第27話:王太子と女官
「イーナ!」
「エリアス様!」
余がシャツを着替えてサンルームへと入ると、既に待っていたイーナがほころぶように笑みを浮かべる。淡い黄色のデイドレスを着込んだ彼女は座っていた席から立ち上がり、こちらへと駆け寄ってきた。
部屋の中央で抱き上げてやると、彼女は「きゃっ」と軽い悲鳴をあげつつも幸せそうに笑う。
「今日もイーナは可愛らしいな!」
「うふふ、エリアス様も凛々しいですわ、でも……」
そう言ってイーナは余の顔に手を寄せる。
「少しお痩せになられましたか? 顔色もあまり宜しくありませんわ」
む……。イーナに心配をかけさせてしまうとは。
「どうにも忙しくてな。イーナはどうだ?」
「大丈夫です! ちょっと大変ですけど」
壁際に控える女官共の方を見ると、大半は余から目を逸らす。一人、こちらを睨むように見つめている者がいたため、その女に声をかけた。
「おい、そこの女官」
黒白の地味な女官服に身を包む女は綺麗な淑女の礼を取って見せた。
「直答を許可する。彼女への待遇はどうなっている」
「王国の暁たる若獅子、エリアス王太子殿下に奏上いたします。
今、ご覧になられた姿が全てかと」
「……どういう意味だ」
「殿下がお越しになり、それに駆け寄って抱き着くような仕草が愛らしいのは五歳児程度まででしょう」
「そんな、イーナはエリアス様が会いに来てくれたのが嬉しくて!」
イーナは余の胸元で抗議の声を上げた。ああ、なんと愛らしいことか。
だが女官は続ける。
「感情のままに動くのは平民か子供かでしょう。殿下はそれを好まれているようですが、王太子妃として相応しい姿でしょうか?」
「むろん、表舞台では王太子妃としてあってもらわねばならぬが、余と茶を楽しむ時にそのような無粋な事を申すな」
「畏れながら申し上げます。マデトヤ嬢にはここでの姿も採点されている旨を伝えてございます」
「ええっ!」
イーナが驚き、女官は「二度お伝えいたしました」と述べた。
「イーナは余と会うのが嬉しくてそうなるのだ。愛いものではないか。彼女が公の場でしっかりとした姿を見せることができれば懸念は払拭されよう」
「……時期尚早とは愚考致しますが」
「どのみち茶会はいい加減開かねばなるまい」
「は、確かに」
王太子には参加、あるいは主宰せねばならぬ社交が多いのだ。
公務とは議会や書類の仕事ばかりではないのだからな。今は本来であれば社交シーズンの只中。王太子とその婚約者が表に出ないと言うのは問題であるはずなのだ。
「エリアス様、でもお時間は大丈夫なのですか?」
「イーナが心配することはない。これもまた王太子としての仕事なのだから」
今まではヴィルヘルミーナを横にせねばならず、つまらぬものだと思っていたが、イーナが共にいるなら楽しめるであろう。
そうだ!
「園遊会にしようではないか。王家の庭園を公開し、外での気さくな会にしよう」
女官が口を挟む。
「それはマデトヤ嬢を伴われましょうか」
「無論だ! イーナと余が仲睦まじくする姿を見せる必要があろう」
「先ほども申しました通り、彼女を表舞台に立たせるのは礼法の出来からして時期尚早とは思いますが……。
ただ、正式な茶会や夜会ではなく、気さくな会というのは悪くないかと」
「うむ、イーナよ。お前にも新たなドレスやそれに似合う宝石を仕立ててやらねばな」
「まあ、嬉しいです!」
「……殿下」
女官が文句を言いそうな雰囲気を出したので余は先んじて申しつける。
「王太子妃としての服飾費など予算はあるはずだな?
イーナを王宮に招いてから、今までそういった催しをまだ行ってはいないのだから。そもそも、そういった商家を招き宝飾品を学ばせるのも汝らの仕事であるぞ」
「御意にございます」
「おお、そうだ。園遊会にはヴィルヘルミーナも呼んでやろう」
なんとかと言う平民と結婚させたのだ。公爵令嬢だった者が今どのような有様であるか見てやらねばならん。
「あの方をですか?」
不安げな表情をイーナは浮かべるが、何の心配もいるまい。
「うむ。陛下や高位貴族の一部には、余とイーナの婚約を心よく思わない者がいるのも事実。だが余がヴィルヘルミーナを招待することで、あの女を寛大にも許してやったのだと多くの者にも示せるだろうからな」
先ほど、内務長はヴィルヘルミーナが密かに余の役に立っていたようなことを言っていたが、そんなものはあの高慢な女が余に気に入られようとした無駄な足掻きに過ぎまい。
平民に落ちて、冴えない男と並んだ無様な姿を示せば、誰もが余の正しさを改めて認識するだろう!
「エリアス様はお優しいですね」
イーナはそう笑い、女官はゆっくりと首を垂れた。
「……園遊会開催の件、各所に連絡して参ります。
それでは御前失礼致します」