第13話:お買い物
わたくしはアレクシ様と町に出ます。
今まで王都のこの辺りは歩いたことがありませんが、確かにあまり治安の良い区域とは言えないでしょう。表通りはそうでもありませんが、裏通りにちらと目をやれば、まだ昼のうちだと言うのに酔漢がふらふらと道を歩き、路上で寝こけている者も。
「まずはどこへ行こうか」
「わたくしの服を見たいところですが……」
わたくしは言い淀みます。
「どうした?」
「どうやって支払えば良いのでしょうか?
実はわたくし、お金というものに触ったことがありませんの」
「お金が無いではなく、触ったことがない!?」
アレクシ様は驚いた様子。ええ、わたくしにとってお金というものは国家や領地の税や予算という紙面上の数値としては良く扱っていましたけど、実際に手にしたことはありませんわ。
買い物はしても値段などをわたくしに伝えてくる店員などいませんし、支払いは常に後で家に請求されて、執事たちが管理するものですから。
「ええ。もちろん手元にもないので、お貸し願いたいのですが。おそらく昨日着ていたドレスの宝石を換金すれば平民の服くらいなら買えるのでしょう?」
アレクシ様が突如、地面に膝を突かれました。
まあ大変、お疲れなのかしら。
「アレクシ様、大丈夫ですか?」
「ダメかもしれないです。あなたは」
「ヴィルヘルミーナ」
「ヴィルヘルミーナにんじんって一本いくらくらいか分かりますか?」
「ふふ、わたくしこれでも国家の予算については詳しいので、人参の単価についても知悉していますのよ。平均で小金貨1枚くらいでしょう?」
アレクシ様は地面に手を突かれました。
まあ大変、目眩かしら。
「多分それは畑一面あたりの平均単価です……」
あらあら。
「ともあれ服があればアレクシ様が仕事の間に出かけて買い物に行くこともできると思いますの」
「値段を覚えるまで一人で買い物は禁止です」
どれだけぼったくられるか判ったものではない。アレクシ様は立ち上がりながらそう呟かれました。むぅ。
「ただ、服はどのみち買いましょう。お金は俺が出しますんで」
アレクシ様もちらりと路地の方を見て言われます。
「散歩とかもしたいとは思いますが、昼のうちに大通りだけを歩くようにして下さい」
そんな話をしつつ服屋です。平民の服屋は初めてですが、そもそも仕立屋を呼ぶでもなく、店でサイズをはかって作ってもらうでもありません。
あらかじめ作られた既製服というものを買うのなら上等、基本的には誰かが着た中古を買うと言うのが一般的であるようです。
中古の理解はできますわ。わたくしもドレスは下げ渡していましたからね。ヒルッカにも何着かさしあげたことがありますし。
店に入ると薄暗い店内に、大量の服が積まれています。
「なるほど、こうやって売っているのですね」
アレクシ様は女性の店員を呼び止めます。
「彼女に服を見繕ってくれ。ちょっと良いとこに出掛けられる程度の新品を一着と、古着でこの辺を出歩けるのを数着。あと下着と靴は扱っているか? 無ければお勧めの店の場所を教えてくれ。予算は……」
そう話した後、わたくしに話しかけます。
「ちょっと俺は他の店に買い物に行って良いか?」
「あら、わたくしにどれが似合うかとか言ってくれませんの?」
彼は思いっきり顔を顰めました。
「やめてくれ。俺が女のファッションが分かると思うか?
それと買い物をしておかないと時間がない。急いで戻ってくるからこの店にいてくれ」
まあ、ご自身の服もあまり気を遣っておられませんし、女性慣れしている様子もありませんからね。
本当はこういうのも経験で覚えていくものですから見ていただきたいですが、買い物すべきものが沢山あるであろうことも事実ですからね。仕方ありませんわ。
「わかりましたわ」
そう言ってアレクシ様は一旦出ていかれました。
店員がやって来ます。
「じゃあ服を選んでましょうか。気前の良いご主人様ですね?」
ご主人……ああ、わたくし今、下級使用人の服を着ているのでした。
きっと裕福な平民が雑役女中でも雇っていて、何らかの褒美にでも服を買っているように誤解されているのではないでしょうか。
これはいけませんわ。アレクシ様への誤解を解いておかねば。
「いいえ、わたくしは彼の妻ですの」
「んぐっ!?」
店員は何か変なものでも飲み込んだかのような珍妙な音を出されました。
なぜかその後で服を選んでいる最中、ずっと彼女は笑いを堪えていましたが、服を選び終えた頃にアレクシ様が戻ってきてからその理由がわかりました。
「待たせたか?」
「いいえ、大丈夫ですわ。今ちょうど選び終えて、ちょっと古着にほつれがあり、それを直していただいているところです」
店員は糸を鋏で切ると服を畳んで重ね、こちらへとやってくると、アレクシ様のお尻を音が出るほど強く叩きました。
「ちょっと色男。奥さんにメイドの格好させて連れ歩くとか、随分と人生楽しそうじゃん」
「違う!」