第25話:後援者
わたくしはアレクシ様がお休みの時はアレクシ様と共に、そうでない時はヒルッカが来てくれている時に、王都の商会や銀行を駆け回ります。
アレクシ様の研究に出資してくれる方を、後援者となってくださる方を求めて。
痛いのは貴族への伝手がほとんど使えないことです。わたくし個人が親しくしていた令嬢などからは、会っていただけることもあります。ですがその当主筋まで話を回すことはできない。それはそうでしょう。わたくしに便宜を図ることは王家や公爵家に叛意を示していると捉えられかねない。
そしてわたくしのかつての友人たちもその多くは会うことを断られますし、会えたとしても令嬢たちには研究への出資となると権利も興味もないのです。
今日はかつて利用したことのある商会が話を聞いて下さるとのことで足を運んでいます。
ですがここは応接室……と言って良いのでしょうか?
部屋の隅には取引の箱の積まれたような埃っぽい部屋。茶も供されることなく、安っぽい椅子に座ってから優に二時間は待たされているでしょう。
わたくしは小声で隣に座るアレクシ様にお話しします。
「わたくしがペリクネン公爵令嬢であったときには誰もが下にも置かぬもてなしをして下さったものですが。お力になれず申し訳ありません」
今となってはそんなこともありません。予約をしていてもすっぽかされたり、何時間も待たされたり。
「いや、ヴィルヘルミーナ。あなたが俺のために動いてくれていることはありがたいことだ。まだ成果は出ていないにしても、こういう視座は俺にはなかったものだし、俺一人なら門前払いされていたよ」
わたくしが頷くと、アレクシ様は続けます。
「だが、この商会の主人がこうして地位が変わったからと言ってコロッと態度を変えるような者だとするなら、好ましくはないな」
わたくしは苦笑を浮かべました。
「地位を失うとはこういうことですわ。でもアレクシ様がそう思われるのであれば、いつか成功した時に見返して差し上げれば良いのです」
「そういうものか」
結局、その商会の店主はわたくしたちに会うこともしませんでした。
まあ、『よくあること』ですわ。
…………
こうして数週間を過ごしているうちに、以前小切手の換金を行った王都中央銀行のクレメッティ氏から手紙が届きました。
アレクシ様の研究に興味があると。話が聞きたいと。
「クレメッティ氏ですか……」
わたくしは便箋を手に考え込みます。短い文面ではありますが、それに使われる紙は上質、貴族間のやりとりに使われるようなもの。平民であるわたくしたちに出すには不相応なほど良いものです。
アレクシ様が首を傾げます。
「良い話をいただけているのではないのだろうか?」
「……そう、ですね」
「何か心配事が?」
わたくしは目を閉じてしばし考えます。杞憂か否か……。
「わたくしの父、ペリクネン公爵は王都中央銀行の小切手を手切金として渡してきました。もちろん国内の最大手の銀行であるため、おかしなことではありません。
クレメッティ氏はわたくしに親切に対応してくださったとも思います。
ただ、それでも公爵家と繋がっているという懸念も残るのです」
「公爵家はまだあなたを監視していると?」
「それは当然です。ですが、クレメッティ氏がペリクネン公に情報を流すか否か、そしてペリクネン公がアレクシ様の邪魔をするかが見えません」
アレクシ様も腕を組んで黙考されます。二人でうんうんと唸っていると、ふとアレクシ様が仰いました。
「結局のところ王侯貴族の手の長さは平民である俺には分かりかねる。だが、それであればどこの商家に後援者の話を持ちかけても変わらないのではないか?
後援者を頼むほどに有力な商家であれば、結局は王室御用達などの関係は出てきてしまうだろう?」
「……そう、そうですわね」
竜の卵は竜の巣に入らねば手に入らないという諺もありますしね。
わたくしは頷きます。
「アレクシ様、あなたの研究は、王国や公爵家の既得権益を侵すものだとご存じでしょうか」
「……ああ」
魔石によって財を為しているペリクネン公爵家、他にも多くの王領や貴族領で魔石を採掘して富としているのです。それ以外のところで魔石が作れるとなったら、それは世界を、権力や富の天秤が大きく傾きます。
「それに対する御覚悟は?」
「俺が見つけたということは、いつか誰かが必ず実現させるということだ。流れを止めることはできないし、時代の針を進める気概を持ってやっているさ」
「彼らに殺されてしまうかも?」
アレクシ様は頷かれます。
「だがこの研究が進めば死ぬ者は減る。泣く子は減る」
ああ、彼はそれだけの覚悟を持っている。平民でありながら勲章を得るだけの研究成果を出すとは、貴族出身の研究者たちにどれほど睨まれていたことか。
「ヴィルヘルミーナ、君を巻き込んでしまうのは心苦しいが……」
これはアレクシ様にとっては自らの両親を奪ったものや過去への復讐、わたくしにとっては追放した王太子や公爵への復讐なのです。
わたくしは立ち上がると彼を抱きしめました。
「クレメッティ氏の話を受けましょう。そして共に、戦いましょう」