8話
「シェリ?シェリ、大丈夫かい?」
帰りの馬車内でシェリが体調が優れないと報告があった。昼の散歩をした後から顔色が悪くなったらしい。医者の話では病気ではないらしいが、心配だ。帰城してすぐに、着替えも済ませず、シェリの部屋にやってきていた。
シェリはベッドに腰掛けながら、俯いている。たしかに顔色が悪く、苦しそうな表情を浮かべていた。体調が悪いと聞いて、父上も母上も様子を見に来たようだが、反応がなく、どうすることも出来なかったそうだ。
「シェリ……」
僕にも応じてくれないのかと、少し寂しい気持ちを持ちながらシェリの頭を撫でる。シェリは、ハッとした顔をしながら僕の顔を凝視した。まるで、意識が戻ってきたみたいだった。
「にい、さま……?」
「そうだよ、兄様だよ。シェリ、大丈夫かい?」
「にい様!!」
布団を押しのけて飛びついたシェリは震えながら制服を掴んだ。手を痛めてしまうと思い、何とか外そうとしたが、力いっぱい握っているようで無理に剥がさないほうが良さそうだった。
「どうしたんだい?なにか、怖いことでもあったの?」
尋ねてみたもののシェリは怯えるばかりだ。とりあえずここは落ち着いて貰うことを優先しよう。
制服にシワが着くことも厭わず、シェリを抱きしめ隙間がないように力を込める。しばらくそうしていると途切れ途切れだったシェリの呼吸が少しずつ落ち着いてきた。
すると今度ははらはらと涙を流し始める。
「メア、タオルとなにか温かい飲み物をお願い」
「はい、かしこまりました」
同室で気配を消すように控えていたメアが動くと、同じく気配を断っていたロアが肩掛けを持ち、やってくる。そっとシェリの肩にかけ、その上からもう一度抱きしめてやる。涙は止まらないが、少しでも落ち着くようにと一定の速度で背中を撫で続けた。
メアからもらったミルクを少し飲むと、シェリは落ち着いたようで、眠りにつくことになった。夕食の前にもう一度様子を見に来ることにするか。
「メア、散歩中に何があった?」
「本日もいつも通り、人気のない時間帯に中庭へ出ました。仕事中の侍女や兵士など数名通りかかりましたが、何度かシェリ様も見たことがある人物であると思われます」
「会話はあったか?」
「いえ、聞こえる範囲にはおりませんでした」
原因があるとすればそこだろうが、確信が持てない。シェリが何に怯えているのか、それがはっきりしなければ、安心させてやることなどできないのだから。
「シェリ、今日は僕と一緒に寝ようか。ほら、こうして手を握っていてあげる。だからゆっくりおやすみ」
「ずっと?」
「ああ。シェリが起きるまで、ずっと」
夕食は自室で取らせ、寝る時間にまた様子を見にやって来た。本当は1人で眠らせるつもりだったが、夕食の前もうなされていたため心配になったのだ。
「ねたくない」
「どうして?」
シェリが体をベッドに預けた横に、僕も体を倒す。シェリは僕の方に体を向けて、不安なのか擦り寄ってくる。
「こわい」
「何が怖いの?」
「こえ」
「声?」
その恐怖の対象を思い出したのか、顔を強ばらせ、また震えが見えてきた。優しく抱き寄せて、背中を撫でる。
「ずっと、おこるの。シェリ、おこられる」
「大丈夫だよ。シェリはいい子だから、もうきっと誰も怒らない。今日は僕が一緒にいるから、シェリを怒る人は、僕が懲らしめてあげる。だから、安心して、目を閉じて」
僕の言う通り目を閉じたシェリは、数分後には寝息を立て始めた。寝たくはないと言っていても眠気には勝てないのだろう。今日は体調も良くないから、無理に起きているのは難しいはずだ。
シェリの寝顔を見守りながら、僕も眠りについた。
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