第20話:魔石狩り
わたくしは本を元の位置に戻して、しばらくするとアレクシ様が帰って来られました。
「ただいま」
「おかえりなさい、アレクシ様」
食事はわたくしとアレクシ様が卓に着きます。使用人であるセンニはさすがに同じ卓に着かせるわけにはいきませんが、それでも三人しかいませんし狭い家です。同じ時間に互いの声も届く台所で食べてもらいます。
食前の祈りはわたくしが、いつも通りに食事を終え、センニに食器を下げさせてから二階に上がるように伝えます。アレクシ様とお話がありますので。
「アレクシ様、少々お時間よろしいでしょうか」
「ん? ああ。改まってどうした」
「勝手ながらアレクシ様がお持ちの本を読ませていただき、また研究のメモなどを整理しながら拝見させていただきました」
アレクシ様は頷かれます。
「書類を整理してくれるのは本当に助かっています。切れ端に書いたメモも分類して纏めてくれますし」
「その上で伺いますが、アレクシ様のご研究は大気中の魔素を集積して結晶化すること、つまり人工的に魔石を作り出すことでよろしいでしょうか」
アレクシ様の顔が驚愕に彩られます。もじゃもじゃの髪の奥で茶色の瞳が大きく見開かれます。
「よく……理解できたね? ここに直接それを記したものはないのに!」
「ここにある研究書の内容は多岐に渡っていますが、そこに付箋を入れた場所、アレクシ様が勲章を授与された研究内容、いくつもの断片的なメモ。これらからそう判断いたしました」
アレクシ様は頷かれます。
「その通りだ、俺は無から、厳密には魔素からだが魔石を作りたい」
「画期的な研究です。歴史に名を残すほどの」
「大袈裟だ」
「いいえ、とんでもないことです。世界がひっくりかえるものでしょう」
満更でもなかったのかアレクシ様がへへへと笑いました。
わたくしは言葉を続けます。
「その上でお伺いしたいのですが、その研究が成果を出すにはまだ遥か、遠い遠い時間が必要なものですか?」
「……そればかりはわからん。俺の理論が正しいのか、理論が正しくても実践できるようなものなのか」
ふむ、こういう言い方をされるということは。
「つまり理論は完成していらっしゃる?」
「ああ、だがその検証ができない」
「それはなぜです? お勤めの研究所で、なぜあなたの研究が検証されないのですか?」
「そんなことは……」
「いいえ」
わたくしはアレクシ様のお言葉を遮ります。
「アレクシ様、わたくしたちがここに最初に連れて来られた時、あなたは何が壊れて嘆いていましたか。研究の素材でしょう。
研究所でアレクシ様の研究が大々的に進んでいるのだとしたら、自宅でこっそり実験などする必要はないのです」
アレクシ様はがりがりと頭を掻かれました。
「研究所にも予算があるし、自分以外の研究もあります。平民の俺の研究なんて後回しにされるものだ」
若くして勲章を授与されるほどの研究者の研究が後回しに?
その上でわたくしを娶らされたことを思えば……。
「研究所で冷遇されているのですね。
例えば研究所の所長か理事といった上位の者に疎まれている。それはアレクシ様が平民ゆえですか」
「……そうだな。特に俺は一時期孤児院にいたからな」
ああ、これまでアレクシ様のご両親のお話が全く出て来なかったのはそのためなのですね。
わたくしは頭を下げます。
「これは失礼なことを尋ねました」
「いや……問題ない。幼い頃の話だ。
両親は共に魔石狩りの冒険者でね。優秀だったらしいんだが、ある日どちらも帰って来なかった。ただそれだけの話だよ」
「それで孤児院に?」
「ああ、最初は魔物に復讐すべく身体を鍛えようと思ったんだが運動の方の才能はからっきしだった。復讐は諦めたよ。逆に勉強だけはできたから、卒業後は国の研究者になる代わりに奨学金を貰って高等教育を受けられたんだ。
……ただ、研究所は貴族の次男三男ばかりだった。自分のやりたい研究はなかなかできない」
魔石狩り、それは強大な魔獣を狩るか、ダンジョンの奥深くに潜って採掘する者のことを意味します。巨大な石が手に入れば一攫千金の仕事と言えるでしょう。ですが、数多くの死傷者が出る仕事でもあります。
わたくしもかつては領地の孤児院に慰問に行ったとき、そういった子たちをよく見ていましたから。
「アレクシ様、あなたは復讐を諦めたのではありません。復讐が昇華しているのです。この研究が進めば魔石狩りで死ぬ者も減ります。家長を失って残される妻子も減るのです」
アレクシ様はため息をつかれました。
「そうか。そう言ってくれると救われる気はするよ。……だが、研究は止められてしまっている。予算も人員も出せないと」
わたくしは、ばんと強く机を叩きます。
いえ、今日できたばかりの通帳を叩きつけたのです。
「……これは?」
「そこそこのお金です。これを研究への資金提供に差し上げましょう。アレクシ様、研究を完遂させて下さい」






