第26話:交渉
わたくしとアレクシ様は王都中央銀行内の応接室にてクレメッティ頭取と向かい合っています。そして彼は懐から取り出した片眼鏡を掛けて、アレクシ様の研究の概要をわたくしが要約したものを読み終えられました。
「人工魔石の作成……これは実現可能なのですか?」
アレクシ様が頷かれます。
「そう考えて研究を進めております」
「これは……どの程度の規模で行うつもりですか」
「いずれは王国の魔石生産を全てこれで賄えるまで」
アレクシ様は胸を張ってクレメッティ氏の瞳を見据えて仰います。ふふ、そうですわ。自信、それは虚勢でも構わないのですが、自信なき者の声は他人を動かせませんもの。
クレメッティ氏は頭を抱えられました。
「しかしそれは……」
ええ、懸念はわかりますとも。既得権益に真っ向から対立いたしますからね。
わたくしは背筋を改めて伸ばして言い切ります。
「ペリクネン家を潰します」
クレメッティ氏のみならず、隣に座るアレクシ様まで肩をびくりと揺らしたのが分かりました。
「ペリクネン公爵家の収入の五割が魔石に関する取引、二割が魔石に関連した事業からの税だと知っておりますの。もちろん彼らの魔石がいきなり売れなくなるというわけではないですが、大きく値崩れするでしょう。
彼らが領内の農工業などを大切にし、減った収入に応じた暮らしを送るのであれば別に構わないのですが、そうはならないかと」
「それは……公爵家を敵に回すということでは? 逆に潰される可能性の方が高いかと思いますが」
わたくしは供された紅茶で唇を湿らせてお話しします。ここが正念場なのです。
「わたくし、彼らについて詳しいのです。ペリクネン公は平民の研究などには興味を持たず、魔石が値崩れしてもすぐには手を打ちませんわ。
金を湯水の如く使う今の生活を手放さず、資産が減じてからやっと動こうとするでしょう。わたくしたちはそれまでに身を護る力を得ます」
「流石に公爵家に立ち向かうのは難しいのでは?」
「正面から戦おうとすれば当然です。ですがわたくしたちは貴族ではないのです。護るべき民や領地がある訳ではありませんから。……そう例えば隣国に逃げ、そこで技術を広めることも想定に入れています」
クレメッティ氏の眉根が寄りました。
わたくしは彼に微笑み掛けます。ふふ、嫌でしょう?
金の卵を産むガチョウを取り逃したくはないでしょう?
「いや、あなたたちの身を護るというのであれば、傭兵や冒険者組合にも伝手はあります。護衛はなんとかしましょう」
わたくしは感謝を込めて頷きます。
「ただし、これはこの話を聞いたあなたがペリクネン家に密告しなければのことです」
ぎょっとされた表情。
「無論、ここでの話を外部に漏らしはしませんとも」
「ええ、建前としてはそうでしょうとも。ですがあなたが既得権益の側を大切にするというなら、そのような建前など吹き飛ぶような話を持ってきたつもりですわ」
「……どちらに付くか、旗幟を明確にしろということですな」
アレクシ様が何か言おうとしておられるのか、彼の口元が動きます。わたくしは大丈夫との思いを込めて彼に頷きました。
アレクシ様は頷きかえすと、考え込まれるクレメッティ氏に声をかけられました。
「あー、クレメッティ、さん。
これは俺……私が個人で思いついた理論です。
私がやらなくとも、いつか私以外の誰かが至る技術でしょう。所詮、早いか遅いかの違いでしかありません。もしかしたら世に出ていないだけでこの理論はすでに思い付いている者がいるかも」
「……そう、ですな」
「そしてそれが私みたいにこの国に産まれた困窮した研究者である保証はありません。私からはそれだけです」
クレメッティ氏は大きくため息をつくと、晴れやかな顔でアレクシ様に手を伸ばされました。
「いいでしょう、あなたが歴史に名を残す研究者か稀代のペテン師か。間近で見させて貰うとしましょう。
資金については私にお任せください」
わたくしたちも笑みを浮かべます。
こうしてアレクシ様は後援者を手に入れられたのです。わたくしたちは書面にて契約を行います。ええ、わたくしの出番ですとも。
クレメッティ氏とわたくしで契約の仔細を詰めてアレクシ様にサインしていただきました。
「おお、そうだ」
去り際にクレメッティ氏が声を上げられます。
「衝撃的な話すぎて忘れておりましたが、ペルトラ夫妻にお伝えしたいことが」
「なんでしょうか?」
「エリアス王太子殿下があなた方を社交の場に呼び出そうとされています。ご注意を」
……ふむ、面倒ごとでしょうか。いや、それとも良い機会でもあるのでしょうか?
「ご忠告ありがとう存じますわ」
ξ˚⊿˚)ξ今日も8時に王太子!