第28話:園遊会直前
数日後、園遊会への招待の手紙がペルトラ家へと届きます。
貧民街に程近いわたくしたちの家ですが、あまりにも不似合いな王家の紋章入りの黒塗りの馬車から、銀の盆に載せられた手紙を捧げ持つ使者が降り立ち、こちらへと差し出したのでした。
家の周囲は騒然としています。
予め、クレメッティ氏からこの話を聞けていて良かった。
「ありがたくお受けいたします。パトリカイネン王家に栄光あれ」
アレクシ様がそう答えます。
事前に相談し、こう伝えるようにとお話ししたのでした。
園遊会の日の空は抜けるような青。
アレクシ様とわたくしが着るのは先日、平民用の仕立て屋で作成したモーニングとデイドレスです。
アレクシ様の細身のシルエットを隠すことはなく、ぴしりと決まったグレーのウェストコートの上に黒のシングルブレストのジャケット。
わたくしは紫みの強い赤の葡萄酒色、バーガンディのドレスを着ます。令嬢であった頃はもっとはっきりとした赤を好んだものではありますが、平民用の店ではあまり鮮やかな発色のものは出せませんし、そもそもわたくしは既婚者になりましたからね。
こうした落ち着いた色が似合うようにならねば。
ヒルッカに来てもらい、白金の髪を華美になり過ぎないように後頭部で束ねて、筆で唇に紅をのせて貰います。
硝子をカットした宝石ではないアクセサリをいくつかアクセントに纏えば完成ですわ。
「どうかしら?」
アレクシ様に笑いかけると、彼は顔を赤らめてそっぽを向かれました。
「あー、その。なんだ。素敵だ」
わたくしは彼の顔の正面に回り込みます。
「どんなところが素敵でしょう?」
「色が……その、君に良く似合っている」
「他は如何でしょうか?」
「髪を纏めているのは新鮮だ」
「他は?」
「……まだ言うのか。緑の瞳が綺麗だ」
「あら、わたくしいつもこのペリドットの瞳ですけど、いつも綺麗と思ってくださるのかしら?」
アレクシ様の頬がさらに赤くなります。
「普段よりも化粧しているから、か輝いて見える。……い、いや! 普段から綺麗ではないと言ってる訳じゃないんだ。あー、いつも美しい」
わたくしの口からふふと声が漏れました。わたくしは手にしていたスリーピークに折ったチーフを、アレクシ様の胸ポケットに差し込みます。
「わたくしは美しいのですね?」
「あ、ああ」
「誰よりも?」
「誰よりも。……なあ、これ言わせてないか?」
アレクシ様が困惑された表情をなさいます。
「ふふ、大切なことですのよ。アレクシ様も素敵ですわ」
「……からかわないでくれ」
「冗談ではありませんことよ」
アレクシ様の胸元に指を突き付けます。
「いいですか、アレクシ様。大切な、社交における最も大切な心構えを教えて差し上げます。胸に刻んでくださいまし」
「分かった。社交の先達に教えを乞わせてもらうよ」
「わたくしが素敵な女性であるとアレクシ様は仰いました。良いですか、素敵な女性をエスコートしている殿方は素敵なのです。つまりアレクシ様は素敵です」
「ん、……んん?」
「アレクシ様の右手に手を添えるわたくしが、園遊会の会場で最も素敵だと確信して下さいまし。そしてそれを誇り、胸を張ることです。
実際のわたくしは良くできた妻ではないかもしれませんが……」
「否!」
アレクシ様が声を張り上げられました。
「ヴィルヘルミーナは俺には勿体無いような素晴らしい妻だ」
「そうですか? 料理もできませんし」
「だが賢く、俺の研究内容もわかってくれる」
「初対面で頬を叩きましたし」
「あれは……俺が悪かったんだ」
「夫婦としての夜の営みもありませんわ」
「それは……すまない。俺に、あー……何だ」
「やはり魅力がない?」
「違う! 俺に……自信がないんだ」
「では自信をつけてくださいませ。わたくしを素晴らしいと感じてくださるなら、それを園遊会の態度で示してくださいませ。いずれ自信になりますわ」
「……なるかな」
アレクシ様は鼻の頭を掻きながら、ぽつりと呟かれました。
「ええ、わたくしだってデビュタントの時は自信なんてありませんでしたことよ。虚勢でも良いのです。ただ、隣に立つわたくしを信じてください。わたくしもアレクシ様を信じておりますから」
「……分かった」
アレクシ様の背筋が伸びられた気がします。体幹が安定されたようにも思いますわ。
アレクシ様の右手を取って、肘のあたりまで上げます。
「手はこの位置に。歩く速度はわたくしに合わせて」
「ああ」
「わたくしを全ての悪意や困難から守る騎士であるかのように、わたくしという船を導く水先案内人のように、灯台の光のようにエスコートしてください」
「分かった」
わたくしは彼の腕に手袋に包まれた手を置きます。
「じゃあ行ってくる」
「行ってきます」
ヒルッカとセンニに出かける旨を告げ、わたくしたちは家を出ました。
家の前に停められた、王家の迎えの馬車に乗り込みます。アレクシ様にしっかりと手を取られながら。