第102話:断罪・後
ですが、わたくしの意に反し、唇から謝罪を受け入れるという言葉が出てきません。
部屋に落ちる沈黙。
わたくしが無意識に扇を鳴らした音が、ぱちりと妙に大きく部屋に響きます。
はっとしたように陛下が続けました。
「汝がヴィルヘルミーナ・ペリクネンであった頃、エリアスの王太子妃として、その青春を学びと王家への忠誠、愚息が行うべき執務の補佐をさせながら何も報いてないこと、心より謝罪する」
……ああ、そうか。そうだったのですね。
わたくしは初めてこのことを言及されたように、わたくしの無為になった数年を謝罪いただけたように思います。心の奥底、枯れて固まった澱に水が届いたかのようです。
「謝罪を受け入れますわ」
言葉はすんなりと口から発せられました。
その後、陛下は教皇猊下にも謝罪を行いました。猊下は仰います。
「愚禿としてはヴァイナモⅢ世陛下、エリアス王太子殿下が身を引くと言っているのだ。王家の資質に言及することはないし、破門するというのも撤回しよう」
教皇猊下がこちらに視線をやります。
「愚禿としてはそれで問題ない。ペルトラ夫人、あなたの希望を言ってみなさい」
「よろしいので?」
「無理がなければ叶えよう」
わたくしは扇を頬に当て考えます。ふむ。
「ペリクネン公夫妻の蟄居は希望しますが、その子、ユルレミに罪はありません。奪爵ではなく降爵とし、彼に爵位を譲っていただければ」
陛下は頷きます。
正直、現状のペリクネン領では魔石の価格が落ちれば公爵としての税を払うのは厳しいでしょうから爵位を下げて貰った方が都合が良い。
「そして陛下、王太子殿下たちの減刑を求めます」
騒めきが起こりました。殿下が立ち上がります。
「ヴィルヘルミーナ! 余は、私は死を覚悟している!」
「エリアス殿下。天に在します神に審判を委ねるのは信徒としてありうべき姿かもしれません。ですがあえて言いましょう。死して償うは安易です」
神に対して不敬な言い方ではあります。ですが教皇猊下は穏やかに頷かれました。
「しかし、お前は私を恨んでいるのではないのか、復讐したいのではないのか!」
わたくしは鼻で笑います。
「いつわたくしが死ねと言いましたか。遥か古代の法に曰く、『目には目を』。過度な復讐を求めはしません。かつて言いましたが、復讐するには甘く、許すには苦すぎるのですわ。大体、本気で復讐したいなら殺しませんけどね」
「ふむ?」
教皇猊下が疑問の声を上げられました。
「本気で復讐するなら、エリアス殿下に自害できないよう誓約の魔術をかけてから、目の前でイーナ嬢を拷問しながら時間をかけて肉を削いで殺すくらいしますわよね?」
……あれっ、何かドン引きされている気配がしますわ! よ、よくあることですわよね?
咳払いを一つして言葉を続けます。
「陛下と王妃殿下は譲位後、王城の離れに蟄居を。パーヴァリー新陛下を支え、国を良く導くよう助言してください。陰謀など変な気を起こさぬよう教会より監視をつけて頂けると幸いです」
「心得た、監視役は用意しよう」
「エリアス殿下は王家より籍を抜き、辺境の男爵家でも立ち上げてイーナ嬢と共に過ごしなさい。そこでわたくしが夫と幸せに過ごしているのを、指を咥えて見ていると良いですのよ」
ガタリと椅子の倒れる音、イーナ嬢が床に跪きました。
「そのような慈悲……よろしいのですか?」
慈悲かは怪しいですわね。死ねば王子として死ねますが、王籍を褫奪されればそうではありませんから名誉は失われますし。
「こんな王子を農地に連れて行っても何の役にも立ちませんわ。イーナ嬢はこの男に幻滅しながらも長い年月を共にせよと言っているのです」
「っ、ありがとうございます!」
彼女はそのまま床に手をついて頭を下げました。
「相変わらず無様な礼だこと」
エリアス殿下もその横に跪きます。
「なぜ、なぜ私たちに斯様な慈悲を」
色々と理由はあります。今後の政治的なもの、イーナ嬢との約束、そもそもわたくしは殺されようとはしていないこと、イーナ嬢を殺そうとした償い、かつてのわたくしの愛の不理解。
ですがそれらは言葉として紡がれることはなく、口から出たのはほんのひと言。
「気まぐれですわ」
レクシーの方を見ます。彼は優しげな笑みをこちらに向けていました。……何ですのよ。
「アレクシ? 何かございますか? あなたこそこんなに窶れて、仕返しをする権利はありますのよ」
「いや、俺からは何もない。君の判断で充分だ」
「では気が変わる前に退散しますわ。わたくし、夫に食事をさせねば」
大切なことですわ! こんなに窶れてしまいましたもの。
レクシーの手を引っ張り上げるように立たせ、車椅子に座らせます。
「それではみなさまご機嫌よう」






