第17話:王太子への叱責
「王国の落ちぬ太陽、ヴァイナモⅢ世陛下、御幸からの無事なご帰還。寿ぎ申し上げます」
王城の謁見の間、無数の貴族に文官武官が立ち並ぶその中央にて。余は外遊より玉座へと戻った両親たる陛下夫妻の前で頭を下げ、その無事を祝った。
「ことほぎ申し上げます」
余の後ろにてイーナも淑女の礼を取った。
次いで余の弟妹、叔父にあたる王弟ら王族からの帰還の祝い、そして貴族共からも帰還を祝う声が上がる。
「うむ、諸侯らのあたたかき出迎えに感謝する」
陛下はそれを鷹揚に受ける。
王都での帰還のパレードを行い、諸侯の歓迎を受ける。祝賀の夜会はまた後日執り行われるが、今日はまずこれで終わりである。
だが、式典の最中、父たる陛下の額には縦皺が寄っていった。
式典を終え、陛下は謁見の間を出られる際、余に声を掛けられた。
「エリアスよ、後で白蓮の部屋へ来なさい。報告を聞かねばな。パーヴァリーたちは夕餉の後にしよう」
余の話を優先し、弟妹たちは後回しとされた。王太子だからな!
「はっ」
白蓮の部屋は王家のための私的な部屋である。王城の中でも最も質素な部屋だが、父は落ち着くと言って好んでいる部屋だ。
まずは弟妹は後にして、執務の代行をしていた余からその間の話を聞きたいということか。
だが部屋に入るなり、不機嫌な父の顔が目に入った。
「エリアスか。まずは座るがいい」
「はい」
余は陛下の向かいのソファーに座る。
「王の執務代行ご苦労であった。無論この後でどうであったか精査せねばならぬが、報告を聞いている限りにおいて問題はなかったようだな」
「はっ」
ふふふ、王太子として相応しいところを見せてやれたではないか。
「ところで、今日の出迎えにお前の婚約者であるペリクネン公爵令嬢の姿がなかったな」
「はい、イー……」
陛下は手を前にして余の言葉を止める。
「王都に近づいた頃に妙な噂を耳にしてな。
悪虐非道な婚約者ペリクネン公爵令嬢をお前が断罪し、新たになんとかという婚約者を据えたとな。またお優しいエリアス殿下は悪女ヴィルヘルミーナを平民に落としたとも聞いた」
「は、はい! 愛するイーナを虐めたヴィルヘルミーナを断罪いたしました!」
「エリアス、いくつか聞きたいことがある」
「は、はい」
「そのイーナとはお前の横にいた令嬢か」
余が肯定すると、母は天を仰ぐかの如くのけ反った。嘆きの言葉を口にする。
「ああ、淑女の礼1つ満足にできない娘を!」
イーナは確かに細く高い踵の靴に慣れておらず、まだ身体がぐらつくことがある。だがそんなものは履き慣れれば良いことではないか。
母の肩を宥めるように叩いてから父が言う。
「詳しい状況が判らぬので正直に言いなさい。ヴィルヘルミーナ嬢がイーナ嬢を虐めたと?」
「はい、あまつさえ殺そうとしたのです!」
「それはお前がイーナ嬢とやらと浮気をしていたからではないのか?」
「う、浮気などでは! 真実の愛を見つけたのです!」
「お前の心変わりは褒められたことではない。褒められたことではないが、まあ理解はできよう。恋心などそんなものかもしれん。
だがヴィルヘルミーナ嬢がその女を殺そうとしたのはお前への温情ではないのか?」
「何を言うのです!」
余は思わず立ち上がった。
「確かに対応は苛烈ではあるが、お前の浮気が公になり、非難が集まるのを避けたとは見て取れぬか?」
「あの女はそんな殊勝な心掛けなど持っているはずがありません!」
「……だからお前は私達に断りもなく、夜会の場で彼女を断罪したというのか?」
「はい」
「そして勝手に平民と結婚させたと」
「……はい」
「この馬鹿者が!」
父はやおら立ち上がると机越しに拳を振り抜いた。
余の顔面に拳が当たる。
「あ……が……」
どう、と床に打ち付けられ、鼻からは血が溢れ、絨毯に赤い染みを広げていく。
父はどさり、とソファーに腰を下ろした。
「お前は我が名、ヴァイナモⅢ世、王の名において結ばれた婚約という契約を、許可なく破ったと理解しているか」
「……あ」
「ヴィルヘルミーナ嬢が悪事を成したか否かの問題ではないのだ」
父はため息を吐き、母はハンカチで目を押さえた。
「エリアス、お前が王家の影の者共を動かして民衆には先ほどの噂を流しているのも分かっている。ヴィルヘルミーナ嬢を平民と結婚させるのに枢機卿を動かしたのもな。どうやってペリクネン公爵に認めさせたのかはまだ調べはついていないが……こういうのを悪知恵が働くと言うのか」
「で……では……!」
「なるほど、よく考えられている。確かに王の名を以てしても状況を返すのは容易ではないとも」
おお、イーナとの婚約を認めてくださるのか!
「王の代行であったお前の言葉には、お前が思っている以上の責任がある。いいだろう。お前とヴィルヘルミーナ嬢との婚約破棄、イーナ嬢との婚約を認めよう」
「あ、ありがたき幸せ!」
「だが心しておけ。お前たちが次代の国王夫妻として相応しくないと判断された時、それは破滅を招くと。……下がって良い」
「は、し、失礼します」
余が白蓮の間から退出し、侍従の手により扉が閉まるとき、かすかに父の声が聞こえた。
「……すまぬ、ヴィルヘルミーナ嬢」






