第2話:公爵邸にて
四方を近衛に囲まれ、追いやられるように当家の馬車に乗せられて王都のタウンハウスに戻されました。
タウンハウスと言っても公爵家のそれです。王都の一等地に建つ庭付きの屋敷。その門を潜り馬を玄関の前へと止めると、扉が慌てたように開かれ、中から使用人たちが現れました。
緊急のことゆえ出迎えが満足にいかないのは仕方ないでしょう。
従僕が馬車の横につけた数段の階段を、エスコートされることもなく一人で下りると、使用人たちがどよめきます。
「お嬢様! いかがなさいました?」
わたくしの侍女であるヒルッカが、主の早過ぎる帰りに慌てて進み出て、わたくしの手を取りました。
屋敷のエントランスホールを抜けて、自室へと向かいます。
「トラブルよ。それも特大のね……」
侍女たちに取り囲まれて自室でイブニングドレスを脱ぎ捨て、家着へと着替え終えてすぐに、外から馬車の音が聞こえます。
父たちが戻ってきたのでしょう。父、つまりペリクネン公爵です。そしてその妻も。
わたくしの母は数年前に儚くなり、公爵家には後妻が迎えられました。
おそらく父の愛人だったのでしょう。
公爵家には17歳であるわたくしが長女、継嗣である2つ下の弟、そして13歳になる後妻の連れ子の娘の5人家族です。
ええ、後妻の連れ子は髪色も瞳も父に良く似ていますとも。一方のわたくしは亡き母似です。
それと祖父母は存命ですが領地の隅の別荘に隠居しておりますわ。
「ヴィルヘルミーナ! ヴィルヘルミーナはいるか!」
エントランスホールで叫ぶ父の声。
わたくしはそちらへとゆっくりと歩いていきます。階段の上から見下ろすと父は顔を真っ赤にしてこちらを見上げました。
隣にはドレスに身を包み、早く戻らなくてはならなかったことに不満そうな顔付きの後妻が立っています。
「降りてこい!」
「おかえりなさいまし、お父様、みなさま」
わたくしはそう言って頭を下げましたが、『ただいま』の声はありません。
「ヴィルヘルミーナ、お前は何をしたか分かっているのだろうな!」
わたくしが階段を下りる最中にもお父様は怒鳴ります。下へと着いてからわたくしは頭を下げました。
「申し訳ありません、お父様。わたくしは失敗しましたわ」
「そうだ」
「マデトヤ嬢の暗殺に失敗したこと、誠に申し訳ございません」
「なっ……!」
「王太子があそこまで彼女の身辺を守ることに注力していると思っていなかったのはわたくしの失策でした」
次期王の外戚となり、さらなる権力と財を得ようとしていたのでしょう。
ペリクネン公爵家は魔領と近く、領内に管理下に置かれているダンジョンが複数あります。
そこから産出される魔石がこの領の経済を支えており、危険はあるといえども、国内で最も豊かな領地であるというのに。
「違う! お前、なぜ暗殺など企んだ!」
「これは異なことを。子は親の成す様を見て育つものです。
お父様が対立派閥の政敵を暗殺しているのを見、その組織に依頼いたしましたが?」
「な、何を勝手に!」
「勝手ではありません。わたくしはお父様にもマデトヤ男爵令嬢が脅威である旨は何度もお伝えしておりました。
ですがお父様は殿下の学生時代の遊びと軽視され、気になるなら自分で対処しろと仰るばかり」
マデトヤ男爵令嬢。彼女はわたくしからの忠告や、取り巻きたちからの妨害をものともせず殿下に近づき続けているのです。大した人物ですよ。
それなのにお父様はわたくしの危機感を理解してはくれませんでした。
「だがいきなり暗殺など!」
「いきなり? 先ほども申しましたが、お父様を始め多くの方に相談を持ちかけていましたし、他の穏便な手立ても行っていました。
しかし最近は相談に伺ってもお忙しいと追い払われるばかり。暗殺の件も書面にて家令より渡しておりましたが、読まれていらっしゃらなかったのですか? お父様は好きにやれと仰ってましたが」
お父様が一瞬怯んだ様子を見せます。
おそらく読みもせずにわたくしに許可を出されたことを思い至ったのでしょう。
「……ぬぬぬ、エリアス殿下がお前を平民と結婚させると言っていたのはどういうことだ」
わたくしは首を傾けます。
「殿下の思いつきではないでしょうか。陛下不在の今、王太子権限でわたくしをどこまで貶められるかということです」
貴人のための牢、北の塔に収監しても、陛下が外遊から戻られれば出されるだけですから。そもそも正式に裁判や婚約を破棄する手続きやら行えば法務官や教会も関わってきますし、時間もかかります。
そういう意味では平民との結婚は奇策ですが、直ちにわたくしの貴族令嬢としての価値を失墜させるには良い手でしょう。
その旨を説明すると、お父様が仰います。
「こちらから裁判にして時間を稼いではどうか」
「構いませんが、暗殺はお父様の指示と取られますわ」
「はあっ!?」
「わたくしはお父様の指示を仰いでいますし、お父様と懇意の暗殺者を雇ったと申しましたが。裁判沙汰にして宜しいので?」
お父様は地団駄を踏まれます。
「くそっ、部屋にいろ!」