。
庭の騒めきが収まり、皆が頭を垂れます。
アレクシ様は今日まで練習を続けた紳士の礼の姿勢を、わたくしは淑女の礼を取りました。
…………?
おかしいですわ。
殿下の声が聞こえない。礼を取らせる時間が明らかに長い。
いや、淑女の礼とは実のところ下半身にかなり力のいる厳しい体勢なのですが。
わたくしは公爵令嬢であった頃に鍛えられていますけど、近くの女性たちの身体が揺れているので早くお声がけいただきたいのですが。
足音が近づいてきます。
……ちょっと、正気ですかこの馬鹿王太子が!
わたくしを貶めようとする意図があっての招待だというのは、始めから分かっております。ですが物事には守るべき順というものがあるでしょうに!
「皆の者、よくぞ余の招きに応じて王城へと参ってくれた。面を上げよ」
殿下の声がわたくしの頭上より聞こえてきます。
平民という立場を示すべく、皆の衣擦れの音を聞いてから、ゆっくりと頭を上げます。
わたくしの正面には、隣にマデトヤ嬢をエスコートしたエリアス殿下の姿。真面目ぶった顔をされていますが、喜悦に口元を歪めているのでした。